9. 手と手

 家のダイニングキッチンには、ごはんと鮭、味噌汁が並べられていた。

 名古屋のうちではいつも朝はパンだったから、ちょっと新鮮だ。


「いただきます」


「「いただきます」」


 みちるさんに続いて、わたしたちも手を合わせる。


「……」


 みちるさんも、そしてわたしとのどかも、一言もしゃべらない。

 食事は黙っていただくのがうちのルールだ。

 食事のときには、口にする稲や野菜、そして動物に感謝するのが礼儀だと、これはお母さんから教えられた


 そしてもうひとつ、これは神職独特のマナーがある。

 それは、食事は参加した人全員が同じタイミングで食べ終わるということ。

 理由はよくわからないけれど、わたしものどかもしっかり身についている。


 でも、困ったことに、みちるさんは食べるのがものすごく早かった。

 背筋をぴんと伸ばし、お箸を正しくすばやく使いこなす。

 すると、あっという間に鮭が骨だけになる。

 わたしとのどかは急いで食べ、何とかいっしょに「ごちそうさまでした」と手を合わせた。


「あ、そうだ」


 食後にお茶を飲んでいるときに思い出した。


「今朝から、何か目がおかしいんだけど」


 と言った瞬間、みちるさんが両手でわたしの頭をつかんで引っぱった。


「ぐえ」


 握りつぶされる!


 ……と目をつぶったけれど、怒りの握力はやってこない。


「しずか、目を大きく開いて」


 言われたとおり目を開けると、みちるさんの顔が目の前にあった。


 こうして近くで見ると、メガネの向こう、みちるさんの目は左右で少しだけ色がちがう。

 左目は濃いブラウン。右目はうすくて、ちょっぴり緑がかっている。


「……しずか、見えにくいのは左目?」


「そうそう。何でわかったの?」


「ちょっと色がうすくなってるもの」


「え、わたしも?」


「ええ。わたしや、あんたたちのお母さんと同じ。息長の宿命ね」


 お母さんもそうだったんだ。もう全然覚えていない。


「ちょっと見せて」


 のどかがわたしに顔をよせてくる。


「本当だ。ほんのちょっとだけど、榛色はしばみいろって感じになってる」


 何その色。


「……早いうちに、いろいろ教えたほうがよさそうね」


 と言って、みちるさんは自分の食器を流しに置いた。


「片づけたら、手水舎にいらっしゃい」


 そして、みちるさんは外へと出ていった。


 わたしたちも自分たちの食器を片づけて後を追う。


「わわっ」


 玄関を出ようとしたところで、敷居しきいにつまづいてしまった。


 すばやく動いたのどかが、わたしを抱きとめてくれる。


「ごめん。やっぱりぼやけてて」


「片目だと遠近感がつかみにくいよね」


 そこから先、手水舎にたどり着くまで、のどかはずっと手をつないでくれた。

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