第32話 ライラ = エードルンド

 翌日、出発メンバーを待ってるとティアは心配そうな顔で昨日渡した指輪を眺めていた。


「お兄ちゃん、私、あのお爺ちゃんが正直怖いんです」


「そうか?冗談言える奴だから結構話しやすいし、俺はそんな印象持たなかったけどな……」


 ティアは右手を俺に向けて薬指を指差した。


「サイズがピッタリなんです!これって気持ち悪くないですか?恋人でもないのに指のサイズ知ってるなんて……うぅ~~、ゾッとします」


 ティアは両腕を交差するように抱えて震え始めた。ゲームの装備感覚で受け取ったけど、言われてみるとゾッとする話だ。一体いつの間に測ったんだ?考え込んでいると「二人とも、来ておったのか?」とくだんの老人がいきなり背後から声をかけてきたので、ティアはきゃっという声と共にソファの裏に隠れてしまった。


「ティアちゃんもワシが嫌いなのか?臭いは仕方ないじゃろ!これでも頑張って色んなフレグランスをつけとるんじゃ!!」


「ティアがあんたを警戒してるのはそういうことじゃないんだよ。ほら、昨日もらった指輪があっただろ?それがピッタリなのが気味悪くてな……なんでサイズ知ってたんだ?適当ってわけじゃないだろ?」


 ロルフは納得がいったのかポンと手を叩いて灰色の魔石を懐から取り出してテーブルの上に置いた。


「昨日鑑定の時にティアちゃんが魔石に触れたじゃろ?実は鑑定の時に元の所有者の情報も鑑定されるんじゃ。盗品だと不味いからの。つまりはそういう訳じゃよ」


 なんだ、そういうことだったのか。確かにロルフの言うことは筋が通っていた。ティアも酷い対応だったと謝罪してるところにスノウとオズマが合流した。


「おはようさん!坊主は今日も騒がしいな!すぐに場所がわかったぞ!」


「いや、あんたの声はそれ以上の大きさだと思うぞ?」


 気にすんな!と背中をバシバシと叩かれる。俺はそんなオズマを払い除けてスノウに朝の挨拶をした。


「おはよう、スノウ。昨日は眠れたか?」


 甲冑姿なのは相変わらずだがコクコクと頷いてくれた。大所帯のままギルドの広間にいるのは悪いということで護衛対象のところに向かうことにした。


 待ち合わせは街の裏にある荷馬車停留所とのことなので行ってみると、荷馬車の前で槍をブンブンと振っている少女がいた。恐らくこの子が護衛対象なのだろう。オレンジ色の髪をサイドアップに束ねている。それでいて人形のようにスレンダーな体型だった。こちらに気が付くと大きく手を振り始めた。


「おはようございます!ライラ = エードルンドと申します!パルデンスに着くまでの間よろしくお願いします!」


「元気なお嬢さんじゃな~こっちも元気になるわい!ワシはロルフ、今回依頼を受けたギルドマスターじゃ。こっちのふてぶてしそうな顔をしているのがタクマじゃ。その隣のローブの女性はティアちゃん。筋肉の盾に使えそうなのがオズマ、そしてこっちの甲冑がスノウじゃ」


 オズマは文句を言いたそうにしているが、俺とティアとスノウはお辞儀で対応した。ライラの性格が礼儀正しく明るい女の子でほっとしていると荷馬車から一人のメイドが降りてきた。


「あら、随分臭いと思ってたらロルフのお爺様ではありませんか。先日依頼の時に言ったことをお忘れですか?」


「最近は年寄りに冷たい者が増えたのお。そんなに虐めんでもいいではないか?」


「ささ。お嬢様、酸っぱい臭いが移っては大変でございます。どうぞこちらの荷馬車へ……」


 ライラは苦笑いをしたあと、頭を下げて荷馬車の中に入っていった。今回の対応でわかったことがある。ライラは仮にも魔道女学院で訓練を受けている身、となればある程度は魔物相手に自衛することもできるはず。もちろんラノベのようにポンコツお嬢様の線もあるが、さっきの訓練姿を見る限りそれもない。今の時代、表向きは悪神の脅威もないから訓練だけさせて魔物には指一本も触れさせない教育方針なのだろう。学院内で試合はあるだろうが───それだけでは魔物のルールを逸脱した動きには対応できないだろう……。



  ☆      ☆      ☆



 護衛の形態は3両の荷馬車で前後を囲う形で行うことになった。豪華絢爛な馬車ではなく、全て同じルーフ付きのみすぼらしい荷馬車にしたのは重要人物が乗っていないと見せかけるためのメイドの策略のようだ。一般人と同じ荷馬車にライラを乗せるとは思えなかった為に、メイドの提案は少し疑問が残るところである。


 前方の荷馬車にはオズマが、そして後方の荷馬車には俺、ティア、スノウで乗ることになった。素人の俺から見ても普通は2対2で行うべきだと思うのだが、スノウが強硬に反対したためこの編成となった。ロルフは木から木へと高速で飛び移りながら広範囲を警戒してくれてるようだ。そしてたまに爆音が聞こえてくるがロルフが近付く魔物を瞬殺しているらしい。ほんと、ギルマスって化け物だよな。


 パルデンスまでの道のりは荷馬車でも1週間かかるという……なので3時間ごとに休憩を行うことにした。時間はちょうどお昼時、甲冑のスノウが簡単にスープを作ったのでそれを昼御飯として頂くことになった。ちなみにライラは荷馬車で貴族御用達の保存食を一人食べているらしい。メイドさんはライラを徹底的に俺達から隔離するつもりなのだろう……。ロルフは小言を言われないようにパンだけ受けとると森の中に入っていった。


 そして事件が起きた。スノウからスープとパンを受け取って席に着くとオズマが喚きだしたのだ。


「おいおい、おかしいじゃねえか!なんで俺のだけ量が少ないんだよ?しかも坊主のは俺の1.5倍くらい量があるじゃねえか!」


 オズマの食器を見てみると、確かに量に差がある。明らかに故意に配膳してるのがわかるほどだ。そしてオズマには言えないのだが、俺のだけ野菜が抜き取られて肉ばかり入っている……俺は野菜嫌いだから正直助かったが。どうやらスノウは割りとオズマが嫌いのようだ。


 結局、スノウが折れて量を同じにしたところでオズマは引き下がった。だがオズマはまだ気づいてない。増えた現在のスープに一片も肉が入ってないことに……。

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