第106話 勇者の重さ
リタとワン(偽)との戦闘が始まって1時間、リタは俺の
互いに決め手に欠ける長期戦、一瞬でも判断を間違えれば一気に押し込まれる状況だった。
「──くッ! "グレネード"!」
地面の一部を掴んですぐに自作スキルでグレネードを作成。ワンの口に押し込んで蹴り飛ばす!
──ボンッ!
頭部は吹き飛び、後ろに大の字で倒れたあと……すぐに起き上がる。
「グギャギャギャッ!」
こんな風に、頭を吹き飛ばしてもすぐに修復されて横合いからリタの灰色の魔術が飛んでくる。さっきからこれの繰り返しだ。
リタも本来は魔術師だ、本人の言うように例え生まれ変わっても戦闘スタイルはそうそう変わるものでもないらしい。
「どうしたよ、最初みたいに剣を使わないのか?」
「ふふ、さっきみたいにローブを剥がしたいんですか? 英雄、色を好むと言いますが限度があると思います」
変わり果てたリタ、戦闘を楽しんでいるようにも見える。まともな親を持たない俺にはわかりにくいが、中学生くらいの子供なら戦っていられる状態ではないはずだ。
「……お前、親が死んだってのに全然悲しくないんだな」
「しつこいですね……だから生きてるじゃないですか!」
「ソイツは喋らない、お前のことも想わない。わかってるだろ!?」
「そりゃあ、お父さんの気配がいきなり消えた時は驚きましたけど、それでもこうやって生きてるんです。ちゃんと見てあげてくださいよぉ~」
俺に見せつけるようにしてワン(偽)をけしかけてきた。
ワン(偽)の紫の魔力剣を横から打ち付けて大きく弾く、そして返す剣で胴を両断し、追撃で放ってきたリタの魔術をサマーソルトキックで弾いた。
「えっ! 何それ!?」
「この偽者はなんの技量もない! お前だって、この偽者に遠慮して大きな魔術を使わない! 俺ごと消し飛ばせば早い話しなのによぉっ!」
復活がまだなワン(偽)を抜いてリタへと距離を詰め、魔術を放とうとする手を掴んで巴投げ、すぐに"エリアルステップ"で先回りして闘気で強化した蹴撃を食らわせる!
──バキッ!
「──かはぁっ!」
リタは腹部を押さえながら後退し始めた。彼女のローブは所々欠損している。最初に斬りつけた時よりもローブの修復が明らかに遅い。
「リタ……お前の弱点属性は俺の闘気だろ?」
図星をつかれたのか、リタの顔が強張るのが見て取れる。
「俺から一撃を受けてから、やたら距離を取りたがるよな。お前、光属性は苦手だけど耐えられない程じゃない、これは合ってるはずだ。だけど俺の闘気だけは苦手なんてレベルじゃねえみたいだな」
「はぁ!? 闘気とか知らないし! ここに来るまで何人か戦ったけど、全戦全勝だし! 無敵だし!」
「焦んなって、俺の話を聞けよ。光が苦手なのはフォルトゥナを象徴するからだと俺は思ってる。だけどそれは象徴という曖昧な為に効力は薄い、それじゃあ何故俺の闘気がお前の超速回復を阻害しているか考えてみた。その理由は恐らく俺が転移者だからだ」
リタは俺の話を聞くつもりが無いのか、修復したワン(偽)を操って攻撃してきた。
「"灰炎舞"!」
ワン(偽)の剣を避けた瞬間に灰色の炎が四方から襲ってくる。さっきと同じパターンだけど回避不可能……リタ、やるじゃないか。
それでもそれだけ弱ってたらさ、遅いんだよ。
空気中の水分に水属性を付与して強化、圧縮、そして闘気と共に全周囲に放出。俺の周囲は風と水と不可視の闘気が渦巻いている。
それに触れた灰色の炎は勢いを急速に落として消失する。
「俺が
リタはペタンと座って頭を抱えている。属性の不利を目の前で簡単に再現されたから心が折れかけてるのかもしれない。
超速回復、無尽蔵な魔力、競合属性の無い灰色、恐らく俺以外なら負けなかったかもしれない。
「ふふふ、そうですか。紋章術と同じく勝手に勇者を名乗ってるだけ、そう思ってましたが……本当に転移者だったのですね」
リタはゆらりと立ち上がって自嘲を始めた。
「ははは……お父さんが死んだのだって本当はわかってるの。ライラと戦ってる時、いきなり気配が消えたからそんな気がして、それでも認めたくなくて……」
ライラと戦ってる時? さっき、全戦全勝って言ってたよな……まさかっ!
