第98話 中央都市国家ルクス・都内戦

 ルクスに戻る最中、多くの負傷者を見た。片目を失った者、腕が取れかかった者、すでに息の無い者、これ程の惨状に吐き気を催しながらそれでも進んでいく。


 決着がついた地区は治癒師が奔走していて、中には敵味方関係なく救助に当たる人だっている。


 俺はそれらを無視して通過せざる得ない。それが本当に悔しかった……。


「くそっ! 何が"助けられる人間は助けたい"だ! 舌の根も乾かないうちにってやつじゃねぇか……っ!」


「兄さん、歴代の勇者も全知全能という訳ではなかったと思います。例え目に見える人限定であっても、守れる者と守れない者があるのではないでしょうか?」


「頭ではわかってるんだ……ただ、戦争がここまで凄惨だなんて思わなかった。ここまでどうしようもなく思い通りにならないなんて──」


「私達が出来ることはワンを最速で倒して被害を最小限に抑えることです」


「──そう、だよな」


 少しだけ調子に乗ってたのかもしれない。妹達と連日連夜交わり、勇者を自称して勝利を重ねてきた。


 ──男としてこれ以上にない名誉。


 だけど結局のところ戦争という物量は個人を上回るから、どう足掻いても勇者の潔癖過ぎる理想を破壊してしまう。


 雪奈の言うとおり、俺に出来ることは一点突破で事態を収拾することくらいだ。


 再度覚悟して冒険者地区を抜けた。


 商業区に入るとまだ戦闘は続いていた。建物の至るところから黒煙が立昇っていて周囲には剣を打ち合う白服と黒服達がいた。


 白い方はフォルトゥナ騎士、黒い服は名も無き部隊ネームレスだ。


「貴様ら、この地区はまだ戦闘中だ! 巻き込まれないように引っ込んでろ!」


 フォルトゥナ騎士が俺達を守るように展開する。どうやら低ランク冒険者と誤解されてるようだ。


「まぁまぁ、こう見えても俺達Bランク冒険者なんだ。アンタらは自分の身を心配しろよ」


「黒髪……勇者の末裔か? いやしかし、女子供ばかりで到底信じられない」


 口では証明できないので、いつの間にか俺達を包囲している黒服を無力化することにした。


 闘気はすでに散布済み、敵の足下に闇属性を付与して重力を増加させる。


「か、体が……重い」


「くそっ! 気を付けろ、伏兵がいるぞ!」


 実際は俺1人でこの状況を作り出している。腰を曲げたり膝をついたりするこの15名は、最早一般騎士にも勝てはしない。


「これは!? まさか、お前がやってるのか?」


「そうだ、これで俺の力がわかっただろ? ちなみに俺の仲間も同じくらいの強さを有してる。ほら、呆けてないで今のうちに拘束したらどうだ?」


「そ、そうだな。おい、直ちに捕縛を始めろ!」


 騎士達は手際よく捕縛に移る。一応念のため俺達の存在を広めてもらうように頼んだ。理由は行動しやすくするためだ、毎回絡まれるのも非効率だからな。


 そうして俺達はすぐに次の戦場へ向かった。


「お兄ちゃん、商業区から居住区に向かった方が王宮に近いと思うけど……?」


「いや、居住区からは黒煙が上がってない。多分奴等は居住区を避けて攻撃してるはずだ。全世界に魔道具で呼び掛けるってことは、民には攻撃しないって事だからな」


「じゃあ、貴族特区から王宮へ行くの?」


「ああ、そのつもりだ。途中で合流したい人が──ッ!?」


 ティアを抱き抱えてエリアルステップで一気に移動する。


 カカンッ!


 元いた場所には3本の短剣が刺さっている。他のみんなもそれが飛んできた方向を向いて戦闘態勢に入る。


「タクマ、この攻撃は隠密系のジョブスキルだな」


「ああ、しかもそろそろ炎が飛んでくるはずだ。ライラ、頼んだ!」


「任せて下さい!」


 この中で唯一長期間空を飛べるライラがエーテルストライクで空に上がり、今度は"セイクリッドヴァレスティ"を発動した。


 槍から光が溢れて突進するヴァルキリーの十八番。流星の如き光の槍が飛来する炎を貫き霧散させた。


「へぇ~、あの時のお嬢さんが俺っちの火遁を防ぐなんて……若いってのは怖いっすね~」


 この独特な話し方をする人間を俺は知っている。中央都市国家で脱獄の手伝いを共に行い、西方都市国家で敵として対峙した男。


 ──忍者のナインだ。


「あの時の私とは全然違います。あなたの攻撃は、あの時に比べて遥かに軽いっ!」


 爆煙がまだ晴れてないというのに、ライラは再度突進攻撃を始めた。黒煙の中でライラとナインの剣激が火花を散らす。


 闘気で風を送って黒煙を晴らすと、突進を往なされては攻撃を繰り返すライラの姿が見えた。


「タクマさん! ここは私に任せて先に行って下さい」


 一見するとライラがあしらわれているように見えるが、ナインは防戦一方で反撃もままならない。弱ジョブの忍者とは言え敵は"至る者"それを押さえ込むライラに不思議と安心感を感じる。


「──わかった。王宮で合流してくれ」


「ありがとうございます!」


 俺はライラにナインの相手を任せた。ライラはあの時リタを止められてたら、そうやって無力感を抱いていた。


 リタが魔道鎧に搭乗して発進するあの時、邪魔をして一撃でライラを倒したのがナイン──。


 故にライラにとっては因縁のある相手でもあった……だから俺は任せた。




 貴族特区に走る最中、並走していたオズマが聞いてきた。


「タクマ、ライラ嬢ちゃんが勝てると思ってるのか?」


「勝てる! あの時とはレベルも技量も段違いだし、何より俺は共に旅をした仲間だから信じたいんだ」


「へへ、妹だからってのもあるんだろ?」


「妹? ライラとは血の繋がりはないぞ」


「いやいや、マルグレットの息子になったんだろ? だったら義理の妹じゃねえか、素直に妹だから信じてるって言えばいいのによ」


「──ち、ちげぇって!」


 バシッ! と肩を叩いてオズマは走る速度を上げた。よく考えたら、ナーシャのグレシャム家の支援目的でエードルンド家の人間になってたな。


 え、ってことはこのパーティって、オズマ以外は全員妹!?


「兄さん、まだ彼女は中学生と変わりません。だから手を出してはダメですよ?」


「わかってるよ! 俺は、ほら……2人で満足してるからさ。そんなつもりはないよ」


 お姫様抱っこのティアは首に手を回して密着度を強くして、雪奈は俺の裾を摘まんで顔を赤くしていた。

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