第59話 リタ
私は西方の果てにある小さな村で生まれた。その村の名前はオルビス、今では存在しない村だ。
これと言った特産品もなく、世界の境界に一番近い村なのでそれが唯一の観光スポットとなっている。
村から見える世界の壁、名前は災害壁。少し前に、南方の高等部冒険者コースで将来の夢は境界を越える事、等と不可能に近い夢を抱く人がいるとか。
名前は……ノアと言う名前だった気がする。
一応、そのノアと言う人がいる南方方面の"災害壁"は風属性なので世界で一番難易度が低いと言われている。
風か……羨ましい。残念ながら西方の災害壁は炎なので、こちとら冬と言うものを経験したことがない。
ちなみに、東方の災害壁は雷で北方の災害壁は氷と言われている。東方に関してはその雷を利用した"魔科学"と言う技術体系を新たに開発したようだ。
北方に関しては女神フォルトゥナが400年前から封印してるため情報がかなり少ない。時折封印から抜け出す灰色の尖兵なるものが出現するみたいだが、西の果てに来るはずはないので私には関係無い話しだ。
簡単に過去を思い返した私は操縦桿の引き金に指をかける。これまでの軌跡をフラッシュバックさせながら……。
☆☆☆
10年前の話しだ。オルビスには"西方災害壁調査隊"と言われるパルデンス出身の傭兵9名に、ルクス出身の監視役1名からなる計10名の調査隊が毎年派遣されてくる。
監視役は中央都市国家の下級貴族だからか、村に高圧的な態度で接してくるのでみんなからは敬遠されている。反面、学者の方々は薬師や忍者気取りの盗賊等といった個性溢れる人達ばかりで人当たりも良く、すぐに打ち解けた。
ある時、私は薬師の人に尋ねた。
「薬師なのになんで学者なんかに?薬屋すれば良いじゃない」
「ジョブと職業は違うんだよ?そのジョブだからって、必ずしもその職業に就くとは限らない。都会に行けば常識だから覚えておくといい」
確かに、言われてみれば戦士のジョブを持つ叔父さんは農作業をしてる。なるほど納得した。
当時5歳だった私はようやくその事を理解した。
だけど私は氷炎の魔術師と言うレアなジョブだったので村での期待も高く、冒険者になることに何の不満もなかった。
「リタ、あなたはもう寝なさい。これからお酒が入るところだから、子供の時間は終わりよ」
「お姉ちゃんはいいなぁ~!夜更かしできて……」
「私も未成年だからお酒は飲まないよ。料理の準備とか、貴族様に晩酌したりしないといけないの。大変なのよ?」
姉とは歳が離れており姉は結界師と言う、リタよりもレアなジョブを持っていたので昔から劣等感を抱くことも少なくなかった。
調査と宴会が繰り返されて1ヶ月ほど経った頃、あの忌まわしき事件が起きた。
村は全滅し、私だけが逃がされて絶望した。そう思っていたが、2年後にお父さんと学者達が私を迎えに来てくれた。
話を聞くと、やはり他は全滅してしまったようだ。だが、帰ってきた人達は2年経ったとは思えない風貌に変わっていた。老けた者や変わらぬ者、背が伸びた人もいた。
お父さんは白髪が増え、皺が目立つ顔になっている。みんなが生きてくれたのなら少しは希望を見いだせる。そう思っていたが、帰還したお父さん達は姿だけでなく心までも変わり果て、それは憎悪に彩られていた。
お父さん達は私に何が起きたか教えてくれた。そしてそれを聞いた私は憎悪に蝕まれていくことになった。
"負けないで!強く生きて!"
この時、私は姉の最期の言葉を曲解してしまったのかもしれない。
☆☆☆
~そして現代~
お父さんは私に"テン"の数字を継ぐのなら、エードルンド邸で学友を撃てと試練を課した。残念ながらお父さんの思惑は外れてしまい、その学友はタクマさんと共に研究所まで来てしまった。
お父さんはライラを撃てとは言わなかった。復讐のためとは言え、長い時間を過ごした学友を撃つのは心が痛い。
だから私はエードルンド邸を襲撃することでお父さんに許してもらうことにした。
私の乗る機体"魔道鎧零式"が浮遊し始める。徐々に小さくなるナインさんとタクマさん達。私はナインさんに気絶させられたライラを見る。
「ごめん、私にはやらないといけないことがあるから……ごめん」
決してライラには聞こえないが、それは決別と謝罪の言葉だった。
魔道鎧零式は灰色の魔石を計64個使ったルギス所長の最高傑作。前後左右、上と下に
一応、ロルフとの連絡手段を断つために
武装を確認してる間にエードルンド邸へとたどり着いた私は迷いを断つ為に大剣を持った男へと攻撃を開始した。
ダダダダダダダダ!
