第27話 哀しみの先で

side ルーク


 私はギリギリのところで増援として現れた部下に助けられる形になった。印術師と思って甘く見すぎていたのもあるが、やはり義父さんを肯定しきれなかった故に、混乱してしまったのが敗因だろう……。


 王城にある騎士団本部で捕まったタクマ君が審議にかけられてる間、私は自室にて待っていた。雪奈君は私の部屋の隅でずっと俯いている。いい報せを伝えれば食事をきちんと摂ってくれるだろうか。


 数時間後、結果の報せが届いた……『死刑』だった。私はこの不当な採決に抗議をするためにトーマス司教の元に向かった。


 ドアをノックすると「入れ」と言う返事が来たので入った。


「本題から言いますが、なぜ彼を裁判も無しに死刑という採決をだしたのですか?義父さんは常日頃から平等性を私に説いていたではありませんか」


「ルーク、平等とは誰にでも等しく与えられるものだ。そしてだとは思わないか?それを回避できるかできないかは運によるがね」


「そんな……つまりタクマ君はたまたま運が無く、不条理をはね除けられなかったと?そういうことですか!!!」


「そうだ。運が無かったと思え、そして余計な正義は捨てて私に忠誠を誓え!それに奴には死ななければならない理由がある。今でこそ、この国は世界の中心として最強足りうる国家だが、3国同時に攻められれば絶対勝てない。奴隷を売り、都市国家以外の小国を抱え込むことで均衡が保たれているのだ。それを邪魔しよう者は即死刑にするべきだろう!」


 私は愕然とし、目眩がするほどにフラフラと崩れ落ちた。


 そうか……箱庭か……。みんなの言う通りじゃないか。なんにもわかってなかったんだな。幸か不幸か、私の無知で間違いを犯したのが今回限りで本当に良かった。せめてあの兄妹だけは命をかけて救って見せよう……それが償いだ。


「わかりました。義父さんの説いてきた聞こえのいい方便も、全て偽物だったんですね。義父さん……いや、トーマス司教、あなた程の地位で腐ってるということは、恐らく切除できない程に世界に病気が蔓延してるのでしょう……残念ですが忠誠は誓えません。私はもっと世界を知り、やるべきこと見つけようと思います。安心して下さい。はあなたに逆らうつもりもありませんので……では失礼します」


 やることは決まった、騎士団を使って内部から変えて見せる!そのためにまずは、独立できるほどの力と、人脈と、理想を掲げなくては!


 こうして、ルークは世界の悪を認めつつも一層正義のために戦う決意をするのだった。


side 雪奈


 私は今客分として騎士団に所属している。ルークは贖罪のつもりなのか、サチちゃんを引き取り、自分付きのメイド候補として雇っている。

 ここ数日の私の行動はルークの部屋に引きこもるか、兄さんと泊まってた宿に行くかのどちらかだ。

 もしかしたら兄さんが宿にひょっこりいるかもしれないというありもしない幻想を未だに抱いている。

 兄さんの死刑宣告を聞いたとき、私はすべてを斬り捨ててでも向かおうとしたが、入り口の魔道騎士に妨害されては眠らされ……それの繰り返しだった。

 ルークは私が突破すればサチちゃんの立場も危うくなると言い出したので今は大人しくしている。


 数日がたった頃、ルークが久しぶりに話しかけてきた。


「セツナさん、タクマ君のいた牢獄が火災で全焼した。……今も消火活動は続いている。わかってると思うが、サチちゃんの為にタクマ君を捜しに行くのは……」


 私は兄さんが宿屋にくる気がしたので立ち上がり、ルークに言った。


「宿に行ってきます……心配ならあなたもくればいい」


 街は牢獄で火災が発生してるのに構わず、パレードが行われていた。

 私は兄さんを心配しない都民に八つ当たりに近い感情を抱きながらも宿に向かって進む。


「そうですか……まだ兄さんは来てないですか……」


 宿の主人に聞いてもやはり兄さんは帰ってきてないとのこと。落胆した私にルークが口を開く。


「セツナさん、毎日これを繰り返してるようですが……タクマ君はこな──」


 パシンッ!


