第64話 Deus ex Machina Ⅱ

 いよいよ明日パルデンスを発つ、そのために俺はティアと共に買い出しをしている。ポーション、食糧、簡易キャンプ、他にもサバイバルに必要なものを買ってティアのアイテムボックスへと放り込んでいく。


「セツナお姉ちゃんはどうして来なかったの?」


「なんか用事があるみたいなんだ。夕方、庭に来てほしいって言われたな」


「ふ~ん、見せたいスキルでもあるのかな?」


「どうだろうな、月の石ムーンドロップを持ってきてほしいって言われたんだよな。ま、行けばわかるだろ。そんなことより、このあと学園に挨拶に行きたいんだ、いいか?」


「うん!いいよ。私も友達が出来たからお別れの挨拶しときたかったし」


 別れの挨拶のために学園へと向かった。何だかんだでロルフ以外にも講師の人と交流もあり、友達のように見送ってくれた。中にはここで就職しないか?等と言ってくれる人がいて、正直少し迷うほどだった。その後、ティアを迎えに行ったとき、教室からキャーキャー聞こえた時はティアに友達ができたと我が子の事のように嬉しくなったものだ。




 そして夕方、ティアは風呂に行き、俺は庭へと向かった。庭の中央には雪奈が立っていた。こちらに気づいたのか小さく手を振ってきたので俺も振り返して雪奈の目の前まで移動した。


「兄さん、あの時は助けてくれてありがとうございました」


「え?ああ、どうした?改まって……」


「ふふ、言いたいことを言ったまでですよ。そういえば兄さんって武器、完全に壊れましたよね?」


「ごめんな、機械剣……鍔も柄も全部バラバラになっちまった。やっぱ魔道兵器を斬ったのは無茶だったよ」


 俺の言葉に雪奈は口に手を当てて涙ぐみ始めた。そしてそのまま俺の胸に飛び込んできた。


「うぉっ!どうしたんだよ、びっくりするだろ」


「どうして折れた剣で戦い続けてるのか、ずっと不思議でした。私が作ったから、だったんですね。うぅ……とっても嬉しいです……ぐすん」


 折れた剣とはいっても、ナーシャの指輪で魔力の刀身を纏わせていたからなんの問題もなかった。だけど俺が中央で捕まった時に分解され、折られた剣をそのまま捨てる。それは雪奈のくれたプレゼントを捨てるのと同義だ。それゆえに俺は、見た目は折れた直剣のそれを大事に使い続けた。


「はい、兄さん。これ、新しい武器です」


 俺から2歩程離れた雪奈は足元に置いてあった、バイオリンの箱のようなものを手渡してきた。


「随分と、大きいな……剣、か?」


「いいから、開けてみてください」


ギイィっと宝箱を開く感じにあけると、長く幅広な剣が入っていた。長剣と大剣の中間くらいの大きさで色は鉄のような色ではなく、白だった。

 手に持ってみると、思ったより軽かった……シンプルなフォルム、だが鍔の部分は色んなレリーフが彫られており、何故かピンポン玉より少し大きいくらいの穴が空いていた。


「この穴は?」


「その穴に魔石をセットしてみてください」


「こう、か?……うおっ!」


 たまたまポッケに入っていた赤の魔石の中からちょうどいい大きさの物を填めてみると、刀身が真っ赤な深紅へと染まってしまった。風が吹き、木の葉がたまたま剣に触れるとボワッと音を立てて燃え尽きた。


「おお!填める魔石の属性で色が変わるのかぁ~、しかも火属性も付与されてるし」


「兄さんって紋章術使うようになって燃費が悪くなったと思いまして、今までみたいに刀身丸々魔力で構成してたら持たないですよね?」


「まぁ、そうだな。でも、付与は───」


 雪奈が俺の口に人差し指をピトっと押し付ける。


「ごめんなさい、冗談です。実はそれ緊急時のボツ機能です」


「え?」


「その穴には月の石ムーンドロップを填めるんですよ」


 雪奈に言われた通りに石を交換すると、全身が魔力で満ち溢れ、刀身は満月のように眩い輝きを放ち始める。


「おお!これ、どうなってるんだ?」


「ふふ、驚きましたか?紋章術とその石をリンクできるようにコンセプトを丸々変えたんです。親父さんにも随分無茶を言いました」


「親父さん?……もしかして、中央と南の武器屋の兄弟だったり?」


 その問いに雪奈は頷く。


 マジかよ、あの親父さん一体何人兄弟なんだ?下手すれば東のオルディニスにもいるんじゃねえか?


