第3話 エンカウントと過去

~ 回想 ~ 

 昔から両親はお金に困っていた。そのせいか、両親の俺たちへの期待はとても大きいものだった。成績を比べて低い方を徹底的に責めてくるのだ。おかしなものだろう?同い年じゃない以上は状況だって違うのに……。


 疑問だった俺は両親に二人とも愛せないか聞いてみた。すると──『クラスにいないか?今までイジメられてたのに、次の学期でイジメる側に回ってる奴が。そいつはイジメられないように努力をしたんだ。そいつはもう2度とイジメられないようにさらに努力をする──俺達がお前達にしてることはそう言うことだ』等と意味のわからない事を言っていた。


 それを聞いた俺は両親を親とは思えず、認識はただの同居人にまで落ちた。きっと将来徹底的に金をむしるつもりなのだろう、そんな奴等から大切な妹を守るために俺はタンクという役割を演じることにした。


 俺と雪奈の距離が近いのは、俺がタンクを演じ、雪奈がヒーラーを演じる事でお互いを補完しあってるからだ。でも俺は気付かなかった。

 ──両親のいないこの世界で、俺の役割が失われつつあることを。


~ 現在 ~


園田 雪奈 Level 1


ジョブ 剣士   


スキル 

園田流一之型 せつ 氷雪属性の斬撃を高速で放つ抜刀術


パッシブスキル 

剣術〈異〉B 刀装備時攻撃力up


「……ップ…お、お前名前がスキルになってるぞ?」


「わ、笑わないで下さい!もう、なんでスキルに名前が?」


 いつまで笑ってるんですか!と雪奈にポカポカ叩かれる。和名なのは多分俺たちが日本出身だからか?俺のスキルも全て和名だった。本に書かれている本来の剣士の代表的スキルは『クロスラッシュ』等の横文字だった。


「ハハ、悪かったって、俺のもちゃんと教えるからさ」


 どうやらステータスの内容は本人にしか見えないようなのだが、嘘をついても雪奈にジーッと見られれば看破されかねない。従って嘘なく伝えた。


「印術師……なんというかお助けジョブですね。もし敵に遭遇したら剣士の私が前衛をした方がいいですね!」


 この娘は何を言ってるんだ?妹を前に出させる兄がいるわけないだろう。そんなことすれば、男で兄である俺のプライドが傷つくだろうが。


「イヤイヤ、妹に前衛させるとかマジでないから」


「でも兄さんが傷付くのは……嫌です」


 お互いの意見が真っ向からぶつかり合ってしまった。雪奈の目は絶対に曲げないという意思を宿している。さて、どうしたものか。こうなった雪奈は引かないだろうしな。雪奈は何かを思い付いたのか、ある提案をしてきた。


「う~ん。じゃあ模擬戦で決めましょうか。本職の剣士がどんなものか試したいですし」


 そう言って雪奈は近くの木の棒を2本手にとって片方をこちらに渡してきた。俺、平和主義者なんだけど……。こちらとしても引き下がる訳にもいかないので抗議してみる。


「え……俺たち戦うの?」


「突きなしで一撃先に加えた方が勝ちってことでどうですか?」


「妹相手に剣を向けるの、嫌なんだけど……」


「剣じゃありません、ただの棒です。それに、お互いに今のジョブを理解する意味でもやっておいた方がいいと思います。嫌……ですか?」


 ──はぁ。この目に弱いんだよな……。上目使いで少しウルウルと頼まれるとどんな男でもイチコロだろ?しかも兄だぜ?結果的に抵抗虚しく模擬戦を受けることになった。


「分かったよ。……じゃあ始めるからな!」


「ありがとうございます!兄さん!」


 自身に身体強化の印術をかけた。さすがに思いっきり妹をぶっ叩く訳にはいかないからな。軽くコツンってレベルで済ませよう。正眼で構え、威力のない素早い攻撃を上段から放った。


 ──結果、敗北。


「ば、バカな!」


 放った攻撃は棒で受け流され、そのまま駆け抜け様に胴を軽く打ち払われた。ここまで差が出るのか!痛くはないが、心は痛かった。実の妹に力で敗北することが、ここまで痛いことだとは想像もつかなかった。元の世界において、大人になれば基本的に暴力や力とは無縁の生活を送ることになるし、自動ドアを潜るあの瞬間までは確かに俺の方が強かった。