 私は言い終わる前にルークの頬を叩いた。


「あなたのせいだけじゃないけど!!私のせいだけど!それでもあなたが憎いッ!あなたを信じた私が憎い……私の兄さんを……返して……返してよぉぉぉぉぉぉ!!」


 今まで我慢してたものが決壊してしまった私は、ルークの胸に顔を埋めながら胸板をひたすら叩く。彼は黙って受け続けた。自信の罰を忘れないように、深く自身に刻むように……。


 それから数日間、毎日通ったが兄さんは現れなかった。2人分の焼死体が発見されたという報告を受けたけど、信じたくなかったからひたすら通った。

 いつものように宿で1時間ほど立ち尽くしてると、背後から聞いたことのある声が聞こえた。


「セツナさん?セツナさんですよね?」


「ナーシャさん?お久しぶりです……」


 私はナーシャさんに連れられて兄さんと泊まってた部屋で話をした。


「私はあなたに聞きたいことがあります。どうしてタクマさんのことを箱庭騎士に話したんですか?」


「それは、ルークさんから投獄1ヶ月で済むからって聞いて……それならこのまま逃げ続けるよりも、全て精算してから新たに旅をした方が安全だと思って……」


「そうですか……でもそれはタクマさんのためじゃなく、あなたが楽になりたいからですよね?自分の為に行動した殿方の気持ちをなぜ考えなかったんですか?」


「だから兄さんと一緒にこれからも安全に旅を……」


「あなたは自分のことしか考えてません!どうせ助けたあと優しく癒せばいいとか考えてたんでしょ?だけど、タクマさんは今ッ!傷ついてるんです。あなたが救おうとした手でどんどん傷ついてるんです!タクマさんはあなたにしか心を完全に開いてないんです!私じゃダメなんです!平気な顔して、辛さ隠して、冗談言って誤魔化すんです!私じゃダメなら、あなたが行ってやることをしなさい!こんなところにいないで早く彼を追いなさい!」


 そうか……私は彼女の言う通り、楽になりたかったのかもしれない。でも……どんなに償おうとしても、もう兄さんは……。


「でも……兄さんは……死んで……」


「え?ああ、そうでした!タクマさん、生きてますよ。死体は偽装死体です。きっとあなたとルークの事を考えて言わなかったんでしょうね……あの方らしいです」


「兄さん生きてるんですか!?……ん?私とルークさんの仲って?」


 仲も何も、正直サチちゃんや立場がなければ真っ先に殺したい相手No.1なんですが……。


「う~ん、なんかセツナさんと私の知ってる情報とで誤差がある気がします。私がタクマさんから聞いたのはですね……」


 ナーシャさんと私の認識の確認を改めてしたら、とんでもない勘違いをしてることがわかった。


「私、ルークさんとキスとか抱き合ったりしてることになってたんですね……」


「少しだけ変だと思ってたんです。セツナさんが他に目移りするとかあり得ないって、それに……箱庭騎士の好みのタイプって『歳上』って聞きますから……」


「彼、何歳なんですか?」


「ええ、あの人……26です。私と縁談の話しが前にあったんですが、その時に聞いたので間違いないです」


 見えない!てっきり18辺りに見えた。通りでずっと一緒の部屋にいても微塵もそういった気配がなかったんですね。


「それで今兄さんはどこに?」


「西方都市国家パルデンスに向かうと言ってました。早く追いかけないと見つかるのは困難になります。道は一本道ですが、タクマさんは寄り道しそうですから……」


「フフ……そうですね。兄さんはそう言うタイプです。私、兄さんに謝りたいです……だから行ってきます」


「ええ、行ってらっしゃい!次は天窓じゃなくて正面から来るように伝えてくださいね」


 その後、私は騎士団本部にいるルークの元に向かった。


「ルークさん、私やることができたので正式に騎士団を抜けます。今までありがとうございました」


「そうか……わかった。1つだけ言っておきたいことがある。私は騎士団を使って内部から体制を変えたいと考えている。もしも君が賛同してくれるなら……」


「いえ、それはあり得ません!少なくとも、サチちゃんを人質に私に間違いを起こさせないようにするやり方は認めません。まぁ、悪を肯定するわけじゃないですが、あなたも正義一辺倒じゃないやり方を使えるようになったのは進歩じゃないでしょうか?」


「そう……かな?まぁほどほどにするよ。じゃあ、仕事に戻る時間だから。お元気で……そしてゴメン」


 そう、聞こえのいいやり方だけでは餌食になるだけ、時には自身の手を汚すことも考えなくちゃいけない。

 兄さんはずっと前からわかってたんですね。それを私は負い目と感じてました。だから謝りに行きます。そしてまたあなたの手を取って歩きたいと、心から思っています。

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