「ああ、タクマさん。気付いたんですか、そうですよ……私は一刻も早く王宮に行きたくて邪魔するライラを殺してきたんです」
「お前、友達だろっ!」
くそっ! 遠くで確認した時に見えた2つの光のうち、もう1つはライラだったのか!
今すぐ戻って紋章術を使えば、間に合うかもしれない!
「行かせませんよ──"アポカリプス"!」
リタは空に浮いて手を掲げる。彼女の上空には灰色の魔力が収束を始めていた。
「これは北以外の全灰色の尖兵を犠牲にして放つ私の最大の
「させるかっ!」
──ガンっ!
リタを止めようとする俺を妨害するようにワン(偽)が立ち塞がる。しかも膂力とスピードが大幅に上がってる。対処できない程じゃないが、時間が足りない!
俺ができる選択は守りの紋章術でアポカリプスを防ぐ、それ以外にはリタを殺す他無い……。
ワン……ごめん、俺は世界を取ることにするよ。
速さの紋章術を描きかけた時、それは現れた。
「ダメぇぇぇぇぇっ!」
──ズンッ!
死んだかもしれない、そう思っていた相手──ライラだった。
「すみません、タクマさん! 遅れました!」
「ライラ、なのかっ!? どうして……」
「私は月に一回だけ、致命傷を無かったことにできるパッシブスキル・ラストスタンドがありますから!」
リタも殺したはずの友人がまたしても現れたことに驚愕している。
「リタ、もう止めよう? こんなことをしたら、あなたと同じ気持ちを味わう人が増えるだけだよ!」
「うるさい! 全ての
アポカリプスを貫こうとするライラに灰色の氷槍が迫る。俺の位置からは間に合わない、そう思った瞬間……それは打ち払われた。
「僕も参戦することにしたんだけど、良いかな?」
「断る! てか、なんでここにいるんだよ。ルーク!」
ルーク……かつて俺を投獄した世間知らずで硬いだけの騎士。そいつは地面に着地するとお姫様抱っこをしていたサチを紳士的に下ろす。
「タクマさん、数日振りです! ルーク様が助けられた恩義はどうしても返したいと、回復してもないのに無理を仰るので、妻として無謀なことをしないように共に参りました」
「サチ、大丈夫だよ。僕はタンクの中でも最も硬いと言われてる、どちらかと言えばサチの方が心配だよ」
「──ルーク様」
2人は視線を絡ませながら近付いていく。ルーク、緊張感のないバカップルが誕生したもんだ。
「そう言うのは別の場所でやってくれ……。今忙しいんだ」
「おっとそうだったね。あそこで頑張ってる令嬢をいつまでも待たせてはいけないな」
「ああ、ライラが魔力収束を妨害してる間に俺達は本体をなんとかしよう」
「と言うことは、役割的には僕とサチがあの紫を相手にすれば良いのかな?」
「気を付けろよ? ステータスだけならレベル100は余裕で超えてるからな」
「当時2倍近く差があったのに君に負けたんだ。君にできるなら僕にもできるだろ?」
「言ってろ、俺はもう行くからな!」
──パシッ!
互いに手を叩いて俺は最後の一合の準備に入る。依然としてリタは球体の生成に力を裂き、ライラはひたすらヴァルキリーのスキルでそれを削る。
脳内で使う紋章をイメージして作り上げる。
「リタ、終わらせてやるからな」
────俺は覚悟を決めて飛んだ。
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