1-1 「夢現」
目が覚めて、最初に吸い込んだ空気はどこか懐かしかった。
どうやらこれは、石油の臭いらしい。
変な夢を見たのは、これのせいだろうか。分割睡眠をしていたころにはなかなか夢を見ることがなく、ちょっとだけ羨ましく思っていたが、いざ見れるようになると支離滅裂なものだ。
例えば今日見たのは、「名前を呼ばれる夢」。「基之」じゃなくて「上原」と何度も呼ぶ声。その声が誰のものだったか思い出せない。変な感覚だ。「ノヨン」とか「ルル」の声みたい。恐らく、仕事をしていたときの先輩たちの思い出だろう。
――――あの惨劇から一ヶ月と十五日。
俺たちは船に乗って「アンラサル」を目指していた。
船が止まっていたから、どうやら着いたようだ。そして、石油の臭いは、このアンラサルから来ている。船を見て思ったのだが、アンラサルは割と文明の進んだ国らしい。ダラムクスが中世か近世で、ここは近代と言えるだろう。
連れてきたメンバーは、ディア、ルル、ビルギット。
こんなことを言うのはあれだが、かなり楽しい一ヶ月と十五日だった。ずっと独りきりだった俺は、人が近くにいるだけでも満たされるものなのだ。ましてや美少女ぞろいなら、文句などない。
さて、行動を開始しよう。
「おはようございます。モトユキさん」
「おはよう」
俺が起き上がったことに気が付いたビルギットは、完璧な発音でそう言った。こいつはずっと立ったまま過ごしている。寝るときは、ベッドの横に立ちっぱなし。疲れそうだが、ビルギットにとっては普通のこと。それと、メイド服じゃない。松葉色のコートと、黒いパンツとブーツでスタイリッシュな感じ。面構えが可愛すぎるが故に、どこか只者ではない雰囲気がある。本当に只者じゃないんだけど。
そうそう、このアンラサルは寒い。俺はいそいそと学ランを身に着けた。ミヤビからもらった防寒具もあるが、この程度なら大丈夫そうだ。若干目立ちはするだろうがな。
「私、わくわくします」
「わくわくできるような雰囲気じゃないけどな」
「……雰囲気。私もまだ、勉強せねばなりませんね」
「分からなかったのか?」
「船員に活力がないことは理解していましたが……」
「……分かってるじゃないか」
「いえ、そうではなく。それを雰囲気に結び付けるのが難しくて」
「……?」
船員に元気がない。
そう、それは、船に乗った時からの違和感だった。本来ならば、ダラムクスの人々のほうが元気がなさそうだが、それ以上に彼らに覇気がなかったのだ。聞けば、不景気らしい。飢饉が起きて、貧民が次々に餓死をしている状態なんだとか。
……どこへ行っても、不幸はあるもんだ。
「私がディアさんとルルさんの準備は致します」
「……あぁ、頼む」
俺の右手にディア、左手にルルがいる。二つベッドがあるから広く使えばいいのに、何故かこいつらは俺の隣で寝ようとする。色々もめた結果、一つのベッドで三人固まって寝ていた。
夜の寒さが紛れたし、俺としては全然嬉しいのだが……どうにも、死期が迫ってるんじゃないかと心配になる。両手に花とはこのこと。幸と不幸は対になっているから、これからガツンと不幸が来そうな予感がする……というか、取り巻く環境が既に不幸だ。
しかし、飢饉に関しては俺たちが触れるべき内容ではない。情報を集めて、幻魔に対してどう行動するかさっさと決めよう。
ビルギットを連れてきて正解だった。かなり働いてくれる。子供二人分の世話を容易くこなす。彼女を直したアビーも凄い人だ。複数人で作業をして、一ヶ月で完全に直してしまった。
そうそう、今までビルギットが「紅い月」で活躍していた分は、避難場所を絞って補うことにしたらしい。皆が大変なら彼女を置いていこうかとも思ったが、厚意のお陰で、こうして楽ができている。
……念力様様。
ずっと昔から思ってきたことだったが、特に最近強く思うようになったことがある。
俺から念力というものが無くなったとき、果たして俺は価値があるのだろうか?
ミヤビに対して偉そうに言ってなんだが、正直俺自身も俺の価値が分からない。
念力があったから、ディアは認めてくれたし、ルルに好かれたし、ビルギットを始めとした皆に尊敬された。その事実が、なんだか辛くなってきている。
いけない。
ルルは心が読める奴だし、ビルギットやディアも勘が良い。俺がくよくよしてたら気づかれてしまう。俺にできるのは、敵討ちという名の復讐と、こいつらに多くを知ってもらうことだけ。
彼女らは俺よりも長く生きる。そして、一人一人が大きな力を持っている。だから、その力を正しいことに使ってもらわなければならない。多くを知り、「大切なこと」を知らなければならない。……だが、正しいことが何なのか俺も分かってない。
船旅の中で自問自答を繰り返したが、新しく得られるものはなかった。
「……よし」
鏡の中に映る自分は、やはり生意気な顔をしていたが、疲れは見えなかった。
もう少しイケメンだったら、あいつらと釣り合えただろうか?
いや、きっとダメだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。