2-5
ディアの苛立ちは最高潮だった。
寝て起きたらなんか戦う羽目になっている。しかし、必ずしもビルギットが悪いとは言い切れない。寝ていた自分が悪かったのだし、そもそもここへ来る前にもっと駄々をこねてモトユキの方へついていけば、こんなことにはならなかったのだから。
だからこそ、この怒りをどこへぶつけたらいいのかが分からなかった。
「んじゃ、勝負といこうか。ルールは、俺が『終わり』と言うまで殺し合う。本気で来てくれても構わないよ」
「……チッ」
「おぉう……優しそうな見た目とは裏腹に、意外とドス黒い本性をお持ちで」
ビルギットの焦りも最高潮だった。
これが終わったらぶっ壊されるという確信がある。
最近変にプログラムの進化が起こっているせいで、無限魔石が落ち着かない。魔力生産が激増したと思ったら、激減したり……ドキドキと形容できるような感覚だ。
――――ヴァンクール本拠地訓練場。
裏に設置されたここは、ドラゴン化したディアが丁度収まるくらいの広さの長方形だった。地面は固く踏みしめられ、雑草がまばらに生えている。元々、様々な武器を鍛錬する用の道具が置いてあったが、レイスの部下たちによりいそいそと片付けられ、今は何も無い。
その無愛想な舞台の中心で、ディアとレイスの二人は向かい合って立っていた。他の三人と、騎士の数人がサイドから見守っている。しかし、この広さの敷地では、少し寂しい印象を受ける人数だった。
「んじゃ、『始め』」
軽く発せられたその声。緊張感が走るわけでもなく、不穏な風が流れるわけでもなく、至って普通に時が流れた。
沈黙、ただの沈黙。
虚無という表現も似ているかもしれないが、ネガティブなニュアンスはあまり感じられない。ビルギットが鈍感なだけかもしれなかったが。
ディアは考えた。
様子を見ている限り、このレイスという男は全く強くない。頭がいいとも思えないし、何か特別な能力を使うわけでもないようだ。ただこちらを微笑みながら見てくるだけ。
本気でいけば殺してしまうし、かといって手加減でも殺してしまうかもしれない。手加減をしすぎると、今度は逆に攻撃にならない。何とかして力加減を測るのが先である。
彼女のとった行動は、ギャラリーにとっては奇妙なものだった。
歩いて近づいたのだ。レイスに向かって。
この時初めて、彼らはこの場に緊張感が走っているのに気が付いた。いや、「走らせた」と表現する方が正しいかもしれない。当の本人たちは、至ってリラックスしていたからだ。
二人の距離が五メートルというところ。
ディアはその距離から、そうっと手で「扇いだ」。
「扇ぐ」……ちょうど、扇や団扇で風を送り出すように。
――――次の瞬間、爆風が巻き起こった。
ディアから扇状に砂が舞い、ローレルが思わず防御魔法を展開する。ディア以外の全員が、その光景を簡単に飲み込むことはできず、理解するまでに数秒を要した。
「うわあああ!? おいおいマジかよ、アハハハハ!!」
台風のような中、レイスはそれでも楽観的に笑って見せた。腕を顔の前に重ねて、飛ばされないように踏ん張って。
……大したことのない奴だ。次はもう少し強くして吹っ飛ばしてやろう。
ディアはそう考えて腕を後ろに引く。
だが、彼女は咄嗟に振り向いた。
何故、振り向いたのか自分にも良く分からず、所謂「野生の勘」というやつだったが、これは久しく味わったことのないものだった。
レイスがニッコリ笑って、こちらに「銃」を向けていた。その拳銃から五発ほど、人間の目にやっと見える位の連射速度で、弾丸が発射される……。
無論その全てを掴み取って見せたが、ディアの困惑は消えなかった。
砂煙が晴れ、ビルギットたちにもその光景が見えるようになる。
いつの間に装備したのか、レイスは右手に拳銃、左手に長剣を握っていた。
何よりも奇妙だったのが、その笑顔。ただ、この場において笑顔は不自然なものだから、サイコパス的な「気持ち悪いもの」だと感じるはずだったが、彼らはそう感じなかった。
つまり、レイスはさも当たり前のように「笑っている」のだ。悦楽、慈愛、父性……そんなポジティブな言葉が浮かんでくるくらいに。
「あの銃は……」
ビルギットは「賢者」と呼ばれるくらいには知識を蓄えたつもりだった。銃も例外ではなく、今この世界で使われているタイプと古代文明で使われているタイプの二つを知っていた。
今の主流は、パーカッションロック式か、長い撃針を持つ単発ライフル、それから魔銃と呼ばれる魔法の弾丸を打つものだ。古代文明で使われていたのは、発射式のスタンガンや、小型の核爆弾を弾丸とするニュークリアガンで、どれも弾丸は魔力で生成される仕組み。基本的に「殺害」を目的としない。
レイスが今さっき使ったのは、そのどちらにも属さない。
黒を主体とするデザインで、弾丸が自動で補填され打ち出される、フルオートマチック式と呼ばれるやつだ。
ホルガ―が、自分に初めに搭載した武器と同じような機関銃構造……つまるところそれは、「異世界の技術」が使われたものだった。
いや、今はそれが「異世界のモノ」と断定できないが……。
ディアの前には無力であるが、しかし彼の実力が垣間見えた。
彼女を倒すことはできなくとも、度肝を抜かすくらいの技術を持っている。
ディアは小さく舌打ちをした。
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