連射砲を2つ同時にフルバーストで撃ってみたが当たらなかった。
学園からの帰りに何度も寄って訓練したはずだがやはり実戦は違う。それだけじゃない、私にとって初めての殺しだからそれも照準ミスに繋がってるのかもしれない。
だけど、亡き姉や父のために私は撃たなくちゃならない。次は大丈夫、さっきより精神的にも撃ちやすくなった気がするから。
軽くなったトリガーで再び大剣の男を撃つが途中で氷の刃が飛んできた。
バチッ!
なんとか魔術障壁で防ぐ。今のところあの大剣の男は遠距離攻撃を持っていない可能性が高い。なら、今の技を放った相手を攻撃するべきだ。
私は先程技を放った敵へ照準を合わせる。
「───なっ!」
エネミーディテクターからアラートが鳴り出したので直感的に後退すると、私のいたところを黒髪の女性が斬りつけていた。
いや、この女性は───セツナさん。
少しの間とは言え、同じ学舎で学んだ学友。ある意味、父さんの言葉通りに私は学友と戦わなくてはならなくなった。
一緒に訓練してるときは脅威の塊だったセツナさん。だけど、
私が射撃を開始するとセツナさんはジグザグに移動しながら距離を詰めてくる。どうやらこの武器の事をある程度知ってるみたいだ。
距離が短くなるとセツナさんの姿は消える。短距離高速移動"縮地"……対処は簡単、少し下がって魔術障壁を展開するだけ、そしてセツナさんは弾かれた。
こちらは飛んでいるからセツナさんに空中での移動方法は存在しない。すでに軽くなったトリガーで撃つ。
ダダダダダダダダ!
嘘でしょ!
セツナさんは空中で移動し、避けた。アイスフロート……確か初等部で覚える手から冷気を放つ初級よりもさらに下の魔術。それを使って滞空と滑空の両方を行うなんて……。
それから何度も同じ攻防を繰り返していたが、遂にセツナさんが被弾した。
元々あり得ない攻防だった。ここまで付いてこれただけでも大殊勲というもの。右太腿に刺さったアイスニードルをセツナさんが引き抜く。
右手の砲身からは火矢が、左の砲身からはアイスニードルが射出される。
「なんだ、人を撃つの簡単じゃない」
私は最終手段である"
ビカッ!
ほんの少し
そこからの決着は早かった。セツナさんは逃げることしかできず、一発、また一発と追い詰められていく。致命傷を避けてそれ以外の被弾を許し、されどすでに彼女は立つことも厳しい状態。白い肌は赤く染まり、服の所々は焦げ、
そんな状態でも刀を向けてくる闘志に私は感服する。
そして私は息の根を止めようとトリガーを引くが、砲身から魔術は出なかった。モニターを見ると、武器内部の魔石が破損しているらしい。
すぐに武器を捨てて背部にマウントされていた撃竜術式砲を装備する。両腕で持ち、狙いを定めてトリガーを引く。
先の武器と違って発射まで時間がかかるようだ。砲身が赤くなるのが見える。
と、そのとき。
ピッ──ピッ──ピ、ピッ、ピッピッ────
アラートが突如鳴り始めた。
「場所の特定──不能!?い、一体何?どこから?この反応は一体─────」
ドゴォン──!
え?
轟音と共に機体全体が大きく揺れる。モニターからは火花が散る。
サブのモニターで確認すると五体のマークのうち、腕の部分がグレーアウトされていた。それは腕部分の欠損を意味していた。
「あ、う──嘘……こんな……なんで……」
全天投影機に映されたシルエットに私は驚愕する。緑色のオーラを纏った黒い髪の男が、セツナさんの肩を抱いて治癒術を使っている。
ああ、やっぱり
そして屋敷に避難していた使用人が続々出て来てそれぞれが魔術を放つ。すでに攻撃手段が無いとバレており、私は魔術障壁を展開しながらひたすら後退する。
ザッ、ザ───
『リタっち、聞こえる?』
ナインさんからの通信が届く。
「ごめんなさい。失敗しました」
『いや、目的は達成されたよ。お父さんが戻っておいでってさ!ポイントアルファで待ってるよ。あ、それと、よくやったね、リタ──いや、テン』
「うぅ……わ、わかりました。帰還します……」
少し冷静になったリタは学友を撃ったこと、初めて人を殺しそうになったこと、そして仲間に認められたこと、それぞれがごちゃ混ぜになりながら涙を流し、指定された場所まで帰還するのだった。
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