26. 初めての御鎮め
駐車場を出て少し歩くと、すぐに風が強くなってきた。
まだ雨は振りだしていないけれど、神社までもつかどうかはかなり怪しい。
「これは走って帰ったほうがよさそうだね」
というのどかの言葉に、わたしは首を横に振った。
「……ううん。それより嵐を鎮めよう」
「え?」
と、のどかが振りむく。
「この天気、おかしい気がするの」
「そう?」
「もしかしたら神気のせいなんじゃないかな」
わたしの言葉に、のどかが考えこむ。
「そうとは限らないよ。漁師さんも予測してたみたいだし、自然現象なんじゃないかな。春の嵐なんて言葉もあるくらいだし、珍しいものじゃないと思う」
「ううん。さっきから何か変な気配がするんだって! はっきりはしないんだけど、匂いが混じってるような……。のどかにはわかんないかもしれないけど」
あ。
のどかは表情を変えないまま、すっと目線をそらした。
わたし、言わなくていいこと言っちゃった。
神通力に目覚めていないこと、のどかは気にしているかもしれないのに。
そうこうしている間にも風は強くなっていく。
来るときにはしずかだった琵琶湖が荒く波を立たせている。
「……しずか、神気のひもは見える?」
のどかは考えこみながらそう言った。
「ううん。探せばどこかにあるかもだけど」
「探すだけ探してみよう。しずかが言うならそうなのかもしれない」
「え、うん」
何だか、申しわけなくなる。
心ないことを言ったわたしを、のどかはそれでも信じてくれている。
「でも、探すだけだよ。御鎮めはなし」
そう言ってのどかは両手で大きくバツ印をつくった。
「何で?
「一昨日みたくまた神気におそわれたら、今度はどうなるかわからない」
「あのときはダメだったけど、今度はちがうよ!」
「まだほとんど修行してないんだ。同じだよ」
のどかの言うことは正しいと思う。心配してくれているのもわかる。
でも。
「……それでも! それでもやるの。この嵐はみんなの暮らしをじゃましてる。みずうみの漁師さんも、ニオのおばさんみたくお店をやってる人も、他のいろんな人も、きっとみんな迷惑してる。さっきもニオ、危なかったし!」
のどかを見つめる。
「……わかった」
ようやくのどかがうなずいてくれた。
「でも、本当に魂鎮めなんてできるのかな」
「とにかくやってみる!」
メガネを外してのどかに預ける。
左の神手で輪をつくり、左の神目でのぞく。
どこかに神気がむずばれているはず。
みちるさんは言っていた。神気は大気を奮わせて嵐を起こすことがあると。
どこ? 神気はどこにむずばれている?
あちこち見まわしても、なかなか見つからない。
「……あった!」
のどかの頭の後ろに白いひも!
「でも、ぐちゃぐちゃに絡まってる!」
のどかが無言で守り刀を差し出してくる。
受けとり、うなずく。
さやを払うと銀色の刀身が現れた。
みちるさんの言っていたことを思い出す。
大事なのは道具の意味。
「これは切るもの、これは切るもの、切るもの、切る、切る……」
絡まった神気にあててそっと引く。
ふつ、と神気の束が一本切れた。
いける!
全体からしたらほんの一部だけど、御解しできた。
今度はもっと一度にいこう。
振りかぶって……振りおろす!
「はっ!」
ふつつつつ、と神気の束が切れていく。
「効いてる!」
さっきまで耳にうるさいくらいだった風が、今はそよ風になっている。真っ黒だった頭上の雲も薄くなり、切れ間から青空がのぞき始めた。
「しずか、その後!」
「わかってる!」
終業式の日は御解しした神気にやられた。今度はどうすればいいかわかっている。
守り刀を胸の前にかかげ、刃先を見つめる。
白いかすみとなった神気が集まってきた。
うずをまくように守り刀に吸い込まれていく。
「のどか! 御寧めの祝詞ってどんなんだっけ!」
「
「……もう一回!」
「
「……うりゃああああ!」
そんなの覚えられるか!
大事なのは気合いだ!
守り刀を握った手から、何かがわたしの方へ入ってくる。
腕、肩、胸、お腹、そしておへその下まで。
あたたかくて、やわらかい。
ぬるくなったお風呂で寝ちゃうときのように。
眠くなって、すうっと意識が……。
「しずか!」
肩に手が置かれる。のどかの手だ。
飛んでいきそうだった意識が、元のところに戻ってきた。
「のどか! もっとぎゅーっとして!」
のどかが背後から腕をまわしてくる。
背中にのどかの鼓動を感じる。
「えーっと、ふるふる、ゆらゆら!」
「しずか、それちがう!」
それでも。
自分の意識だけが体に残って、さっき入ってきたものだけがどこかへと消えていくのを感じる。
効くんだ!
やけくそで適当だったのに効果があって、自分自身めちゃくちゃにビックリした。
まあいっか!
祝詞はてきとうでも、効きさえすればオッケーなのだ!
「やった! 成功! やればできるじゃん、わたし!」
振りかえり、正面から思いっきりのどかを抱きしめる。
「しずか。折れる。腕が折れる」
みんなのハッピーをじゃまする嵐は、これでもう起きない!
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