第4話 異変

街の中心部から車で30分ほど走った郊外に小高い丘が広がっている。

自然が豊かな広大な敷地の一角に小学校から大学まで一貫教育を目的にひらかれた学校があった。

その施設のひとつ。

私立 聖メサヴェルデ学院高等学校。

今年で創立115年になる古い高校だ。

良家の子女が通う全寮制の高校であり、キリスト教カトックの一派をベースに教育をおこなっている高校だ。

北校舎4階のPC教室の椅子に座りながら、バーンはちょっとため息をついた。

蒼い両眼を閉じながら、少しうつむいた。

椅子を回し、アームレストの所に肘をかけながら頬杖をついた。

やわらかい金髪が揺れる。

臣人の祖父、葛巻國充の紹介でここの教員として働きはじめて、4ヶ月になろうとしていた。

彼は生粋のアメリカ人であるが、今は日本に住んでいる。

ここに、この街に住みついてから結構な年月が過ぎていた。

日本語と英語の両方を操れるということでこの職を紹介された。

別に仕事をしたくて日本に来たのではなかった。

教職つきたくて来たのでもなかった。

理由は他に…。


ピーピーピー。

呼び出し音が鳴った。

バーンは眼を開けて、モニターを見るとスイッチを切り替えた。

「Yes, Ms. Kobayashi. What happened?」

マイクを口元に近づけて話し始める。

「I have a question, Mr. Odd. ……」

耳にかけた小さなヘッドフォンから、生徒の声が聞こえてくる。

バーンは何事もなかったかのように質問に答えた。

臣人にあんなことを言われたのが気になったか、昔を思い出していた。

PC教室は皆静かに一人一人がガラス張りになった個室に座ってヘッドフォンをつけて、プログラムに取り組んでいた。

ざっと横6列×縦5列=30ブースが並んでいる壮観な眺めだ。

マウスのカチカチする音だけが響いていた。

バーンもその様子を教師用のコントロールパネルで確認する。

緑の点滅は生徒が機械を操作し手いるという意味。

赤い点滅は質問があるという呼び出しサインという意味であった。

コントロールパネルから眼を離し、眼の前の生徒たちひとりひとりの様子に目をやった。

その中で、1人の少女に眼が止まった。

瀧沢祥香である。

ヘッドフォンはしているもののボタンに手をかけて課題を聞く様子すらない。バーンの眼の前にあるコントロールパネルの表示は、緑でもなく赤でもない。彼女の機器は停止していることを示していた。

普通ならば、そのブースの番号で彼女を呼びだし、問いただすところであるが、彼女の持つ雰囲気が尋常でないことに気が付いた。

身動きすらせずに、彼女はただ右手に持ったシャープペンから何本も何本も芯を机の上に出していた。

もう芯も出てこなくなると、しばらくその先をじっと見ていたかと思うと、自分の左手首を傷つけはじめたのだ。

バーンは自分の感覚のチャンネルを変えた。

眼を凝らすようにして彼女を見つめた。

彼の右眼が光った。

背筋に冷たいモノがはしった気がした。

彼女の背後に何か異様なものの気配を感じていた。

(なんだ…?

呼び込んいでる? …自分からか。

何が彼女の意識にくい込んでいる…? ひとりじゃない!?

まずい!意識が誘導されている)

思わずバーンは席を立ち上がっていた。

ピーピーピー。

呼び出し音がまた鳴った。

「Mr. Odd. Can I speak Japanese ? 」

「No, you can’t, Ms. Tsurugichi. You have to use English here.」 

呼び出しボタンを押していたのは劔地綾那であった。

祥香の右隣に座っているため、彼女の様子を見るに見かねたに違いなかった。

「授業中だっていうのも承知です。ごめんなさい。」

綾那は突然、日本語で話し始めた。

「ねえ、バーン先生。祥香が変なのはわかるけど、声をかけたり、注意したりしないでそのままそっとしていてくれませんか。クラスのみんなに知られたくないの。お願い!」

綾那はヘッドフォンからつながっているマイクに向かって、小声で必死に訴えた。

異変に気づいたバーンを止めに入ったのだ。

「劔地…」

少し考えてため息をつくと、バーンはイスに座った。

そして、マイクに手をかけてこうつぶやいた。

「OK, 何もしないよ。劔地は、そのまま課題を続けるように。」

「何も聞かないんですか?」

離れた場所から意外な顔で綾那はバーンを見ていた。

「聞いてほしいのか?」

バーンは、再度、念を押すように言った。

「いいえ。」

綾那は少しうつむいた。

バーンは、綾那へのマイクの接続をOFFにした。

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