4-1 「ぶっ壊れ集団」

「まず先に結論から言うぜ。幻魔は最強だ。だから、トップの暗殺をする」



 レイスの単純明快な言葉から、この会議は始まった。

 この無機質な会議室の長机を囲むのは、レイスとイブを始めとしたヴァンクール主要人物ら十名、ギルバードとローレル、そしてディアケイレスとビルギットだ。外は静まり返っていたが、そもそも昼の段階からそうであったので、特に寂しい感じはない。部屋の中には暖房が利いており、寒暖差によって窓が結露していた。

 二番目の上座に座り、頬杖を突くディアだったが、寝てはいないし欠伸すらもしていない。一応真面目に聞くつもりはあるらしい。幻魔の情報と引き換えに、クーデターの手伝いをすることになったのだ。今からの会議は、その双方のためにある。



「結局『撃退』の道を選ぶことにしたんですね」



 竜人が例のごとく腕を組んだまま、そう言った。渋い男の声だった。ビルギットは、彼に人間と同じような発声器官があることに驚いた。あれだけ外見に蜥蜴の特徴が表れているのに、中身は完全な人間。いや、冷静に考えてみれば当たり前の話だ。でなければここにいないのだから。



「というより、その道を選ばざるを得なかった。まぁ、その辺の話は今からイブが説明する」


「あ、あの、レイスさん……その前に、なんで予定を変更して早めに帰ってきたのか聞いてもいいですか?」



 イブが言う。やはり昼間のおどおどした感じは抜けていないが、ずば抜けて臆病な彼女しか見ていないビルギットやディアにとっては、彼女が饒舌に話しているように見える。



「見りゃわかるだろ。あの二人……正確には紫の方が重要だった。『真実ウェルス』の予知と俺の勘で、施設の見回りと革命作戦の伝令は後回しにした」


「なるほど……しかし、ディアちゃんの力を以てしても……」



 イブはディアを見つめた。三秒ほど真剣に対幻魔について考えていたが、すぐに「汗」のことを思い出したらしく、唾液が口から一滴零れ落ちた。小さく「失礼」と呟き、すぐにそれを拭う。

 ディアとビルギットには、イブ・ゲルシュターはシューテル吸血鬼の末裔であると、レイスから説明されている。百年前の大厄災からこの国へ逃れ、長い間の訓練により血ではなく「汗」や「涙」を始めとした人間の体液を得て代謝することが可能となり、現在まで生活してきた。

 ディアは、言われてみれば、イブがサングイスに似ていることに気が付いた。銀色の髪と、紅色の瞳だ。もっともその瞳は、長い前髪に隠れてちらちらとしか見えなかったが。



「んじゃ、イブ」


「は、はい……え、ええと」



 彼女は勢いよく立ち上がり、資料を見ながら何かを話そうとしたが、例のごとく硬直した。言葉が出ないのか、ディアをチラ見してはプルプルと震えている。その光景は珍しいことではないらしく、レイスの部下たちは何も言わない。

 するとそれを見かねたレイスが突然立ち上がり、彼女に近づいた。ビルギットはピリッとした空気を感じ取ったつもりだったが、やはりこれも日常茶飯事らしく、周りの反応は薄い。ディアも。





「――――スパイのお姉さん」


「ひゃい!!!」





 レイスが謎の言葉を発して頭を小突くと、彼女は間抜けな声を上げた。すると首を垂れて動かなくなる。ビルギットはこれにも驚いたが、やはり周りの人間は何も反応を示さない。





「――――まず、幻魔教の派閥について説明する」





 急に、声色が変わったかと思えば、表情も変わった。銀髪を分けて片方の目を出し、その目が見つめる先ははるか遠く。大きな動作で椅子に座り、足を組んで机の上に乗せた。

 しかしながらこれも例のごとく……ビビっているのはビルギットだけだった。皮肉にも、誰よりも人間らしいのは彼女である、それくらい、この場にいる人間は何かが違う。



「幻魔には四つのグループが存在する。紺碧、琥珀、翡翠、紅緋……それぞれに気質の違いはあれど、基礎にある思想は同じである。そして、エーギルンの大半は紺碧のリーダーによって支配されている」


「紅緋は最近できたんだってな」



 名を知らない誰かがそう加えた。



「ええ。紅緋派であるレン・アメノは今から七年ほど前に転生してきた人間。神霊種オールドデウスは意識神ウォルンタース。詳しいことは分からなかったけど、昔の文献によると、人々の意識を操ることができる能力を持っているらしい」



 その瞬間、ほんの少しだけ、ディアを除いた一同が戦慄した。



「意識神を始めとした、時間、空間、確率の四柱はあっちエーギルンでも『構造神』と呼ばれている。これらの能力が顕著に出た転生者が、それぞれのリーダーを務めているらしい。今回はさらに詳しいことが分かったから、一つ一つ説明していく」



 ビルギットは、彼女の変わりように未だ慣れなかった。無愛想に話す彼女からは、先ほどの人物像が一切連想できない。なるほど、彼女がここにいる理由はこれらしい。一体レイスに何を吹き込まれたのかは知らないが、彼女は「人格」を出し入れすることができ、更にその人格によってスキルを使いこなすことができる……幻魔調査に向かった彼女が使っていたのは、先ほどレイスが口に出した「スパイのお姉さん」であり、今の彼女なのである。


 それよりも気になったのが、「構造神」である。意識神、時間神、空間神、確率神……もしも名前の通りの能力を持っているのだとしたら……?

 ロボットは身震いをした。それが、彼女に対する恐怖なのか、レイスへなのか、それとも幻魔へなのかはわからなかった。

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