第117話 命

 クレプス解放後、魔王と現状確認を果たした俺達はそのまま新魔王城に泊まることになった。


 今日は交代ずつの日で、ティアから始まって雪奈と肌を重ねた。重ねる度により艶やかに、より美しく彼女達は磨かれてるように思えた。


 シーツの外は北国らしい寒い空間が広がっている。故にいつも以上に熱くなってしまった。このままシーツにくるまって昼過ぎまでのんびりしたいところだ。


 そんな俺の考えを他所に、雪奈が話しかけてきた。


「兄さん、先ほどギルドマスター達がここに辿り着いたようです」


「知ってる。あとは封印の間と旧魔王城を残して解放するらしいな」


「はい、その2ヶ所は障気の濃度も濃くて危険度が高いですから。私達はそこを担当することになるかとそしたら──」


「ああ、俺達にそれ以降の予定はない。ルナのアップデートが終わるまで待って、神化したルナに帰してもらうんだ」


「兄さんと私とティアちゃん、3人で帰れるんですよね?」


「そうとも限らないだろ……俺が怪我したり死ぬかもしれない、その時は──」


 ──ギュッ!


 雪奈が最後まで言わせまいと、俺の体に抱き付いてきた。2人とも裸なのでまた反応しそうになる。ゴムボールのような胸が俺の体で潰れている、非常に目に毒だ。


「実は……兄さんがそんな考えを抱けないように、とあるトラップを仕掛けさせていただきました」


「トラップ?」


「さっき飲んだ避妊薬、実はマルーラにすり替えていたんです」


「はぁっ!? そ、それって……あの!?」


 雪奈の言うマルーラとは、兄妹で子供を作る時に飲む、避妊とは真逆の目的に使う薬。も、もし今日の行為で新たな生命が宿っていたら……。


「兄さん、動揺してますね。勿論嘘かもしれませんよ?」


「嘘だよな!? 冗談と言ってくれ!」


「シュレディンガーの猫と少し似てますよね。飲んだかもしれないし、飲まなかったかもしれません。その結果がわかるのは数ヶ月後となります」


「つまり、結果が知りたければ生き残れ、そう言うことか!」


「──はいっ!」


 雪奈ならやりかねない、だけど俺の意思に反したイタズラもしそうにない。どっちもありうるから判断もできない! しかも今日に限って嘘をつく時の癖を見せないとか、さすがは雪奈だ。


 つまりは、俺は簡単には死ねない存在となってしまったようだ。


 ☆☆☆


 ──胸が痛い。


 内から溢れる黒い感情が押さえられない。ついさっきまで達成感と幸福感に満ちていたからこそ、その反動は凄まじかった。


 小さな裏切りと大きな裏切り──。


 小さな裏切りが大きな裏切りの引き金となった。


 "どうして僕ばかり"


 そんな言葉が頭を支配している。自分が何故努力をしないといけなかったのか、その意味がわからなくなった。


『なぁ、もういいだろ? お前の理解者はオレだけなんだ。オレの手を取れば、最高の快楽を与えてやれるぜ?』


 頭の中に耳障りな声が響き渡る。コイツ、こんな性格だったのか、だけどそんなことは意味がない。


『僕にそんなもの必要ない。もう眠たい、全てがどうでもいい。放っておいてくれ』


『カッカッカッ! それなら仕方ない。オレと一緒に眠るか。ま、オレが何かをするまでもなく、お前は起きたくなるはずだ。それまでおやすみ、相棒』


 ようやく耳障りな声が止んだ。


 そしてすぐに体が固まる感覚が始まった……僕のスキルではないが、これで全身が固まるならそれで構わない。


 これは闇でも混沌でもない、光の魔術で僕を凍らせているようだ。とても暖かい春の日射しみたいだ。


 温もりと慈愛と憐憫、それらを織り交ぜたかのような魔術だ。でもさ、もう今更なんだよ……。


 こんなことで、僕の心が溶けるわけないだろ。

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