第118話 魔の森
眼前に広がるは"魔の森"と称される黒と灰色の森。
旧魔王城へ行くにはここを通らないといけないらしく、どうにも気の進まない悪路だった。
同行を申し出たサテュロスは、この森について説明し始めた。
「我等がまだ、悪神モルドに支配されていた時に生み出された産物だ。魔族以外の種族を阻む天然の要塞であり、魔族にとっては月の次に美しい森だったのだ。障気に汚された今、この森は全てを拒絶する醜い森となってしまったがね」
地面は毒と障気でぬかるんでおり、大木からはたまに障気が吹き出している。この世界の植物に光合成という概念が当てはまるのかわからないが、突然変異の影響で障気すらも光合成の循環に組み込まれてるのかもしれない。
ティアがいきなり腕を引っ張ってきた。どうやら滑りかけてしまったらしい。
「お兄ちゃん、地面がぬるぬるで戦いにくいよ~」
「確かに、ライラやサテュロスはある程度、空を飛べるから良いとして……問題はティアやオズマだよな。パワースマッシュとかティアの月光魔術は踏ん張りがきかないと転倒しちまうもんな……」
思案していると雪奈が地面に手を当てて何かを始めた。手のひらから青い魔方陣が地面に向けられている。
「これならどうですか? "氷魔術・氷結"」
雪奈の魔術により、地面が徐々に凍り始めた。
「いや、この氷の上で自由に戦えるのは雪奈だけだろ。もう一工夫しないとな」
雪奈に並ぶようにしゃがんで地面に手をつける。手を伝って粒子状の闘気が地面に広がっていく。
闘気の付着した部分は属性付与の対象──。
風属性を付与し、氷の表面に仕上げ加工を始めようとしたとき、あることを思い出した。
「あ、少し風が吹くから女性陣は気を付けてな」
女性陣は頷いてスカートを手で押さえた。よし、これでブーイングを受けずに済むな。
準備は整ったので、思い切って風を広域展開した。
「ひゃうっ!! ……って、あれ? 滑らない!?」
「兄さん、考えましたね。氷の表面に傷を入れて滑りにくくするなんて……あぁ、これぞ共同作業というやつですね!」
なんだろう。言葉以上に深い意味を持たせてる気がするが、ここはスルーだ。
「とはいっても滑りにくくするだけだから、一応気を付けて戦ってくれな」
──カチャ。
サテュロスが唐突に抜刀して剣に闇の魔力を纏わせた。
「勇者タクマ、どうやらお出迎えが来たようだぞ」
全員が頷いたあと、それぞれ武器を構えた。複数の甲冑の足音が聞こえる。散布した闘気に触れてバチバチと拒絶反応を起こしていることから、十中八九尖兵であることがわかる。
ただの尖兵なら問題なかったんだが、かなり数が多い……。魔力を温存することを考えると掃討は避けなくちゃならない。
思案しているうちに尖兵が視認できる距離に現れた。
「Gruuuuuuuu……」
フォルトゥナの結界の負担を減らすために少数精鋭で乗り込んだのが仇になった。こんなことなら全戦力をここに集めるべきだったか。
サテュロスは俺達の陣形より少し前に出て両手を広げた。サテュロスの眼前に紫色の魔方陣が展開される。
「勇者タクマ、ここは我に任せてくれ」
「何をするつもりだ?」
「いやなに、先代の罪滅ぼしを少しでもしておきたいのさ」
「先代って……まだこの先にサテュロスがいるとも限らないだろ? それに、400年経てば魔族でもさすがに──」
サテュロスは俺の言葉を遮って言った。
「前にも言ったが、サテュロスという名は称号なんだ。その世代において、最高の知勇を有する魔族に与えられる栄誉ある称号……。400年前に、それも障気の発生地点である旧魔王城に奴はいた。無関係なはずがないんだ。頼む! 汚名返上させてはくれないか……」
その背中は決意を物語っている。こうなったら強く言っても聞かないはずだ。それに、男の矜持みたいなのを感じる……彼の精神を救うには、思うようにやらせるしかない。
「わかった。だけど命はかけるな。撃ち漏らしはこっちで何とかするから、思いっきりやれ」
