1-2
「にゅ、ちょっと険悪な空気?」
「にゅ」という口癖が特徴的な、
だが、依然としてこの険悪な空気は変わらない。
「……モトユキ、ふざけているのか?」
「ふざけてないよ」
「あの時、言った言葉を忘れたのか?」
「……でもこれは……」
ディアがキレている。
その理由は、「別行動の提案」のせいだった。
俺たちは船を出て、情報屋という場所に向かった。ここでのルールやら、エミーの足掛かりを探すために。
因みに、ここには「亜人」と呼ばれる者たちが、ごく普通に生活している。情報屋の少女もその一人で、鼠色の髪の毛からネズミの丸い耳が生えている。ディアのように、その動物へ変身できるわけではないようだったが。
堂々と「情報屋」と掲げていて、街の人からもある程度認知された場所なはずだが、どこか古ぼけた木造小屋のような風貌をしていた。近代的な街並みが広がっているここ一帯には、珍しい感じだ。
ともかく、ここへ来て、ある程度の情報をもらった。ざっくり二つ。
・エミーと呼ばれる人物は、「魔導士」ではなく、とある病院の「医院長」をしていること。
・ヴァンクールという騎士団が、「幻魔教」について調べていること。
というわけで、エミー調査に「俺とルル」、ヴァンクール調査に「ディアとビルギット」を割り当てたら、ディアが唐突に不機嫌になった。この二つの目的地は、割と距離が離れているため、別行動をするのが得策だとは思ったが、ディアには納得がいかないらしい。
「ゆっくり行きたい」と前に彼女が言っていたが、今、それを尊重するのは少し難しい。ダラムクスの追撃を防ぐためにも、あまり時間をかけたくはないのだ。
「……『ずっと一緒にいろ』、確かにそう言っただろ」
「あれは、俺の暴走を止められる希少な存在が君だからだよ。ただ、寝ている間の暴走を、何の被害もなく抑えられるルルと一緒に行動するのが合理的だ」
「……そもそも、エミーが転生魔法や幻魔について知っているとは思えんが。初めの方で掴んだ、脆い尻尾だ。別行動をしてまでも優先する必要性を感じない。今は医者をやっているんだろう? 尚更だ」
「アビーさんが魔導書を折角解読してくれたんだ。行かないと、彼女の努力が無駄になる」
「理由になってない。あいつの努力が無駄になるのはどっちだ?」
「四人で固まっても意味がない。それこそ無駄だ。そのためにビルギットを連れてきた。ビルギットなら物事を一瞬で記憶できるし、君のためにご飯も作れる。割としっかりしたメンバー構成だ」
「……」
「二週間だ。情報収集が終われば、またここに戻ってくる。そして今後の方針を練り直す。あまり目立った行動をしないための期間設定だ」
「……」
ディアは納得がいかないようだったが、大人しくなった。呆れられたのかもしれない。
「あの、モトユキさん? この人の前で、こんなにベラベラ話していいものなのでしょうか?」
ビルギットが聞いてきた。
「大丈夫。情報屋として堂々と営業できてるってことは、個人が困るような情報は流さないはずだ」
「にゅ、え、えっと、そうですけれど」
「まぁ、心配なら、ルルを通して嘘を暴けばいい」
ルルに「彼女は嘘をついているか?」と聞いたら、首を横に振った。
「にゅ、う、嘘だったら、私どうなってました?」
「殺した」
「にゅ!?」
「嘘だ」
低姿勢な女の子で、一見弱そうに見えるが、こうして店一つを営業できるくらいには知能がある。確かに、不用意にこの話をするべきではないな。
「にゅう……それで、用件は終わりですか?」
「……そうだな。不景気だと聞いたんだが、知っていることを全部話してくれないか? 君の考察でもいいから」
「えぇと、最近、魔素濃度が異様に低くなっていて、それで、食物が育たないんです」
「……魔素」
「それで、王が新しい税を導入しまして……『生命税』というやつです」
「……?」
「まぁ、今までも何かにつけて税金を取っていたのですが、今回は理由なしに命に税金をかけています」
「払えなかったら……? そもそも俺たち旅人は?」
すると彼女は、「にゅ」と小さく呟き、子供の目の前で言うのを申し訳なさそうにしながら口を開いた。
「――――払えなかったら……処刑です」
俺だけに戦慄が走った。
他三人は肝が据わりすぎている。
「他国から来た人間は払わなくても良いことになっています。ただ、福祉が受けられません。怪我をして病院に行っても、かなり高いお金を払うことになります。あ、エミーさんの病院は違います。『民営』なので、他の人と同じ値段です。それから、何かしら違法行為をして騎士団に捕まってしまった場合、弁護人を雇うときにも、かなりのお金がかかります」
「今までに処刑された人間って、どんな奴だ?」
「貧民や、障がい者がほとんどです」
「……」
「それと、第一王子も」
「……!?」
「彼は、王の支持を集めるためだけに殺されました。優先すべきことは何か? という問いの答えとして」
「……王自らが、実践した? あまりに馬鹿げているな」
「にゅ……アーフィ王子は重度の知的障がい者でした。だからと言って、それが正しいという訳ではないんでしょうけど」
「……他に気を付ける法律は?」
「……多分、ありません。ただ、王を公の場で批判するのは、結構危険です」
「そりゃそうだろうな。うん、ありがとう。じゃ、今日は宿を……」
「にゅ、ちょっと待ってください」
情報料を払って店を出ようとしたその時、彼女に呼び止められた。少し深刻な話をしてしまったこの場所には、古臭い店に似合う、妙な冷たさがあった。
「ヴァンクールとエミーさんの病院……この二つは、ただの施設ではありません。今この時期においては特に」
「どういうことだ?」
「二つとも『民営』……市民がお金を出し合って助け合うために作られた施設です。故に、少しばかり貧しい人間、つまり『生命税』に反対する人間が多く――――『革命軍筆頭』です」
「革命軍……内戦が起ころうとしているのか」
「お金自体はあまりありませんが……『力』はあります。深く関われば、怪我は避けられません」
「……忠告ありがとう」
ここはここで厄介なことが起こっているんだな。
エミーが病院を経営している点……そもそも今生きているのが不思議だし、「元魔導士」という点も普通に知られているようだった。一体何者だ?
確かにディアの言う通り、エミーに会いに行くメリットはあまり無い。というかほぼ無い。それに、ただの人間が医院長と面会できるのか、面会できたとして話を聞いてくれるのか、という問題もある。
だが、同時に知識欲が湧いてくるのだ。エミーとはどんな人物なのか。
……俺は冷たい人間なのだろうか?
王国の悲惨な状況を聞いても、覆そうという気持ちにはならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。