45. ふたりはあの日

 授与所はおばあさんにまかせて、わたしは本殿周りの掃除に向かった。竹ぼうきを持って本殿の裏に行く。


「こら、サボり」


 のどかが振り向く。


「そう言うしずかだって」


「……まあね」


 わたしものどかも竹ぼうきは持っているけれど、持っているだけだ。


 のどかの隣に立つ。


 立ち並ぶクスノキのすき間から、今日も大きな琵琶湖を見おろす。

 見上げれば、遠く対岸には青味をおびた山並みがそびえている。


 ここからあそこまでの間。

 手の届きそうなこの景色の中、みずうみのどこかにお母さんは今もいる。


 きっと今、のどかはそんなことを考えている。


「……わたしたち、小学校にあがる前までさ」


 と、のどかに話しかける。


「ずっといっしょだったよね。おたがい何考えてるか言わなくてもわかったし」


「今でもたまにわかるけどね」


「うん。でも、わかんないことのほうが多いよ。ずっと多い」


「そうだね」


 と、のどかがうなずく。


「ねえ。のどかは何であの日、お母さんのあの日、留守番してたの?」


 あの頃わたしたちはずっといっしょだった。

 だからこそわからないことがある。

 何でお母さんのそばにいたのがわたしだけだったのか、何でのどかがいなかったのか。

 それがどうしてもわからない。


「覚えてないんだね」


 ため息をつくのどか。


「あんまり話したくないな」


「嫌な話なら聞かないけど」


「……」


「じゃあ、恥ずかしい話?」


「……」


「絶対笑わないから」


 わたしがそう言って拝むと、のどかは「んー」とうなって頭をかいた。


「……しずかがさ、食べちゃったんだよ」


「へ? 何を?」


「僕のチーズケーキ」


「……へえ」


「覚えてないんでしょ」


「レア? ベークド?」


 のどかはため息まじりに「レアだったよ」と答えた。


「で、僕が怒ったら、母さんが『ケンカしちゃダメよ』って。そのときの僕は『母さんがしずかの味方をした』っていじけて……」


「それで家にいたんだ!」


 言われてみればそんなケンカをしたことがあった気がする。

 本当気がするだけで、全然思い出せではいないんだけど。


「……なんか、ごめん」


「楽しみにとっておいたんだよ」


「しょうがないわね。今度ケーキひと切れあげるから」


 わざとらしく天をあおいで見せる。


「しょうがないな。それで許してあげるよ」


 のどかもしぶい顔をして見せる。


「えへ」

「はは」

 おたがい肩をすくめて小さな笑顔を交換する。

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