2-4

「……その、レイスという方は、どんな人なんですか?」


「どんな人、ですか……」



 会話が途切れて数分。そもそも人間の少ないこの場所は、まるで葬式のような静けさがある。ダラムクスとは違って、人々はぼそぼそと何かを話し込んでいるだけ。

 ビルギットは、自分なりに空気を読んで聞いてみた。ところが、ローレルは神妙な面をして考え込んだ。



「そうだな、『仕事人』って言葉が一番合うんじゃねぇか?」



 ギルバードが言う。ローレルは軽くそれにうなずいた。



「仕事人?」


「ああ。何でもかんでも合理的に考えるような人間だ。仕事のためなら犠牲を惜しまない。きっと騎士長という立場に居なければ、生命税にも反対しなかっただろうな」


「あくまでここは『民主主義』なので……多数の意見を採用せざるを得なくなります。内戦を起こすという動きも、私たちの意思は関係せず、街の人の不満が溜まっていることが原因です」


「レイスも、生命税が無けりゃ国がやっていけないことを知っている。他の奴らも薄々感づいているはずだが、しかし自分がその被害を受けたくない、そういう訳で内戦を起こそうとしている。金の回りを良くするのが最優先だとは思うが、生憎俺は剣を振ることしか能がないからな……政治の事は分からねぇ」


「私たちが幻魔教のお話を聞くのは可能なんでしょうか」


「それについては大丈夫だと思うぞ。『戦力』を、あいつは常に欲している」


「強い人は大歓迎! ってことです」


「……」


「あぁそうだな、強い奴は大歓迎だぜ」


「ディアさんはまだしも、私も通用するものなのでしょうか? とてもお二人に敵う気がしないのですが」


「構わねぇよ。れば分かることだ」


「あぁ、構わないと思うぞ、あの人は」


「そうですね」





 今、妙な違和感があった。

 画竜点睛を欠いているというか、蛇足というか、ともかく完成した話し合いじゃなかった。三人ともこれに気が付いていたが、理解をするまでにいくらかの時間を要した。





 ――――初めに気が付いたのは、ビルギットだった。





「誰ですか……!?」



 ディアの隣に、男が居た。さも初めから居たかのような、そんな佇まいで。

 一同が注目すると、彼は頬杖を外した。そして大きくため息をついて、姿勢を正した。



「ただいま。随分ボロクソに言ってくれたみたいじゃねぇか。まるで俺が、体温のない人間みたいに」


「事実だろ。何もかもが冷たいから、今俺たちは気が付かなかったんだ」


「消してたんだよ、気配」


「元々薄いだけだろ」


「酷いな。俺は上司だぜ」



 中肉中背で、黒髪で、これといった特徴のない男だった。あと彼を説明するとすれば、青ぶちの眼鏡をかけているというところぐらいか。ここでは特別な地位にいるようだったが、服装は他の人間と変わりない。

 それから魔力も、何も特徴が無い。少なくともビルギットには、ただの人間に見えた。



「どうも、ビルギット、と言ったか?」


「……はい。件のレイスさんですか?」


「いかにも、俺がヴァンクール騎士長の『レイス』だ……」



 すると男は、ビルギットをジッと見つめた。言葉面だけなら友好的だったが、どうにもビルギットには彼がこちらに好意を持っているとは思えなかった。



「ふぅん、人間じゃねぇな、お前」


「ええ、いかにも」


「ハハハ……だがそこらの人間よりは断然強い。ローレルと同じくらいか」


「……恐れ入ります」


「――――『幻魔教』について、知りたいんだろ?」


「はい」


「分かった。じゃあシンプルな話になるぜ」



 ――――レイス。

 男の名だ。唐突に表れたその男は、自然に馴染んでいた。異質なこの空間で、あり得ないくらいに。きっとこの場所で出会わなければ、誰もが意識して彼を感じることはなかっただろう。

 人間でなく、味方かどうかも分からない、そういう相手なのに、物怖じせずに堂々と話す。


 ビルギットには彼が強いとはとても思えなかったし、彼の目的も分からなかった。帰還予定日よりも遥かに早い帰り。なぜ早く帰ってきたのか、なぜ彼が連れた仲間が今この場にいないのか、なぜここへピンポイントで現れたのか……その全てを高速で考えた。


 そして、一つの考えにたどり着くことになる。


 声や仕草、体格、顔面比率、「能力」……その全てを分析すると、と酷似していた。



「『ヴァンクールに入って、革命の手伝いをしろ』……これが幻魔の情報との交換条件だ」


「……少し、考える時間をください」



 ダラムクスの魔法道具技師エンチャンター、「アビー」。

 彼女の血縁者だと仮定すると、この状況を随分分かりやすくすることができる。


 彼女の特殊魔力である「真実ウェルス」を、彼も持っているはずだ。

 自分たちの素性や力量を、見ただけで判断する能力。それから、魔力の「跡」を見分ける能力。主にこの二つだが、真実ウェルスには予測できない能力が現れることもある。ちょうどアビーは、「オーラ」を見ることができるように。おそらく彼は、「予知」もしくは「高度魔力探知」の能力もある。それで、「異常」なビルギットとディアを察知してここに現れたわけだ。


 戦闘に特化した人間ではないが……なるほど、「リーダー」には相応しいわけだ。



 突き付けられている課題は、「革命という名の戦争に加わるか否か」……ディアが参戦すれば、十中八九革命を起こせるだろうが、果たしてモトユキはどんな意見を持つか。

 国事に関わらないのが、彼の一番の理想だが、そうはいかないようだ。幻魔の情報は、彼にとって一番重要なものだろう。別のところから情報を得るという手も無くはないだろうが……しかし、レイスのこの自信が、ただのハッタリでないことくらいロボットにもわかる。



「報酬は、前払い、後払い、どちらですか?」


「前」


「……!」



 そう……こちらを完全に信じている。単純に彼が聖人であると考えるよりも、こちらの「目的」を知っていて「合致」していると考える方が合理的だ。

 つまり、情報だけでなく、今後の行動をするうえでも強い味方となるだろう。


 幻魔を「潰す」という目的への。



 ビルギットは思った。

 体温が無いのは、もしかしたら私の方かもしれません……と。


 目的の為に人を殺すことになるかもしれないと分かっていても、何の感情も抱かない。様々な正義が複雑になって、これといった答えにたどり着けないのが原因だった。


 故に合理性を……自分に課せられた目的のための策を。



「――――分かりました。協力しましょう」


「……その前に、テストをする」


「テスト?」



 その言葉に、ローレルとギルバードは顔を強張らせた。



「この紫の女の子と、俺が戦う。それで最終的な判断をする」



 彼が指したのは、紛れもなくディアだった。



「へ!? ほ、本気なんですか!?」



 ロボットなのに、驚いてしまった。

 てっきりアビーの血縁者だと決め打って推理してしまったから、自分の論が崩れてしまうことになる。ディアの力を判断できないほど、無能だとは考えなかった。



「俺は本気だぞ。こいつが世界をひっくり返せるくらい強いのも知っているが……それでも『試す』つもりだ」


「……!???」



 ビルギットはますます意味が分からなくなってきた。

 彼はディアの強さを知っている……だがそれでも「試す」。意味が分からない、まるで論理的じゃない。勝算があるとは思えないし、仮にあったとしても彼女には通用しない。



 あれぇ、計算ミス!?



 彼女は、新たに「焦り」という感情を理解した。

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