 そういえば剣を渡したとき、雪奈は全く重そうにはしてなかったな。つまり、この世界は想像以上にジョブに縛られてることになる。俺が立ち尽くしていると、心配した雪奈が声をかけてきた。


「に、兄さん……?その……大丈夫です?思っていたより素早く動けて私自身かなり驚きました」


「あ、ああ。大丈夫だ。怪我もしてないよ」


「本当にごめんなさい……兄さんには前に出てほしくなかったんです。その、やっぱり私が前衛した方が……」


「わかってるよ。俺は負けたからな。大人しく従うよ」


「兄さん、怒って……ます?」


 何いじけてるんだ俺!別になにもするなって言われたわけじゃ無いだろ。雪奈を不安がらせてどうするんだ?


「怒ってないよ。ちょっとだけショックだっただけだ。向き不向きってあるから仕方ないさ」


 そう言って頭をいつものようにワシワシと撫でる。にへらぁ~とした顔をしながら気持ち良さそうにしている。傷を負ってもすぐに立ち直る、俺の特技だ。だけど、実際はバキバキとヒビの入ったガラスのようになっている。


 俺はこのままで良いのだろうか?タンクという役割ロールを俺から奪えば、残るのは平気な顔をして陽気なフリをするただの道化だろう。

 そうなったとき、雪奈は隣にいてくれるのだろうか……?


  ☆      ☆      ☆


 その日の夜、荷馬車から頂いた毛布にくるまっていると雪奈が隣に来た。


「ねえ、兄さん。一緒に寝ませんか?」


 え!いいいい一緒に寝るって、そう言うことなのか!!俺がドギマギしてると返答を待たずに毛布に入ってきた。


「えへへ、こうやって一緒に寝るのは子供の時以来ですね。……暖かい」


「な、なんだ、俺はてっきり──」


 背を向けて寝ている俺の腰に手を回すと雪奈が耳元で囁く。


「兄さんってエッチですね。何を想像したんですか?私たち兄妹ですよ?単純に寂しかっただけですよ。ン……兄さんの匂い久しぶりです。兄さん、今日は……ごめ……な……さい……」


 スゥースゥーと雪奈の寝息が聞こえてきた。久しぶり動いたからな。正直、俺も今日はかなり疲れた。そして雪奈の最後の言葉の意味を考えた。


 ──全く、雪奈には頭が上がらないな。きっと昼間の事で俺を傷つけたことを気にしてたんだろう。うん、大丈夫。雪奈はヒーラーでもあるからな。じゅうぶん癒されたさ。───ありがとな、雪奈。

 心が軽くなった俺は少しずつ睡魔に襲われたのだった。


  ☆      ☆      ☆


 朝起きると雪奈が俺の顔を覗き込んでいた。う、雪奈の胸が目の前にあった。顔を上げるとすぐに触れることができる位置だ。そこでようやく理解した。膝枕をされてることに……。


「兄さん、おはようございます。兄さんの寝顔って可愛いからずっと鑑賞したくなるんですよ?」


「あ、ああ。おはよう。だけどさすがに恥ずかしいからさ……」


 俺は果実にぶつからないようにそっと頭をどけて身支度を始める。雪奈は俺が起きる前に少しだけ散歩したようで、近くに泉があることを教えてくれた。じゃあ交代で体を洗いましょうということで泉に案内してもらった。


「に、兄さん。多分無いとは思いますが、覗かないで下さいね」


「妹の裸だぞ?興味ねえよ……。だ・け・ど、一応叫び声とかあげたら問答無用で突入するからな?」


「わかってます。その時は仕方ないので我慢します。……で、ホントに興味無いんですか?」


「しつこいな…………ねえよ」


 実際は興味津々なのだが、そこは悟られないように否定した。妹だろうとエロいものはエロいのだが、さすがに兄として覗くわけにはいかないからな。だが納得がいかないのか雪奈が食い下がる。


「今、かなり間がありましたよね?」


「お前は見られたいのか?」


「結構自信ありますよ?それに、全く興味ないと言われると……女としてもプライドが……」


 妹とはいえ、女性だ。真っ向から興味ないと言われるといい気分がしなかったのだろう……。だとしたら、興味ないという発言は確かに失礼だったな。妹とはいえ女性だからな。

 