「今の兄さんにはゲームでいうところの”魔力回復量・極大”がついてる様なものです。紋章術で一時的に全魔力を消費しても、少し時間を置けばまたすぐに使えるようになります」


 なるほど、弱点を補ったわけだ。つまり、最初に教えてもらった機能は元々のコンセプトって事なんだな。


「それで?この剣の名前は?」


Deus ex Machina Ⅱデウス・エクス・マキナ・ツー、略してDeM IIデムツーです。機械の神様の名前から取りました」


「機械剣の2代目って意味もあるか?」


「そうです。私と兄さんとティアちゃんを繋げる希望の剣です。空洞化させた大剣の中に魔科学機構を全部積み込んでます。もう二度と解体させませんし、シンプルなフォルムに反して中はかなり機械の要素を含んでます。ちゃんと機械してるんですよ?」


 新しい妹が出来て、もしかしたらいがみ合うかもしれない、そんな事を考えたりもした。だけど、雪奈は3人で、と言った。こんな出来た妹がいて本当に嬉しい限りだ。俺も兄として応えないといけないよな。


「雪奈、ありがとな。マジで嬉しいよ!俺に何か返せるものがあればいいんだけど……」


「じゃ、じゃあ!抱き締めて下さい!」


「それだけでいいのか?」


「はい!それだけで、大満足ですっ!」


 力強くですよ?と言う追加注文を受けた俺は雪奈を正面から抱き締める。体の前面が柔らかい感触に包み込まれる。背中に回された腕は、俺の背中を掻き抱くかのように力が込められている。


 1分か2分、それくらい経った頃に雪奈が妙な動きを始めた。


 上下に擦るような、それでいて隙間など許さないかのように密着してくる。あらゆる男を引き寄せてもおかしくない甘い匂い、そして柔らかさの究極とも言える感触。


「……っ♡」


 さらに、雪奈の息も少しだけ荒く感じる。


 や、ヤバイ!このまま溺れたい、そんな感情と遺伝子の反発作用とも言える忌避感……相反する2つの感情がぶつかり合い、ギリギリ兄としての気持ちが勝った。時間をかけられれば堕ちていた可能性も非常に高かった。


「せ、雪奈!」


 俺は雪奈の肩を掴んで引き離す。どうしたんだよ、雪奈。異世界から帰る時に答えをって言ったじゃないか。


 人は生命の危機に瀕すると、子孫を残そうとする習性がある。元の世界の俺たちにとって、ここは死地といってもいい。だから勢いだけの刹那的な感情でそういう関係になるべきじゃないって俺は思ったんだ。フラットな本当の気持ちで俺は選択したい……。それに元の世界に帰れば俺と雪奈は結婚できない、あるかもわからない世界救済報酬因果修正を頼るわけにはいかないんだ。


 顔に出てしまったのか、雪奈が申し訳なさそうな顔をしている。


「あ、兄さん……ご、ごめんなさい。あれから少し癖になってるかもしれません」


「俺の方こそ、悪い。これが報酬だったのに離しちまって」


「ううん、兄さん成分の補充もできましたし、そろそろ行きますか」


 雪奈が前を歩いている、俺はそっと手を握った。これくらいならいいだろう?そう思ったんだ。雪奈はビクッとしたあと、しっかり握り返してくれた。


 恋人繋ぎではないし、兄妹としてのごく普通な握り方。すっかり上機嫌な雪奈と、それを見て微笑む俺はエードルンド邸へと戻っていった。

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