ライブラリ・クライマーの幻覚

ちびまるフォイ

男子中学生がエロ本を隠すときの知恵

いったい誰が作ったのかもわからない。

ある日突然に高層ビルよりも高い本の棚がせり上がってきた。


取り壊そうにも本棚にはぎっしりと本が積まれているので、

ひとたび倒せば空から分厚い本の隕石が落ちてくるのでそのままとなった。


最初こそ危険物として見られていた高層本棚も、

近くの人が図書館代わりに本棚の本を見ていくようになり憩いの場となった。


そして、本の塔を管理するのがライブラリクライマーの私たち。


「クライマーさん、なにかこう、退屈しのぎにぴったりな本とかってないですか?」


「そうですねぇ、ちょっと待っててください」


腰のハーネスに繋がれているワイヤーを操作し、

本棚の塔へと一気に上がって本を抜き取る。


本を手にすると、今度は急降下して地上へと戻る。


「これなんかどうでしょう。

 世界にいる様々なふしぎ生物の図鑑なんですよ」


「へぇ、これは楽しそう。

 クライマーさんはホント本に詳しいんですね」


「まあ、ここで暮らしていますから」


世界のどんな図書館よりも多い蔵書数のあるこの高層本棚には

いろんな人が自分にあった本を探しにやってくる。


どこになんの本があるのかを把握するために、

クライマーたちは24時間本棚の近くに吊られて過ごす。

そこまでしないと膨大な本棚の塔を把握することなどできない。


――ピンポーン


地上から呼び出し音が鳴る。

急降下して地上に戻ると小さな女の子が立っていた。


「こんにちは、なにか本を探しているの?」


「うん、えっとね、大きくて、厚い本なの」


「どんな内容かはわかる?」


「お母さんのことが書かれているの」

「探してみるね」


ふわっとした情報で本を探すことはざらにある。

無線で同僚に女の子の要望を共有して二人がかりでソレらしい本を塔から探す。


『話聞いた感じだと自伝小説か』


「だと思う。それなりに厚いっていうから意識してみて。

 でも、女の子の年齢的に古いものじゃないはず。

 わりと最近に刊行されたものだと思う」


『おっけー』


吊られたワイヤーを操作しながら本の塔を上へ下へと移動する。

途中、別角度で探していた同僚の本を合わせて手元で重ねると地上へ戻る。


「どうかな? いくつか探してみたんだけど、近いものはある?」


女の子は本を手に取り品定めするように見回した。

けれど、顔を横にふる。


「ううん、これじゃない。お母さんのだもん」


「お母さんの……ねぇ。お母さんの仕事は?」


「くらいまー」


追加のヒントを踏まえて何度か探し直しても、

女の子の探している本をついぞ見つけることはできなかった。


日が暮れたので女の子を帰してからも、見つけられなかった消化不良感が残った


地上の人が米粒ほどしか見えない高所で吊られながら、

今日のことを頭の中でぐるぐると振り返っていた。


「よ、おつかれ。なに難しい顔してるんだ?」


「今日の女の子の探している本、見つけられなかったなって……」


「あれだけ少ないヒントで探せっていうほうが難しいよ。

 それにその本があるかどうかも怪しいじゃないか」


「え?」


「俺なんか小さい頃は記憶がごっちゃになっていて、

 2つの本の内容を1つの本の内容にしてたりもあるからな。

 女の子もふわっとした記憶の中で架空の内容を作ったってパターンもあるだろう」


「それはそうかもしれないけど……。

 単に、私たちがこの本の塔をきちんと把握してないって可能性もあるでしょう」


「おいおい、さすがにそれは無理って話だぜ。

 どこまで続いているかもわからない本の塔を上から下まで

 ぜーんぶ把握するなんて、人間にゃ絶対無理だ」


「そう。だから私たちが把握してないだけで、

 この塔のどこかにはあるという気がして……」


「だからって、営業時間外に無理することないぜ。

 ただでさえ地上に足のつかない生活をしてるんだからたまには休もうぜ」


「うん……」


翌日になると、昨日のことなどなかったかのように

いつもどおりの生活がはじまった。


「あの女の子、また来ると思ったんだけどな。

 さすがに見つからないって言われると諦めるんだな」


「そうね」


やってくる一般客の本を探すために高度を上げると、

一瞬視界に小さな影が本棚をよじ登っているのに気がついた。


「ちょっと!? ここでなにしてるの!?」


慌ててワイヤーを止めると、命綱もなしに本棚を登る女の子がいた。


「だって、お母さんの本読みたいんだもん」


「危ないから! 早くこっちへ!」


「いや! 探すの!」


騒ぎを聞きつけて同僚からの無線が入る。


『おいどうした?』


「昨日の女の子が勝手に本棚に登っちゃってるの!」


『無理に剥がそうとするんじゃないぞ!?

 本を落とされたら、地上で待つ人に当たりかねない』


「でもこの子がもし落ちたら……!」


『落ちそうな素振り見せたらすぐに捕まえるんだ。

 俺が本を探す。目を離したときにその子が手を話したら終わりだ!』


無線が切られ同僚が急ピッチで捜索に当たる。

女の子にそのことを伝えても自分で探すと聞いてくれない。


「危ないからこれ以上登るのはやめて!」


「へいき。お母さんのみたことあるもん」


身軽な身のこなして本棚をすいすいと登っていく。

見ているこっちはいつ落ちるかとヒヤヒヤする。


「あ!! あった!!」


雲を突き抜けた本棚でついに女の子は探していた本を見つけた。


「危ない!!」


本棚から本を抜いて体をそらしたとき、女の子の体は本棚から離れた。

ワイヤーのストッパーを外して女の子のもとへと急降下。


なんとか女の子の体をキャッチした。


「はぁ……はぁ……危なかった……」

「ごめんなさい……」


「それで、探していた本は見つかった?」


「うん。お母さんの本。

 いつもおうちにいないからこの本があればずっと一緒だもん」


「へぇ、私もちょっと気になるな。後で見せてくれる?」


「うんっ」


女の子を地上に下ろすとやっと安心した。


「もう勝手に本棚に登らないでね」


「うん。助けてくれてありがとう」


女の子が頭を下げる。いろいろあってもう他人には思えなかった。


「そういえば、お名前聞いてなかったね。教えてくれる?」


「わたし、〇〇っていうの」

「へぇ、私と同じ名字なんだ」


「うん。あとね、あとね。これがお母さんの本」


女の子が見せた本は予想通り自伝書だったが、

著者に自分の名前と、年をとった自分の顔写真があった。


「またね、お母さん」


女の子が人混みに紛れて消えてしまった。

あっけに取られていると手元には本だけが残った。


「この本の塔にある本って……今の時代のだけじゃないの……?」


雲を突き抜け終わりの見えない本棚を見上げた。

そこに貯蔵されている本はいつもどこからかやってくる。



『おいどうした? 女の子の探してる本は見つかったのか?』



「えーーっと、やっぱり、勘違いだったみたい」


私は自伝本を本棚の奥の方にしまって気付かれないようにした。

少なくとも、将来の夫には見つからないように……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ライブラリ・クライマーの幻覚 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