16-4
その後、彼女らは美容室に行って、ミヤビがさらに飾り付けられた。
依然として、彼女自身の表情はぼやけたままだったが、その髪型ははっきりとしていた。後ろに結わえただけの長い髪が、ウェーブセミロング、で合ってるのかどうかは分からないけど、ともかくお洒落になった。俺おじさんだし、そもそも散髪なんていつも床屋だったし。
ともかく、今のミヤビと近しい印象を受けた。違うのは、ウェーブしていないかどうかだけ……女子の間では、相当な違いがあるのかもしれないけど。
「うん、ばっちし」
「……そう?」
「あっちゃー、私としたことが、友達をこんなに美人さんにさせてしまうなんて……はあ、ただでさえ引き立て役だったのに、もっと目立たなくなるなぁ」
「そんなことないよ。チエも可愛いよ」
「ま、いーもん。クラスの男子なんて、子供っぽいし」
「……ありがとね、今日は。服も髪も、全部お金出してくれて、考えてくれて」
「誕生日でしょ? 主役は堂々としてりゃあいいの」
「……ふふ」
幸せな記憶。明るい記憶。
……次の展開が、手に取るようにわかる。
どうして彼女があんな風になってしまったのか。気弱な彼女が、魔物をばったばったと殺していく冒険者に、自らの体を色んな男に預ける女に……。
すべてが、「異世界を生き抜く」ためだったと。
――――不意に、背中に熱い感覚がした。
まただ。また、「殺された」。
俺の隣に居て、一緒に明るい光景を眺めていた「悪魔」に。
ああ、クソ痛ぇ。
気持ち悪い。
だが、死ななかった。今映されているのは恐らく、転生時の光景だ。
何にもない真っ白な部屋。その中に描かれた、巨大で複雑な魔法陣。そしてそれを取り囲む「黒フード」と、その中心にいる「ミヤビ」。
「絶望神。Cランクの祝福」
黒い奴の誰かが呟いた言葉に、全員が頷く。何も状況が分かっていないミヤビを、彼らは掴み上げ、部屋の外へと運んでいく。弱々しく、だが本気で怖がる悲鳴がその部屋に響く。
――また、悪魔が居た。
強く、どこまでも強いその殺意。この空間のすべてが映像であるにもかかわらず、彼女だけは、はっきりとそこに居る。
「……何がしたいんだよ」
俺は半ギレだったかもしれない。理不尽に痛みを与えられるのが、不愉快で仕方がない。だが、怒りで感情を埋め尽くさなければ、今度は恐怖に潰されてしまう。深く息を吐き、睨みつける。
ニヤニヤ笑う仮面の下は、俺を殺すことしか考えていない。
……これはただの勘だが、俺は、ここでは「死なない」。
死ぬたびに映像が進み、徐々にミヤビに近づいている。ルルンタースの能力のお陰かもしれないが、なによりも「意識の世界」だとするならば、俺の意思ももちろん反映されるはずだ。つまり、諦めない限りは……不死身。
問題は俺がどこまで痛みに耐えられるか。
地獄だ。刺されている間は、死にたいと思うほど苦しい。それをあと何回繰り返すか。あと何回殺されて、俺が立っていられるか……そこが勝負どころだ。
ナイフが煌めく。
どこかも分からないこの無秩序な空間の中で、確かに悪魔は地面を蹴り、体を弾き、小さなナイフを俺に突き立てる。
少しでも時間を稼げ……!
自分に言い聞かせ、かすれば皮膚が裂けてしまうそれを、必死に避ける。子供の、しかも何の武術もやってなかったこの体で。
ミヤビが連れていかれた扉に入り、歪み始めるこの世界を駆け抜ける。無論、悪魔は超人的な速さで俺を追いかける。念力は使えない……っ。
走れ!
走れ!
走れ!
「……っぐ」
痛ぇ……っ!
肩を刺された。奴はさっきと同じように、本気で俺を追いかけようとはしない。逃げ惑う俺をどこまでもどこまでも、適当な恐怖を与えながら追いかけ、じわじわと刺し殺してくる。
舐められているのではないと、今気が付いた。奴も、俺がどんな存在かに気が付き、どう排除すればいいのか分かっている。「嬲り殺し」……マジの悪魔だ。
だが、そんな奴にも弱点がある。
「ミヤビ」だ。ミヤビ自身だからこそ、ミヤビの内側だからこそ、彼女の「暖かな記憶」には動けなくなる。楽しいことが無かったわけではないだろう。絶望の海をずっと漂っていた訳ではないだろう。耐えるんだ! そこまで!!
三回目の「死」。
全身を包み込む痛みを、怒りで消す。全部は消しきれない、というかほとんど消せない。だけれども、意思はどこまでも強く持てる。怒りの力は、果てしない。
――俺は強い、と。
どこか傲慢になっていた張りぼての意思は、いとも簡単に折られる。
次は、どこか歪んだ世界だった。世界を構成する軸が直線ではなく、全てが少しずつ湾曲している。ところがミヤビの世界の中では、どれよりも鮮明に映し出されていた。
妙な音が聞こえる。ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ……って。肉が潰れる音ではなかった。ただ、その音はどこか卑猥な響きを持っていて、どこまでも気持ち悪かった。
巨大なゴブリンが目の前にいた。それが、何体も。
そしてその周辺には、裸で、何か汚い液体にまみれた女性たちが居た。
……ミヤビがそこに投げ込まれる。
何が起こったのか分からなかった。
俺はただ、一瞬、その絶望的な状況を認識するのを拒んだのだ。純粋な恐怖が、あっという間に、築き上げた勇気にのし上がって動けなくなった。
咄嗟に、目を覆った。
「絶望」と、まさにその二文字に相応しいミヤビの悲鳴が、絶叫が、鼓膜を刺す。ついでに、彼女の一張羅が破かれる音も。
「――――あああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! だれがあああああああああ!!! だずげでえええええええええええええええ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!」
嘘だろ?
嘘だろ?
嘘だろ?
嘘だろ?
嘘だろ?
嘘だと言ってくれよ……。
嘘だと言えよクソッ!!!!
――――笑えるだろ? 二十八になった男が、怖くて震えてるんだぜ?
足が凍ったように一歩も動かない。変な笑いが腹からこみ上げる。
絶望を舐めていたのは「悪魔」ではない。
俺だ。絶望など、怒りで攻略できると考えていた俺が馬鹿だったんだ。どんなに辛い運命に遭遇しようと、乗り越えられる自信があった。死なないと決意できる自信があった。
……でも、あまりにこれは、酷すぎる。
幻魔、どこまでも醜い集団だ。それなのに力を持っていて、人の命を雑に扱って、それを美徳として語り、ミヤビをここまで追い込んだ。
ミヤビは強い。強すぎる。
鋼よりももっと強い心が無ければ、死んでいる。
友が何だ? 宝物が何だ? そのすべてを覆すほどの絶望だぞ?
親に愛を貰えずなおも頑張り続け、せっかく楽しかった学生生活も事故で終わり、新しくもらった命も道具のように、それも醜悪なゴブリンの……。宝物も、思い出も、全てが消し飛んで。
……俺に、救えるか?
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