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 そびえたつ大型の建物は、他の建築物とは一線を画すものの、やはりどこか「寂れた」様子を隠し通すことはできないようだった。

 規則正しく配置されたはずの石レンガは、よく見ればヒビが入り、そこから苔やカビが生えている。装飾らしい装飾もなく、不愛想な建物だった。


 ここ、「貧民街」の中では、相対的に「豪華」という印象があるが。



「ここですね、『ヴァンクール本拠地』。情報屋さんによると、『民営の騎士団』ということで、各地に色々拠点があり、治安維持などの警察の仕事から、狩りや採集、賞金首稼ぎなんかもやってるそうです。それらを総合して『騎士』と称しているようで、言うならば『王族ではなく市民の守護者』となるでしょう……あの、ディアさん?」


「……なんだ?」


「聞いてました?」


「今日の飯は『はんばーぐ』って話か?」


「響きは似てますけど違います。『ヴァンクール』です」


「どっちでもいい。さっさと済ませろ」


「受付みたいなものがあるんでしょうか? しかし基本的なシステムはダラムクスのギルドに似ていたから我々もそれになぞることが……」


「早くしろ」


「……はい」



 ディアはビルギットにおんぶされていた。冷たい背中だが、自分で歩くよりは楽であり、何もせずにぼうっとしていると眠くなるのだった。

 先程、ビルギットは今朝調べなおした情報をディアに分かりやすく伝えたつもりであったが、特に意味は無かったようだ。精々「響き」を教えることくらいしか。


 通行人は、その奇妙な二人を「奇妙だなあ」と思って通っていくが、それまでだ。それ以上でもそれ以下でもない興味を示す。「奇妙」は、混沌としたユーガに居る人々にとっては普通のことだった。

 その建物に出入りする人は、武器を持った(恐らく)「騎士」がほとんどだった。しかし騎士というには程遠く、「ならず者」と称した方が近いかもしれない。


 誰も彼もが、空虚な目をしている……。



「こんにちはー」



 ビルギットの声が建物中へ吹き込まれた。

 雰囲気としては、彼女の推測通りダラムクスのギルドに近い。入ってすぐに広がるのは、受付と酒場。しかしそこにいる人間はまばらであり、ダラムクスとは全く違って酒を飲む人間がいなかった。


 気温はこちらの方が低かった。しかし、風が吹かない分、体感的には温かい……だろうと彼女は計算した。同時、だんだんとディアの体から力が抜けていくような感覚を覚え、「溜息」の使い方を学んだ。


 人々のぼそぼそとした話し声が聞こえてきたが、自分たちに一切の興味はなかったようだ。安心して彼女は奥へ進み、受付の女性へと話しかけた。狐の耳が付いていて、狐目の。



「すみません、『幻魔教』について、お話を伺いたいのですが……何か特別な手続きとかあります?」


「……申し訳ございません。その件に関しましては、騎士長からの指示で機密になっております。現在公開可能な情報に関しましては、情報屋の鼠姉妹をお尋ねください」


「分かりました」



 ……なるほど、とビルギットは考えた。

 一筋縄ではいかない。機密情報なら、その騎士長という人物に、こちらに情報を渡すことの「メリット」を示さなければならない。ならば、まず、そいつに会わなければならない。



「騎士長は、今どこに?」


「現在は各拠点での治安調査を行っています。ここへ戻ってくるのは、一応予定では三日後となっております。ただ、これより遅れることが多いです」


「あ、そもそも騎士長と直々にお話しすることってできますか?」


「……騎士長自身の判断になるかと。彼が認めれば、可能ですが……何せ気難しい人ですので」


「了解です」



 ビルギットはその場を離れ、誰からも話を聞かれないであろう場所の席に着くと、既に寝てしまったディアを軽く起こした。



「終わったか?」


「モトユキさんが欲する話は、騎士長という方に聞かなければならないようですが、その方が戻ってくるのが三日後以降になるそうです」


「……面倒だな」


「仕方ありません。ここは待ちましょう。許可については、ディアさんがほんの少しだけ力を示してくだされば、何とかなると思います」


「……なんで力が必要なんだ?」


「判断材料です。簡単には話せない情報らしいので、こちらを認めてもらう必要があります」


「どうせ力を使うなら、ここを制圧すればいいだろ」


「そんなことをしたらモトユキさんが怒りますよ」


「冗談だぞ?」


「……ユーモアが無かったので、分かりませんでした」


「お互い様だ」


「なるほど」



 とても奇妙な会話だった。そもそもその二人が奇妙であるからだが。

 取り敢えずのところは帰るしかない。目的に忠実にいくならば、ディアの案を取っても良かったが……そもそもの大前提として「隠密」がある以上、下手に行動できない。


 さて、どうやって暇をつぶそうか……ビルギットがそう考えているときだった。



「――――あれ? ディアちゃん?」



 この場に似合わない、明るくて透き通る声が飛んできた。

 一同はゆっくりとその場に注目し、ビルギットはロボットなのにもかかわらず「ヒヤリ」とした。

 なるほどなるほど……それはさておき。



「ねぇ、あれディアちゃんじゃないですか?」


「なんだよ、うるさいな」



 二人の人間が、入口のところからこちらを見ていた。

 その女性は、金髪碧眼の美しい人物だった。白と青を基調として、金の装飾が施されているローブを身に着けている、白魔導士。

 そしてもう一人……女性との距離が近いことから、おそらく恋人であると推測できる男がいた。狩人のような粗末な服装で、暗い赤色のツンツン頭とツンツン表情。しかし彼に含有している魔力はどこか特殊であり、またまたビルギットは「熱い」という感覚を覚えた。



「……あ、あいつは」


「ディアさん知っているんですか?」


「――――なんだっけ?」


「知らないんですか」


「いや、名前が思い出せん。ただ、人間にしてはかなりの実力者だった。あの金髪も」


「……何かあったんですか?」


「今話す必要ない」


「しゅん」


「赤い方は確か……ギル、ギル……ギギギアル?」


「鋼タイプみたいな名前ですね」


「白いのは確か……ロー、ロー……ロールパン?」


「おいしそうな名前ですね」









「分かんねぇ」


「でしょうね」

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