24. みずうみの風

「この席すごいね。みずうみがすぐそこに見える」


「特等席だもん。みずうみの風がちょうどここを通るんだよ」


 食事を終えたわたしたちは、みずうみを眺めながら紅茶をいただいた。


「このお店っていつできたの?」


 と、のどかが聞く。


 そういえば昔ニオと遊んでいた頃にはまだなかったと思う。


「四年前だよ。あの、二人がこっちに来なくなっちゃった後」


 ニオは、そうして少し言葉をにごした。


「その頃わたし、不運体質になっちゃってね。車にはねられそうになったり、病気で入院したり。それでみちるさんのお祓いを受けるようになったの。住む場所もね、みずうみに近いところがいいって言われて、お父さんとお母さんがこのお店を始めたんだ。お父さんは淡海町でいくつかお店をやってて、『ウェーブレット』はお母さんが店長なの」


「ニオ、どこに住んでるの?」


「今はここの二階だよ」


「見晴らしがよさそうだね。ここ、岬の上でけっこう高いし」


 のどかが言うと、ニオは笑ってうなずいた。


「うん。気持ちいいよ。わたし、神社の裏からの景色も好きだけどね」


 と話しているところに、おばさんがやってきた。


「そろそろお手伝い戻ろうか?」


 ニオが立ちあがろうとするのを、おばさんが止める。


「だいじょうぶよ。そういえばお二人さん、制服はもう買った?」


「制服ですか?」


「二人とも、ニオと同じ淡海あわみ小じゃないの? 淡海小は制服なのよ」


「へえ! 小学校でも制服なんですね。制服って中学校からだと思ってた」


「こっちだと多いのよ、公立でも制服の小学校」


「帰ったらみちるさんに聞いてみようか」


「そうしなさい。さてお二人さん、デザートは何にする?」


「「クリームあんみつ!」」


 意図せずハモってしまいのどかと顔を見合わせる。


「かしこまりました」


 と、おばさんは笑ってオムライスのお皿を持っていった。


 デザートを食べていると、次第に風が強くなってきた。


 何だろう。この風、かすかに匂いが混じっているような気がする。


「ねえ、この風変じゃない?」


「そう?」


 と、のどかは首を傾げるばかり。


 やっぱり気のせいなのかな。


「今日は午後から荒れるみたいだよ」


 と、外を見たままニオがつぶやいた。


「天気予報だと晴れだったよ?」


「朝漁師さんが言ってたから間違いないと思う。漁師さんの天気予報ってすごい当たるの」


「みずうみにも漁師さんっているのね」


 漁師さんっていったら海のイメージだ。


「うん。沖島おきしまは漁業がさかんだし、この近くの淡海港にも漁船がたくさんいるよ」


「港ならさっき通ってきたよ。あれ、漁船だったんだね」


「みずうみの天気ってすぐに変わっちゃうんだよ。あっという間に雲が出て嵐になったり、雨が降りだしたと思ったらすぐに止んだり。テレビの天気予報って地域も時間もくくりが大きいから、狭い範囲の細かい天気は無視されちゃうんだよね。でも漁師さんはそれじゃ困るんだよ。魚のとれかたも変わるし、何より風が強いと危ないもん。だから今日みたいな嵐の気配がする日は、漁もすぐに切り上げちゃうんだって」


「命にかかわることだもんね」


 のどかの言葉に、ニオがうなずく。


「そうそう。だから漁師さんって姫神さまへの信仰があつい人が多いんだよ。みずうみがしずかでありますように、船の航行が平穏無事でありますようにってお願いするの」


「じゃあうちにも来てくれてるのかな」


 姫神神社がおまつりしている市寸島比売命いちきしまひめのみことさまはみずうみと航海の守り神さまだ。


「うん。参拝してると思う。氏子さんにも漁師やってる人いっぱいいるよ。あとはうちみたく商売してる人も多いかな。天気次第でお客さんの入りが変わるから。まあ、漁師さんみたく命に直接関わるわけじゃないんだけどね」


 と、お店の入り口から顔をのぞかせたおばさんが声をかけてきた。


「お二人さん。天気が怪しくなってきたわよ」


 たしかにこの雲行きでは、いつ降りだしてもおかしくない。長居するのも悪いし、わたしとのどかは早々においとますることにした。

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