マイナス距離の功罪
みなづきあまね
第1話 紳士な年下の場合
「お疲れ様でしたー!」
年度末の仕事の終わりが見え、今年度1年お世話になったチームで飲み会があった。いい感じに酔っぱらった数人は、このままカラオケに行くようだが、家が遠い私と後輩は先に帰路につくことにした。
「いつもはカラオケに行くのに行かないの?」
彼は正直家が遠くても、終電さえ逃さなければ、よく二次会に参加している。
「実は明日、朝早いんですよ。さすがに起きられる自信がない!」
彼はそう笑った。結構酔っぱらっている。
主要ターミナル駅までの約10分間、彼は気づいたらうたた寝を始めた。軽い鼾に起きている私は恥ずかしいな・・・と思いつつも、疲れているし、と情けをかけ、自分はスマホをいじっていた。
目的地に着く直前、「着いたよ」と彼の腕を叩いた。するとゆっくり目を開けて、まるで寝過ごしたのと勘違いしたのか、はっ!と目を見開き、私の手首をきゅっと掴んだ。
「降りますよ、しっかりして!」
私は笑いながら立ち上がった。
「うわっ・・・寝てました?」
「はい、がっつり。」
私たちは混雑したエスカレーターを上り、乗り換えのために別のホームへ向かった。
案の定、乗る予定の電車は混雑しており、疲れ切った私たちを辟易させた。乗った瞬間に後続の客たちが押し寄せた。
「きゃっ・・・」
私は足元を崩されたが、すぐ後ろから乗り込んだ彼が私の腕を掴んでくれ、なんとか踏みとどまった。ドアが閉まる。
「大丈夫ですか?」
背の高い彼は、余裕で上の方にあるバーに捕まりながら、私を見下ろした。
「いいよね、背が高いと捕まるところもあるし、潰されないし、上は空気が綺麗でしょ。」
と私は文句を言った。
「特権ですからね!」
彼は眠そうな顔をふにゃっとさせながら答えた。その時電車が大きく揺れた。何もつかまる場所がない私は、思わず、彼の腕を掴んでしまった。
細いけど男の腕。ワイシャツ越しでも筋肉が分かった。
「あ、ごめんなさい!」
私はぱっと腕から手を放したが、まだ続く揺れに手のやり場に困った。
「いいですよ、つかまってて。」
頭上からふってきた声に甘えることにした。ワイシャツのまくられたあたりに控えめに手を添えて。
揺れで人が左右に押される。どうしても時々彼の胸板に顔をつけてしまう。男として意識してしまい、顔が熱い。
そんな私にとどめを刺すように、彼は空いている方の手を私の背中に手をやり、私の耳に口を近づけて呟いた。
「ちょっと我慢しててください。」
「はい・・・」
私は一言返事するだけで精一杯だった。なんだか今日は頼もしく見える。
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