サテュロスは頷いたあと、魔方陣に魔力を込めた。
「先代は野心家であり、強欲だった。あらゆる種族の女、金銀財宝、そして地位……おおよそ手に入らないもの全てを手中にしたい、その結果がこれだ! あんたは今なにをしている! あんたのせいでシェルターでは後ろ指差されて生きてきた! 何をしたいのかは知らないが、あんたを破滅に追い込む一矢を今送り込む!」
魔方陣が一層輝いたあと、魔術が完成した。
「光を喰らい尽くせ──"イクリプス"!!」
地獄の門が頭上より降り立ち、ゆっくりと門が開く。隙間から黒い光が溢れて地面ごと吸い込み始めた。
尖兵、闇の大木、毒沼、それら一切合切が成す統べなく引き込まれる。正直言って、原初の森でこれを使われていたら俺達は詰んでいたかもしれない。
上級闇魔術はそれほど強力な魔術だった。
だが、ブラックホールのような吸引力を持ってしても、広範囲に展開された尖兵全てをカバーすることはできなかった。
ある程度知能を有する尖兵は、迂回して術者であるサテュロスを狙おうと動き始めた。
「みんな! 射線上に出ないように展開して倒すぞ!」
「「「はいっ!!」」」
ティアが右翼を担当して、それ以外は左翼を担当した。
「
ティアの手から放たれた極細の極光が右側の森を一薙ぎする。広範囲に渡って木々と尖兵が上下分離することになった。
俺は木と木の間をエリアルステップで移動しながら尖兵を斬りつけた。
振り下ろされる腕を落とし、首に一閃──。
紋章術なしだと火力においてみんなより劣るから、敵の武装を無効化してから倒すしかない。
1分で10体と言ったところか。
俺よりさらに西の方から強い冷気が吹き付けてきた。視線を向けると雪奈が戦っていた。
「園田流抜刀術・雪月花!」
雪で神速の抜刀、これで2体が塵となる。月による斬り上げ、3体を巻き込んで消滅させる。そして花による8連続同時斬撃──なんと、16体が一気に倒された。多分、一振で2体倒した感じだ。
一方、ライラはというと。
森を食い荒らしていた。背面に魔力で出来た光の翼を12枚展開して"セイクリッドヴァレスティ"という槍系上位スキルでひたすら突貫──。
倒した数なんかわからないレベルだ。
そしてオズマは今も昔も変わらない攻撃方法だった。
ひたすらパワースマッシュで吹き飛ばす。後ろに回られたら地面にパワースマッシュで範囲吹き飛ばし。なんつーか、うちのパーティは範囲殲滅得意だよな。
多分1番倒せてないのは俺かもしれない。
──ガコンッ!
地獄の門が閉じて消えた。サテュロスの前方扇状の敵は全て倒された。
サテュロスが膝をつく。
「大丈夫か?」
「魔力は尽きたが、それ以外は問題ない」
「そうか、なら良かった。こっちも少ない魔力で済んだしな」
結果的に旧魔王城がよく見える光景が出来上がってしまった。森が7割消失したのだから当たり前と言えば当たり前だ。
「なぁ、こんだけ森が削れてしまったんだが……あんた、魔王に怒られたりしないか?」
「昔は特別保護区だったが、この状況ならお許しになるはずだ」
まぁ、この状況なら仕方ないよな。
休憩ついでに全員の状態を確認することにした。雪奈が突然口を押さえて寄り掛かってきた。
「──うっ!」
「雪奈、どうかしたのか?」
「つ、悪阻が……」
「いや、昨日の今日でそれは無いだろ!」
「えへ、バレちゃいましたか」
「心臓に悪いから止めてくれよ」
「ごめんなさい、ちゃんと覚えてくれてるか試しちゃいました」
雪奈を抱き締めつつ一応バイタルを確認する。障気や毒気にやられたわけではなくて、本気で冗談を言ったようだ。
「お兄ちゃん、セツナお姉ちゃんの次は絶対私だからね!」
そう言いつつ、ティアは背後から飛び付いてきた。どうやら色々と察してしまったようだ。
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