 ──雪奈を褒めるべく言葉を紡ぐ。


「その……お前は身内贔屓無しでも整った顔してるし、黒髪ロングも実際ドンピシャに好みだし、胸も大きいし、それでいて他はスレンダーだし……結構チートだろ?」


 雪奈はボンッと音が出そうな程に顔を真っ赤にして小さい声で言った。


「さ、触って……みますか?」


「い、いいから!冗談はいいからっ!さっさと行けよ!」


 雪奈は俺に近づいて手をキュッと握って──ありがと、嬉しい。と囁いたあと泉に走っていった。そういう不意打ちマジでやめてくれよ。兄としての意思が揺らいでしまうだろ……。悶々とした気持ちを落ち着かせるために、散歩がてら周辺の警戒に向かった。


  ☆      ☆      ☆


 待つこと5分。近くの茂みからガサガサと物音が聞こえた。

 俺はそっと剣を取り、補助印術『身体強化』を施した。


「グォォォォォォッ!!!」


 地響きのような大きな唸り声をあげて、熊というには大きすぎる何かがが急接近し、その凶悪な爪が自身に襲いかかる。

 咄嗟に剣の腹の部分で受け止めたが、反動で物凄い勢いのまま近くの木に背中を打ち付けてしまった!


「ぐぁッ!!」


 痛ええええ!マジで吐くかと思った!さすがに今の音では雪奈が来てしまうな。雪奈が来る前にどうにか追い払うか倒すかしないと危険だな。なあに、俺だってこの世界でやれるってとこ見せてやるさッ!


 身体強化を施してはいるが、それでも歴然とした差がある。ここでやられるわけにはいかないからな。弱者なりの戦い方を教えることにした。


 ──今できる事を必死に考える。


 まず補助印術『治癒』、付与印術『火』を使用した。すると少しずつではあるが体の痛みが和らいできた。

 そして剣を見ると火が剣を包むようにして付与されている。獣は火を怖がるというから多少は効果があるだろう。


 熊のような魔物が痺れを切らしたのか突進を再開してきた。頭を叩き潰そうと爪が迫ってくる。それを間一髪でしゃがんで避け、火を纏った剣で足を斬りつけ距離をとった。


「グルルル……」


「へッへへ、少しは効いたか?これで退いてくれると嬉しいけどな……ハァハァ」


 足を切られて機動力が落ちたためか、魔物は俺と距離を保ったまま睨んでいる。

 そう言えば、まだ使ったことないスキルがあったな。俺は未使用だった紐帯印術を魔物に使ってみたが、透明色の帯はバチッと弾けて消えた。

 クソッ!攻撃系のスキルじゃないのか!

 

 お互いに睨み合っていたが、先に攻撃を再開したのは魔物のほうだった。


「ガァァァァァ!!」


「そう何度も、くらうかよ!」


 先程よりも速度が遅い為、ギリギリを狙って横に飛んで避けて、すぐさま地面の土を掴んで火を付与し、敵の顔めがけて投げた。


「グガァァァァァァッ!!」


 いかに魔物とはいえ目に火の付与された土が入るのは堪えるようだ。ジタバタと暴れる魔物をギリギリ攻撃が届かない距離から剣でジワジワと傷付けていく。

 だが、俺は認識が甘かった。魔物とはいえ獣、聴覚や嗅覚は人間のそれを遥かに上回っているのを失念していた。魔物が残された五感で拓真の位置を特定し、なりふり構わず突進を仕掛けてきた。当然ながら戦闘に慣れていない俺は油断して行動が遅れた。

 目前に迫る凶刃の如く鋭い爪を眺めて死を覚悟した。時間がゆっくりと流れる。


 ──ああ、これが走馬灯ってやつか……。雪が降るなんて最期は粋な計らいをしてくれるものだな……。ん?


”園田流一之型 雪”


 氷を纏った高速の白刃が振りかぶったままの魔物の腕と頭ごと斬り飛ばした。


「間一髪でしたね。それと兄さん、後でお説教です」


 仄かに降る雪の中で長い黒髪をなびかせる妹はとても幻想的で……美しかった。

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