第60話 疾風迅雷

 何度エリアルステップを使っただろうか。一向にリタの駈る機体が見えない。

 しかも、さっきからオズマに連絡してるのに繋がらない、クソ!なんだこの胸騒ぎは!


 しかも、なんだよ……乗ってるのがリタってライラはお前が心配で来たってのに。


 それから15分ほど民家の屋根を飛び回り、ようやくリタの機体が目視できる距離まで近付いた。


 最善の行動をするために、拓真は研究所を脱出する時の機体を思い出す。上昇する機体にティアとシリウスと拓真で魔術を放ったあの時。


 そして機体が動く瞬間に聞こえてきた音──。


 それらがパズルのピースのようにカチリとはまる。


「今回は剣じゃなく、翼だ!」


 2対の翼が交差するように闘気で線画を描く。そして風属性の魔術で色付けを終え、出来上がったのは疾風を意味する翼の紋章だった。


 魔力が足りるかはわからない。だが、今できる俺の最速はこれ以外に存在しない!


 紋章は緑色に発光したあと、拓真へと吸い込まれていく。そこで初めて紋章術師モードへ移行できるのだ。


 印術スロットの身体強化が変化する。


 身体強化

 ↓

 身体強化(迅)


 紋章に対応した自作スキルを使うと、それは自作奥義へと進化を遂げる。


「自作奥義、"疾風迅雷ライジングステップ"!!」


 その瞬間、拓真の視界が一気に伸びる。いや、目が慣れていないため、映像処理が追い付かなくなったのだ。


「ぐおお!……これは想定してなかった!」


 最初は驚いたが少しずつ脳の処理が追い付き始め、今度は時間が伸びた感覚に陥り、少し考える余裕ができた。


 リタの魔術障壁は恐らく手動式だ。攻撃と防御は両立できない。そして何よりの欠点は、装甲だ。


 動いた際に金属が擦るような音が鳴り響いていた。あれはルギスが歴代勇者の遺した書物を真似て作っただけの証だ。


 関節の繋ぎ目は特に金属摩擦に気を付けなくちゃいけない。全部同じ金属で構成するよりも、部分的に最適解となる金属を使わなければそこは熱で脆くなってしまうんだ。


 そこまで考えた頃にはエードルンド邸の庭が見え、その庭で刀に寄り掛かる雪奈の姿を視界に収めた。雪奈と対峙している機体は、その命を狩りとらんと砲身を雪奈に向けている。


 砲身の発光、見るからにダメージを負った雪奈、最悪の展開を予想した拓真は持ち手しか残ってない剣を上段に構え、ナーシャの指輪に魔力を流して緑色の魔力剣を生成する。


 そして───。



「うおおおおおおおおお!届けえええええッ!!」


 ザン───。剣閃がバターを切り分けるかのように機体の両腕を斬り落とし、遅れて爆音が庭に広がる。


 ドゴォン!!


 機体の反撃能力が無いことを理解した拓真は雪奈へ駆け寄る。


「兄さん!怪我は無いですか?どこか痛いところは───」


 ギュッ。


 拓真は雪奈を抱き締めて、消え入るかのような、か細い声で話す。


「過保護かよ……怪我してんのお前だろ。……ごめんな、俺はお前を守りたいのにこの有り様……兄貴タンク失格だ」


 拓真の腕の中で雪奈が声も出さずに震えている。肩を掴んで顔を確認すると、雪奈は口をアワアワさせながら声にならない声を発している。


 様子がおかしい、顔も異常に赤い。いつもの妖艶さが微塵も感じられない。


「───そんなこと、無い、です。格好良かった、です」


「そっか……あ、怪我してるのに抱き締めちまったな。わりぃ、痛かったか?」


「……大丈夫、です」


 拓真と雪奈は少し落ち着きを取り戻す。リタの機体は使用人の反撃を受けながら逃走し、エードルンド邸の脅威は去った。


 拓真は自作スキル・ヒーリングリリィで雪奈の手当てを始める。一番酷かった右太腿を手当てしてると手に水が落ちてきた。


 それは雪奈の涙だった。


「ご、ごめんなさい。兄さんに会うのが久しぶりに感じて……その、ありがとうございます」


「何言ってんだよ。朝食、一緒に食べただろ?」


「はい、でも色々あって……兄さん、頼みごとしても良いですか?」


「ん?」


 ギュゥゥゥゥ。


 雪奈は拓真の胸に飛び込んで抱擁を交わす。


「おい、治療できないだろ」


「致命傷は外してるから大丈夫です。なんなら、そのまま手当てしてください」


「いや、電車で痴漢してるみたいな格好になるから……」


「ふふ、プロパティで隠してたファイルに、そんなシチュエーションの動画が保存されてましたね」


「───ッ!?……はは、バレてーら」


 雪奈と拓真はそれから10分ほど抱擁を続け、オズマの咳払いによって終焉を迎え、1時間後にはライラとティアが到着。通信魔道具が復旧し、ロルフとマルグレットも尖兵殲滅から帰還を果たした。


 それぞれが起きたことを報告し合い、都市の復興を始めた頃にパルデンス上空にて映画のような映像が空に映し出された。映っているのは初老の男性と9人の黒い軍服を着た集団。


 その映像を見たマルグレットは口に手を当てて一言「嘘、なんで執事が……」と言った。拓真がその意味を問う前に映像によって遮られてしまった。


『都民の諸君、我々は名も無き部隊ネームレス。つい先程、東方都市国家オルディニスを占拠した。っと、その前に、私はとある御方に伝えたい事がある。


聞こえているでしょうか?我が主、このような結果になって申し訳ないと思っております。私には大義がありますゆえ、お暇を取らせてもらいます。ぽっと出の私を雇っていただき、感謝しております。ですが、次にまみえるときは敵同士と言うことをご理解ください。今まで、本当にありがとうございました』


 深く一礼し、顔を上げる初老の男。


『さて、お待たせしました。では目的を申し上げます。我々は───』


 尖兵との戦いで傷付いた魔道騎士が、民家の窓から不思議そうに見つめる幼子が、瓦礫を片付ける使用人が、それら様々な人間が固唾を飲んでその言葉を聞いている。


『中央都市国家ルクスへ宣戦布告する!』


 それは、戦乱への序曲となることも知らずに……。

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