第一章

黒き少女のダンジョン1

 真っ赤な部屋に一人の少女が横たわっていた。

 悪夢にうなされているのか、苦しそうにもがいたかと思えば、跳ね起き、慌ただしく周囲を見渡す。

 荒れていた息が落ち着くのを待ち、部屋の中央に置かれた赤い玉に向かって足取り重く近づいていった。

 躊躇いがちに手に取ると、てのひらの上で転がして検分する。


「おはようございます、マスター」


 びくりと肩を跳ねさせた少女は訝しそうに赤い玉を見る。


「今喋ったのはアナタ?」

「はい、マスター。私はダンジョンコアです。今後よろしくお願いいたします」

「マスターっていうのは私の事?」

「はい。マスターにはこれから多くの人間を殺していただきます。そのための詳しい話をさせて頂いてもよろしいでしょうか」

「ええ、お願い」


 人間を殺すという言葉に少女は深い笑みを浮かべ、コアの話す内容に耳を傾けた。



「―――以上で一通りの説明は終わりです。分からない事が出てきた際などには質問してください。随時説明致します」

「そう、分かったわ。じゃあ早速、これからの行動指針ってある?」

「ではダンジョン内の状況確認から始め、一層の拡張をされることを提案致します」

「そうね、そうしましょう。『転移』」


 

 洞窟の様相を呈した出口が一つだけの部屋に、何の前触れもなく少女が現れる。

 少女は手で目元を押さえ、若干顔を顰めた。


「ちょっとコア。転移をしたら気分が悪くなるなら先に説明してよ」

「マスターによって個人差がありますが、転移酔いが発生することがあります」

「今説明してどうするのよ」

「過度な口出しは自制しております」

「私に害がありそうなことは報告しなさい」

「了解しました」

「まったく」


 溜息を吐き、少女は出口に向かい通路を覗き込んだ。


 緩やかな上り坂が続いており、遠くに白い明かりが見える。

 他に見るべき点もなかったため部屋内の壁に寄りかかり、床にとあぐらをかいて座るとコアを足元に置いた。


『階層管理』


 少女がキーワードを呟くと、手に触れやすい位置に半透明な操作パネルが浮かんだ。

 パネル上にはダンジョンの地図が映っている。

 それを見るに、今はまだ一つしか部屋がないことが分かる。

 地図の下部にはいくつかの文字が配されている。


「これが管理操作盤ね」

「はい」


 ものは試しと少女は部屋数増設と書かれた文字を一回押してみた。

 すると地図上の部屋が二つに増えた。

 だが洞窟内に変化はない。

 続けざまに増設を四回押すと、更に縦に部屋が並ぶ。

 四角い部屋が通路を挟んで等間隔に置かれた地図を見て、少女は首を傾げる。


 果たして人を誘い出して殺すというダンジョンがこんなに単純な構造で良いのだろうか、と。

 

「コア、部屋を増設しようとしたのだけれど、ダンジョンってこんなに単純な構造にしかならないわけ?」

「いいえ、階層管理をされるのでしたら、地図上の部屋や通路に触れて動かすと好きなようにカスタマイズが可能です」


 コアの説明に頷き、部屋の部分を触った状態で横に移動させると通路が直線で伸びる。

 通路に指を置いて動かすと、指に合わせて変形した。

 しばらくぐにぐにと通路を動かしては止め、動かしては止めを繰り返す。

 その後も部屋数を足し、通路を伸ばしていると、不意に反応しなくなった。


「コア、画面がうごかなくなったのだけれど」

「コスト不足でしょう。現在のダンジョンで作成できる上限だと予想します」

「転移酔いのときも言ったけどさぁ、そういった重要な情報はアナタの判断で先に言えない訳?」


 苛立たしげに少女がコアを睨みつける。


「マスターの個性によってダンジョンは多種多様な様相を見せるものです。そこに私が口出しすべきではありませんので」

「だからって何も言わなかったら、それこそ単調なダンジョンになるんじゃないの」

「それはそれで個性ですので」

「あっそ」


 融通の利かなさに呆れ、溜息を再度吐くと少女はまた画面に向き直る。

 先程まで作っていた地図を一斉削除し、悩みながらも指を動かし始めた。


 

 小一時間経った頃、少女は背筋を伸ばして固まった体を伸ばし、出来上がった地図を見渡した。

 満足がいく出来になったのだろう、画面内の確定と書かれた文字を軽快に押した。

 ほどなくダンジョン全体が揺れ動き始める。

 目に見える変化として、部屋の入り口となっていた通路と真反対の壁の中央下部が蠢き通路が伸びていく。


 少女は立ち上がり、今出来たばかりの道を進む。

 操作盤は手で支えずとも操作しやすい位置に浮くようで、マップを表示したまま差異が無いか確認して回った。

 行き止まりの道も実際に通り、行ったり来たりしながら最奥まで辿りつく。


「設計通りね」

「当然です。後は人間を誘き寄せるための財宝と殺すための罠と魔物を置けばダンジョンとして最低限の体裁は整います」

「人間なんかの為に財宝を置くなんて、本当は嫌なんだけれど仕方ないのよね」

「死にそうな目に遭った先に何もなければ今後そのダンジョンは見放されてしまうでしょう」

「はいはい。言ってみただけ」



 少女はいくつかの部屋に装備や金目の物を置き、罠を散りばめ、魔物を配置していく。

 全ての作業を終えた少女は、管理部屋へと転移で戻った。

 ダンジョン内への侵入者がいれば、この場所から察知し、管理操作盤で監視が出来る。


 ここにまた新たなダンジョンが生まれ、その内で少女の姿をしたダンジョンマスターが今や遅しと犠牲者の訪れを待ちわびるのだった。

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