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「まず、紺碧派について。積極的に徴兵を行っているため、人口五百万に対し、兵が五十万人いる。そのほとんどが転生者な点を踏まえれば、リーダーの能力を踏まえなくとも、まず間違いなくこの世界最強の勢力」
淡々と、イブが話し始めた。
一同に流れる空気は変わらない。ビルギットとディアだけがこの事実を知らなかったわけだが、生憎二人とも感情を表に出すタイプではない。しかし、内心焦っているのはビルギット。「内心」と呼ぶのが相応しいのかどうかは誰にもわからないが。
「そして、それを率いるのは、ケインシー・ファロンという女だ。小柄で、碧眼金髪。名の通り、紺碧色のフードマントを常に身に着けている。そして、例によって『転生者』であり、『時間神ワクト』の祝福『界絶』を受けている」
彼女は一拍ほど置いて、低く「要は」と言った。次に発せられる言葉までが、ビルギットにはなぜか遅く感じた。
「――――時間を止められる」
ほんの少しだけ、空気が変わった。全員が戦慄したのだ。「時間停止」、その能力の恐ろしさに体を震わせる。ディアケイレスもわずかに眉をひそめた。
「っぱ、無理じゃね?」
部下の一人がそういった。
「ああ、無理だ」
レイスが端的に返した。
「……能力の詳細は不明だが、ファロン自身へのデメリットはかなり少ないと思われる。でなければあれだけの人間を従うことはできないから。今回新たに分かったのは、時間の『逆行』はできないらしいということ。あくまでも『遅延』及び『停止』にとどまる。時間の流れそのものを自由に操れるわけではないらしい」
それでも十分やばくないですか!?
そう胸の内でビルギットは叫んだ。単純兵力だけで見ても相当やばいのに、その頂点に立つ人間があまりにも強すぎる。モトユキの「無限の力」でも太刀打ちできない能力なのだ。
「次は、琥珀派。兵は五万人だが、人口は八百三十万。エーギルンの領土のほとんどは琥珀と紺碧だ。統率者の気質上、紺碧派ファロンの方が、琥珀派内でも高い支持を誇るらしい。ただ、紺碧の方が徴兵が厳しいため、こちらの方に人口が集まっているとのこと」
ビルギットはふと、疑問に思った。
兵ではない人間は一体何者なのだろうか、と。普通に考えれば、どの国でもいる一般市民。彼らは普通に仕事をして、普通に暮らしている。そんな彼らは、外界への「浄化」についてどんな考えを抱いているのだろうか。もし、小さいころから、外にいる人間は「穢れている」と教えられてきたのなら……。
「琥珀のリーダーはジャック・ウッズ。大柄の男で、肌の色が黒い。ファロンと同様に、琥珀色のフードマントを常に身に着けている。『空間神コンジエン』の祝福『空絶』を受けており――――『空間を操る』ことができる」
空間を操る、それは単に、「瞬間移動ができる」と言っているのではない。攻撃として使えば、大きな、いや、
「相手の腹を裂ける」……いとも簡単に。相手がどれだけ強靭な装備や体を持っていたとしても、関係が無いのだ。
「次は翡翠派。人口は二百五十万ほどだが、兵がいない。徴兵を行っていない上に、志願者すらも跳ね除けているらしい。統率者はタイジュ・キリサキ。常に狐の面をつけているらしく、素顔は不明。長身痩躯の男。他と同じく、翡翠色のフードマントを身に着けている」
イブは軽い溜息をついた。
幻魔教が持つあまりにもぶっ壊れた「カード」に、嫌気が差したのだ。その銀の髪をかき上げ、若干気怠げに言った。
「新たな調査で確かなものとなったのは、こいつの
事が大きすぎると逆に驚かなくなる現象、これは、ロボットにもあるらしい。マジですか、とビルギットは変な気分になった。
「でも、あまりにも抽象的すぎることはダメらしい。あくまでも『自分が少しでも関われる物事』に限り、操ることができるようだ。ただ、不確定な要素が大きいのは確かであり、どのみち強敵であるのには変わらない」
元々静まり返っていた会議室だったが、更に静まり返っていた。ディアケイレスもまた、想像以上に相手が強すぎることに、腕を組まずにはいられなかったようだ。数で勝てる相手ではないし、作戦で勝てるとでも思えない。単純な強さなど、一切関係ないのだ。
続いて説明されたのは紅緋派だったのだが、これは既にモトユキたちで潰してしまっていたので、考えなくてよかった。ただ、何かしら影響があると思って、ビルギットがモトユキのことは伏せて彼らに『紅緋派を潰した』ことを伝えると、とても驚いた表情をされた。それも当たり前のことだったが。
だが、紅緋派が倒されたことにより、幻魔が何かしらのアクションをしてくることはほぼ確定していた。早くこちらも手立てを考えねばならない。
「そして、幻魔教を統率する存在。残念ながら、今回の調査でも、あまり有益な情報は得られなかったが、その人物は『コーマ』と呼ばれているらしく、紺碧リーダーのファロンが特に狂信しているらしい。どんな人物なのかは分からないが、まず間違いなく言えるのは『人間じゃない』ということ。普通、あれだけの大集団なのだから、創始者にはアンラサル王族のように、家系図があって、その血縁者から代表を選ぶはずなのに、それらしい情報が一切出てこなかった。だから恐らく、立教当時から『変わっていない』。加えて、あれだけの能力を持つ集団の長なのだから、たった一人でも世界を崩壊させる程度の能力は持っているという推測ができる」
「んで、俺たちの目標は、コーマの暗殺ってわけだ」
レイスがそう付け加えると、一同はどよめいた。「無理だ」、誰もがそう思った。ディアも例外でなく。
すると彼は、場が落ち着くのを待たずにこう話し始めた。
「奴らの弱点は、
「成程。確かに、紅緋派とやらのあいつは、あっさり殺されていたな」
ディアが腕を組んだままそう言う。レイスはそれに頷き、少しだけ微笑んだ。
「幻魔が何を目指しているかは分からないが、最近は『浄化』という虐殺の頻度が上がっている。隣接する国だからなのかは分からないが、うちは浄化の対象には今のところなっていない。しかし、それがいつ起こるかもわからない。いや、近いうちに起こる確率が断然高い。そうなったときは一巻の終わり。叩くなら今。奴らがこちらに注意を向けていないうちに、コーマなる人物を殺して、『崩す』」
イブが凄んでそう言った。
もうあの頃のおどおどした感じはなく、完全に別人となっている。
「決行は約二か月後だ。それまでに各拠点から精鋭を集めたり、より具体的な策を練ったりする。もちろん、コーマの情報も事前に集めるつもりだ」
一同にまだ疑念は残るらしい。
大半が、レイスの力強い言葉に頷こうとはしない。
「まぁだが、その前に『革命』だ。今からはその作戦の確認ね」
ビルギットからは未だ違和感が消えなかった。確かに幻魔教も狂っているが、ここも十分狂っている。「革命」がまるで、おまけのように扱われているのだ。この国の歴史を変えるほどの事を起こすつもりなのに。
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