第50話 付加価値

 一流のデパートの接客と量販店の接客は違う。

 私は量販店の店長を務めていた。

 辞令を受け、赴任初日に従業員に話したのは…

「幾らの仕事をしているのか? それを考えてほしい」

 僕の赴任先は大赤字店舗であった。

 なぜ赤字なのか?

 簡単である、大事にしている客が赤字を産んでいるからだ。

 分析すると、すぐわかる。

 7割の売り上げを占めるAランクの客層が利益を産まないのだ。

 どうするか?

 前任者が大切にしていた層を出入りさせない。

 つまり客を切ったのだ。

 僕が25歳のときに行った店舗運営である。

 2か月で売り上げは落ちた…しかし利益は回復した。

 半年を待たずして黒字に転化したのだ。


「10円しか儲からない商品を買うだけの客に、時間を掛けるな」

「時給と利益のバランスを考えろ」

「低利益の商品を買う客の荷物など運ぶな、接客するな、頭下げるな」


 僕のバイトへの教育である。

 理解できねば辞めていい…というか辞めろ。

 迷惑だからだ。


 利益は出た。

 売上も伸びた。

 量販店としてはある意味では正しかったのだろう。

 高利益の商品を売るためにする努力は認めたのだから…

 10円の利益を100回行うことを僕は良しとしない。

 10000円の利益を産む商品こそ手を掛けるというのが僕の考え方だった。


 販売業を離れた。

 今は購買として数字を眺めている。

 基本的な部分は変わらない。


 だけど…百貨店で「お客様のために…」

 もし落としたら?

 そのためにワインを買った客の袋を2重にする。

 当然、利益率が違うのだ、サービス料も含まれた価格設定であることは間違いない。

 けど…僕にソレができるか?


 できない…と思う。

 僕は、きっと何か足りない人間なのだ。

 人に感謝されることはないだろう。

 金というより数字を伸ばすことの根本に人を置かないのだ。


 場に見合ったサービスというものがある。

 心は金で買えない?

 違うな…金で人の心も貧しくも裕福にもなるものだ。

 その百貨店は…今月潰れる。


 何が正しいのだろうか?

 だけど…紙袋を2重にしたベテラン社員の姿勢は…人の心に何かを残したんじゃないのかな。

 僕は心も貧しい…卑しい…

 心豊かな人生を歩んだのは、きっと僕じゃない。

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