第113話 北方領域の現状

 北方領域の浄化作業を始めて3日。


 北の大地の約25%を取り返した。闘気石によるローラー作戦が無ければ倍以上の時間かかっていたかもしれない。


 俺達がやってるのはそれだけじゃない。道中のシェルター解放も同時展開していた。


 今もちょうどシェルターを見つけたところだ。


 厚いミスリルの防護壁に闘気を流し込む。これで内部は急激に空気がよくなる。中の魔族も異変に気付くだろう。


 ──ガシャン、プシュー!


「さっきまでの息苦しさが消えたぞ! 一体どうなってるんだ!?」


 青い肌をした魔族が飛び出してきた。そいつは俺達を見るなり剣を構えた。


「何故人間がこんなところにいる!」


 ここに来るまでに何度もしたやり取りだ。いや、斬りかからないだけマシかもしれない。実際、何人かはいきなり攻撃をしてきたのだ。


「まぁ落ち着け。いきなり言われて困るかもしれないが、俺達は勇者パーティだ。北方領域の解放にやってきた」


「その黒髪、そして綺麗な空気……どうやら本物みたいだな」


「そうだ、もう隠れ住む必要は無くなったんだ。中のやつにも伝えてくれ」


 青い肌の魔族は俺の言葉が耳に入らないのか、プルプルと震えていた。


「お前ら……遅いんだよ! 俺の弟は……もう……」


 ──カランカラン。


 青い肌の魔族は剣を落として泣き崩れた。


 一体何が起こってるんだ……。


 彼の脇を抜けてシェルターに入った。そしてすぐに俺は片手で口と鼻を覆った。


 異臭……なるほど、そういうことか。


 他のシェルターは赤い魔石で灯りが灯っていた。だけどここは入口だけ明るくて中はダンジョンのように薄暗い。


「兄さん、シェルターなのに内側に向けてバリケードが……」


「ああ、これではまるで入口付近だけが安全地帯じゃないか」


 警戒しつつ、奥へ進んで行く。ピリピリとした緊張感の中、一瞬だけ赤い光が見えた俺は雪奈の手を取って後ろへ下がる。


 ──ビュンッ!!


 俺達の居た場所を赤い閃光がよぎった。


 襲撃者、その正体を確かめる為に壁に手を当てて光属性を付与した。洞窟のようなシェルターが一気に明るくなる。


「グルルルルルルル……」


 赤く光る瞳、体を覆う灰色のオーラ……灰色の尖兵そのものだった。


 灰色の尖兵の正体は、汚染の進んだ魔族の成れの果て。人間は障気に汚染されると死に至るが、起源が悪神モルドである魔族は在り方を歪められてしまう。


「ルナ、聞こえるか。コイツをリタの時みたいに治せる確率は?」


『ゼロにゃ。リタちゃんは確か生まれ変わったと言っていたニャ。つまり人間の部分と混沌の部分が共生してる状態ニャ、だけど尖兵は人である部分を壊して上書きされちゃってるニャ……取るべき手は1つしかないニャ』


 それはつまり……安らかなる死。


 他に尖兵の気配が無い以上、この尖兵は入口にいたあの男の弟ということになる。


 ──カンカンッ!


 雪奈が尖兵の爪を星屑之刀で防いでいる。尖兵は未踏領域並みの強さで、しかも狭いシェルターで戦うにはこちらが圧倒的に不利。


 やや押され気味の雪奈が俺に判断を仰ぐ。


「兄さん、ご決断を!」


 もう──進むしかねぇんだよ!


「交代だ……俺がやる」


 雪奈は敵の攻撃を受け流し、サマーソルトキックで敵の顎を砕きつつ後退した。


 それと同時にエリアルステップで前に出て、敵の攻撃をDeM IIデムツーで受ける。


「"反撃剣リベンジソード"!!」


 敵の爪がDeM IIデムツーに触れた瞬間、指向性を伴った爆風が尖兵を襲った。


 右手に風を付与してサッと一閃。


 煙が一瞬で吹き飛んだ。相手の状態を確認して俺は剣を下ろした。もうその必要は無くなったからだ。


「兄さん……戻りましょうか」


「そうだな」


 そう言って振り返ると、兄らしき魔族が憎悪の目でこちらを見ていた。


「何が勇者だ! ただの──殺し屋じゃないか!」


 ああ……その言葉は結構、効くな。


 ワンの一件とか、勇者として名乗りを上げた時に覚悟を決めたつもりだったが。


 マジで効くよな。


 魔族の男は剣を持ってこちらに駆けてくる。雪奈が心配そうにこちらを見ているが俺は首を振って助太刀を拒否した。


 ──ガシッ!


「……なっ!?」


 驚くのも無理はない、片手でその剣を止めたのだから。


「お前の弟は尖兵になっていた。ああなったら助からないことくらいわかってたんだろ?」


「う、うるさい! そんなこと、わからないだろ!」


 色んな奇跡や魔術があるこの世界なら、もしかしたらどこかに治せる方法があるかもしれない。だけど、それを待っていたからこの惨状が出来上がったんだ。


「見たところ、尖兵でもない死体があちらこちらにあるよな? お前、尖兵になりかけの弟を隠してたんだろ! 気持ちがわからないわけじゃないが、結果として家族がいるはずの人まで死んでるじゃないか!」


 この男の弟は混沌への耐性が低かった可能が高い。シェルター内に紛れ込んだ微量の障気で尖兵化し始めた。そして黙ってた結果、手がつけられなくなって内部から瓦解……入口付近にバリケードを作ってずっと怯えていたのだろう。


 男はへたり込んで泣き始めた。


 俺と雪奈はその隣を抜けて外へ出た。


「タクマさん、このシェルターの生存者は?」


 追い付いてきた後続の救護パーティが俺に状況を聞いてきた。


「1人だ。出来れば魔族の人に行ってもらった方がいいかもな」


「では私が向かおう」


 空から降りてきたサテュロスはそう言って俺の肩に手を乗せた。


「サテュロス、任せても構わないか?」


「君の剣から少しだけ魔族の気配がする……辛い役目をさせてしまった。すまない、せめてそれくらいはさせてくれ」


 サテュロスがシェルターに入っていく。


 今日はドッと疲れた。少し早いが休むことにした。天幕の中で俺はこれからのことを考えた。


 目標は"新魔王城"のある北方都市国家クレプス。首都を解放して400年前に何が起きたかを正確に把握しておきたい。


 そしてクレプスを解放したら、障気の発生地点である旧魔王城だ。ルナの話によればそこに悪神モルド、もしくはそれに近い存在がいるはず、そう言っていた。


 未だルナのアップデートも3割強しか進んでいない。レベルアップ時にSEを付ける権限が譲渡されたらしいが、うるさいのでオフにしてもらった。


「にしても……殺し屋、かぁ」


 人を殺したこともあるし、その時もかなりへこんだ。だけどそれもワンの時には慣れていた。

 今回は殺したあとに憎悪の籠った目を向けられた。仇に思われるのは初めてだったからな……これもいずれ慣れるのか?


 ──パサッ!


 天幕が開いて雪奈が入ってきた。


「兄さん、添い寝してもいいですか?」


 雪奈は慰めに来た、なんて言わない。あくまで自分のお願いとしてきた。元の世界でもいつもこんな感じだった……そんなさりげない心遣いが今日はとても嬉しいのだ。


 俺が頷くと、「では」と言って毛布に入ってきた。


 こういう時の雪奈はエロいことはしない。俺の頭を抱えてそっと撫でてくる。言葉は必要ない、俺たち兄妹に至っては──言わなくてもわかってしまうからだ。

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