18. ひさしぶり

 用具入れから竹ぼうきを取りだして、本殿の裏に向かう。


 拝殿の中からだと同じ建物に見えたけど、外から見ると拝殿と本殿は別の建物がくっついたように見える。

 反った瓦屋根が複雑に入り混じっていて、何だか芸術的だ。


「これ、入母屋造いりもやづくりだね」


 と、聞いてもいないのにのどかがつぶやいた。のどかは変なことばかり知っている。


 本殿の周りは樹々でいっぱい。建物をずらっと囲むように立ち並んでいる。足もとは落ち葉だらけで、これは掃除も大変だ。


「ねえ、たしか本殿の裏って景色がよかったよね?」


「ああ、そうだったね。みずうみがよく見えた」


 そう、本殿の裏手は崖になっていたはずだ。

 そこからの景色はよく覚えている。お母さんとよく見た景色だから。


 せっかくだからと、のどかと二人本殿の裏にまわる。


 と、そこには女の子がいた。


「誰?」


 大きな石に腰かけていたけど、わたしの声にびっくりしたのか、立ちあがろうとして転んでしまった。


「だいじょうぶ?」


 と、あわてて駆けよる。


 女の子はわたしたちと同い年くらい。背が高くてすらっと細身だ。

 背中までのくせっ毛をハーフアップにしている。ちょっと茶色くてきれいな髪だ。

 大きな目はたれ気味で、それがかわいい。


 ……って、もしかして。


「ニオ!?」


 そう呼ぶと、女の子は目を見開いて立ち上がった。


「……もしかして、しーちゃん?」


 やっぱり! ニオだ!


 姫神神社によく遊びに来ていたころ、いっしょに遊んだ幼なじみで、フルネームは能登瀬のとせ二緒にお


「わー! 久しぶり! 背のびたね! 会いたかった! きゃー!」


「本当にしーちゃんだ! こっち来てたんだね。神社の人の服にあってるー。メガネかけてるんだ。おさげはあいかわらずだね」


 のんびりしたしゃべり方、昔と変わってない。


 両手をつなぎ、回っておどるニオとわたし。


「久しぶり、ニオ。大きくなったね」


 のどかが手を振る。


 とたんにニオは顔を真っ赤にして、手をはなした。


「ぎゃああああ!」


 遠心力でふっとばされたわたしは、危うく崖から落ちそうになった。


「のののののんちゃんも大きくなったね!」


「ニオのほうが背高いよ」


 のどかはニオの目の前に立ち、手で身長を比べた。


「そそそそそうかもだけど人間としての器が大きくなったというかお目々がくりくりで大きいというかのんちゃんのほうが可愛いよ!?」


 時が止まった。


「ーーーーーっ!」


 そして時は動きだした。


 声にならない声をあげて走り去っていくニオ。


 思い出した。あの子、昔からあんな感じだった。


「ニオ、何しに来たんだろうね?」


 のどかが首を傾げる。


「……拝みに来たんじゃないかな」


 神さまじゃなくて、誰かさんの顔を。


 それにしてもニオが元気そうでよかった。


 五年前のあの日、お母さんが救けた女の子は二人。

 一人はわたしで、もう一人がニオだ。


 みずうみでおぼれたあの日の記憶はない。そのままわたしは名古屋の病院に入院して、ずっと淡海町には来なかった。


 今日ニオに会えてよかった。

 そして、ニオが元気そうで本当によかった。


 あの日お母さんが命をかけたその意味が、今もあるということなのだから。

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