第13話 水見さんは誘いたい(海) ①
大学の夏休みは意外と長い。平均するとだいたい一ヶ月半ほどあり、長いところだと二ヶ月あるところもある。その間はバイトに精を出したり、留学したり、資格の勉強をしたり、遊びまくったりと個々人の自主性に丸投げされている。
その点、小寺春樹という人間はというと、去年はメインのバイトの合間に短期のバイトを入れまくって、労働に
しかし、今年の夏休みは去年とは違っていた。バイトのシフトと時間を増やしたが、短期のバイトはしないことに決めた。
「それで、小寺くんはお盆はどうするの?」
「バイトするくらいだよ」
「実家には帰らないの?」
「うん。もう連絡してる。年末年始は帰って来いって言われたけど。水見さんは?」
「私は実家は近いし、なにかあればすぐに帰れる距離だから」
そんな話をしながら、俺の実家からの仕送りで送られてきたそうめんをお昼に水見さんと一緒に食べている。
いつの間にか水見さんの部屋で一緒に食事をすることに慣れてきていた。こうやって当たり前のように雑談しながらそうめんをすすっているのがいい証拠だ。
こういう何気ない時間を確保したくて、今年はバイトに追われない夏休みにしようと決めたのだ。
「それで、水見さんは夏休みはどうする予定なの?」
「私? 私はバイトを始めようかなって思ってる」
「そうなんだ」
「うん」
その話を聞きながら水見さんはどんなバイトをするのだろうかと興味がわく。似合いそうなのは事務系のバイトで、淡々と働くさまは目に浮かぶ。キッチンスタッフとかも水見さんの料理の腕を考えれば向いているように思える。逆に接客は見た目がいいから向いていそうに思えるが、表情の変化や声の抑揚に乏しいので難しいように思えた。
「どんなバイトをするか決めてるの?」
「うん。もう働くところも決まっているんだ」
「ちなみに、どこ?」
「パン屋さん」
「そうなんだ。今度、買いに行くからどこのお店か教えてよ」
「前に一緒に行ったことあるよ」
「えっ? もしかして、近所のあそこ?」
水見さんは首肯して見せる。驚きのあまり、食事の手が止まる。そもそもあのお店がバイトを募集していることすら知らなかった。
「どうして、また」
「あそこのパン屋さん、あれ以来気に入って、ちょくちょく行ってたの。それでバイト募集の張り紙しようとしてるところ見かけて、私でよければって」
「それで働くことになったんだ。それでどんなことするの?」
「基本はレジと接客。あとは時々作る方も手伝うことになってる」
「そうなんだ」
「うん。だから、そのうちおいしいパン作ってあげるよ」
水見さんはこちらにむかって真顔でそう言う。水見さんなら本当にやりかねないなと思ってしまう。だから、その言葉を受け止めるにも、「期待はするけど、無理はしないでいいから」と、こんな具合に保険をかけてしまう。
水見さんもそれ以上は何も言わず、食事に戻っていく。水見さんとの時間はこういう静かな時間が多いが、それでも一緒にいたいと思ってしまうのはどうしてだろうか? 水見さんと一緒に歩いて帰ったあの夜から、自分の中で水見さんが占める割合が大きくなっていくのを感じる。
この気持ちを恋と呼んでいいのか分からないまま、ただ時間を共有したいと願っている。
そう思いながら、なんとなく水見さんの顔を見つめていると、水見さんが視線に気づいたのかふいに視線を合わせてくる。最近、視線が合うことが多くなったなと変化を感じていると、
「小寺くん、どうかした?」
と、不安そうな声音で尋ねられてしまう。慌てて視線を外し、「何でもないから、気にしないで」と答えると、いつものように短く「そう?」と返ってくる。
「それで小寺くん、話を戻すんだけれど、お盆は暇?」
「あっ、えっと……バイトがないときは暇だよ」
「そっか。じゃあ、来週の週末空いてる?」
水見さんに言われて、スマホを取り出して、予定を確認する。来週は世間ではお盆休み真っただ中だ。スケジュールを見る限り毎日のようにシフトが入っている。月曜日から木曜日までは毎日、金曜日は休み。土曜日はシフトで日曜日は休みになっていた。
「来週の週末は金曜と日曜が休みで土曜がバイトかな」
「そっか」
水見さんは視線を落とす。肩も落としているように思えた。
「何かあった?」
「えっと、お姉ちゃんが暇なら小寺くんも誘って遊ばないかって、昨日ご飯作りに行ったときに言われたんだ」
「そうだったんだ。それで遊ぶって、何する予定なの?」
「土曜日から一泊二日で海に行かないかって」
「一泊二日!!!?」
「うん」
海に行くことより、泊りがけということの方に驚いた。
「どうして泊りがけ?」
「お姉ちゃんの彼氏のヨシさんが、会社の人から海辺の別荘地にある貸しロッジの優待券貰ったから、一緒にどうかって」
「それさ、千冬さんと彼氏さんの二人で行ったらいいんじゃない?」
「私もそう言ったんだけど、ご飯は自分たちで作るから」
「それで水見さんが呼ばれたわけなんだ」
「うん。それだけじゃなくて、お姉ちゃんなりに私が寂しくないようにって気を遣ってるのかもしれない」
話を聞いて、千冬さんらしいなって思った。水見さんの言う通りご飯作ってというのを口実に水見さんを連れ出して、楽しませたいのだろう。さらに自分の目が届く範囲なら何があっても安心だろうし。きっと千冬さんは水見さんに甘く、過保護なところがあるのかもしれない。そう思うと、少し笑えた。
「それでどうかな?」
「わかった。シフトは代わってもらえるか相談してみるよ。たぶん大丈夫だ」
「本当に? よかった」
水見さんは顔を上げて、目をぱちくりと何度もした後、分かりにくいけれど嬉しそうな表情に変わる。そのことに自分まで嬉しくなって頬が緩んでしまいそうだった。
シフトの方は繁忙期だが、元々働き過ぎで雑なシフト組みをされていたので、休みたいと言えば一日くらい誰かと代わらせてもらえるだろう。それくらいの信用は得ているつもりだ。
その証拠に担当の社員に休みたいとテーブルの下で水見さんに気付かれないようにメッセージで連絡をしたら、すぐに了承と代わりを用意すると返信がきた。今、ちょうど休憩時間か裏方にいたのかもしれない。
水見さんに休みが取れて何の心配もなく行けると伝えたら、どんな顔をするだろうか。
「ねえ、水見さん。来週のことなんだけど――」
水見さんは不安そうな表情を浮かべるも、休めることになり行けそうだと話すと、次第に頬が緩んでいき、最後には前にも見た最高の笑顔を浮かべる。ここまでの反応は予想外だった。
今から来週に向けて胸の高鳴りが収まる気がしなかった。
それは水見さんも同じなのだろうと表情が物語っていて、その夏の太陽にも負けない眩しい笑顔に俺の
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