14-1 「モトユキという少年」
やるべきことはたくさんある。
生き残りの確認、死体の処理、敵の処分、白髪の子の取り調べ、ディアとミヤビの気付け。こんなところで立ち止まっている暇はない。迅速な対応が、二次災害を防ぐことができるのだ。
まずは敵をひとまとめにして、拘束。死体は、魔物と人間両方ともあるから、塊をそれぞれ持ち上げて整頓。集中しろ。油断をするな。
アビーやファンヌは、空を飛ぶ肉塊を見て、不思議そうな顔をする。悲しみや恐怖といった感情が混ざっていたが。生き残りの人々も、同様の反応をしているだろう。
「アビーさん、状況を説明します。今、レンと魔物を全部殺しました。それから、死体をそれぞれ集めて、整理しています。敵の仲間は拘束して近くに置きました。アビーさんは冒険者の生き残りを集めて、今の状況を説明し、死体の処理・判別、また、怪我人の手当てをお願いします。敵の処分に関しては、状況が落ち着いてから考えてください」
「……あなたは、一体……?」
「モトユキ・ウエハラです。僕の能力を、冒険者たちに話してくれてもかまいません」
「……」
「……ミヤビさんの状態は、分かりますか?」
「……えぇ。大丈夫、みたい。体中の筋肉が、傷ついている、けど、内臓にダメージが、無いし、息も、ある、わ。気絶、しているだけ、みたい」
俺はルベルの方へ視線を送る。横で座っているファンヌが、心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。
「ルベルは?」
「……あれが、手術と言えるのなら、成功、した、わ。ただ、栄養失調と、魔力中毒を同時に、引き起こしている。すぐに何か、栄養のあるものを、食べさせて、休ませないと」
「……助かったんですか!?」
「……まだわからない、わ。どんな弊害が起こるのか、私には分からない」
「そもそも彼女に何が……」
「首の骨を、折られた」
「……!?」
アビーは、いつもと違う神妙な顔をしながら話した。首の骨を折られただと? 手術って、この状況下でどうやったんだ!? ……何が起きるか分からない、か。
「ともかく、今は、あなたに従う、わ」
「お願いします」
雨が完全に止んだ。雨雲は空にまだ浮かんでいるが、ところどころの隙間から、太陽がだいぶ傾いてきていることに気が付いた。
「たった、一日で、こんなに、人が……」
「……ルベルが来てくれなければ、全員死んでいたでしょう」
俺がもっと賢ければ、勇気があれば、皆死ななかっただろう。
あまりに過度に念力を使って人を助けたくはなかったが、今回はあまりに度を過ぎていた。あのときの紅い月とはわけが違う。
「ルベルが、あなたたちを、呼びに?」
「はい……」
アビーはルベルを優しい目で見た。一回だけ頷くと、「ミヤビと子供たちをお願い」と言ってその場を離れる。指示通り、冒険者を集めてくれるらしい。死体を集めたのは、ギルド前広場。冒険者たちは魔物が居なくなったのに気が付くと、必ずここに集まってくるはずだ。それを言わなくても、彼女は理解してくれた。
さて、次はディアとミヤビ、それからルベルだ。
「ファンヌちゃん。敵は僕が倒したから、もう大丈夫。僕は今から、ディアとミヤビ、あの女の子、それからそこのルベルをミヤビの家に運び込む。君は……家族の安否を確認した方がいい。僕には生き残った人々の詳しい情報が分からないから。……もし、亡くなっていたら、ごめん……」
「……」
ファンヌは俯いた。家族が助かったという保証は無い。たくさんの人が死んで、しかも俺にとってはそれが他人だからまだダメージが少ないが、彼女にとってはかけがえのない人が死んでしまったかもしれない。歳が十もいかない子が、この絶望に耐えられるだろうか? 俺でさえ、耐えられないというのに。
かける言葉が見つからなかった。強く生きろと、言う資格は無い。
だが、彼女に生きる以外の道は無い。
「……ありがとう。ルベルちゃんを、お願い」
彼女は湿った声でそう言った。そしてそのまま顔を見せずに、アビーのいる方向へ走っていく。
――――俺は今、ここで初めて、ルベルの素顔を正面から見た。
端的にいうと、「かわいい」。確かに、火傷だらけの茶色くなった皮膚がある。だが、顔の造形が著しく変わるなんてことは無く、傷のある「美少女」がそこに眠っている。ミヤビの言っていた通りだ。そして……傍から見れば「大したことない」ように見えるだろう。
……大丈夫だな。
ルベルに対しての不安で、「本当に顔が酷くて虐められる」というのを考えていた。だが、これを見る限りその心配はない。あとはいかにして、仮面を外させるかだが……いや、その前に健康を祈ろう。
俺は、ルベル、ミヤビ、ディア、白髪の子を「力」で掴み上げ、ミヤビの家へと移動させる。ディアはドラゴンのままだから近くで騒ぐ声が聞こえたが、すぐに収まったようだった。
かくしてミヤビの家に戻ってきた俺は、ルベルとミヤビの二人の服を着替えさせてからベッドへ寝かせる。服は適当に選んだ。ルベルには、砂糖と塩を混ぜた水を飲ませておいた。なかなか喉を通ってくれなかったから、半ば強引に念力で。彼女が起きた時には、もっと栄養のあるものを食べさせなければ。起きてくれればの話だが……。家に入れないディアはその横に置いた。
そして、白髪の子が「檻」を叩く音だけが、周りに響く。
ずぶ濡れの服を着替えようかとも思ったが、先にこいつだ。
「……君は誰だ?」
コンコン、コンコン。
「何故、俺をあそこへ送った?」
コンコン、コンコン。
「――――答えろ!!」
俺の怒鳴り声にびっくりしたようで、檻を叩くのをやめた。目を丸くしながら、こちらをじっと眺めてくる。口がきけないのか、きこうとしないのか、良く分からない。
彼女は、どうやら「アルビノ」らしい。先天性白皮症……たしか、遺伝情報の欠損により先天的にメラニンが欠乏する疾患だ。彼女の病的なまでに白い肌と体毛、それから紅い瞳が何よりの証拠だろう。だとすれば、日光を遮断してあげなければ酷い日焼けを引き起こす可能性がある。日光を「念力」で遮断できるか……?
そう思って、俺はその「檻」に屋根を設けた。やればできるものだな。もうすぐ日が沈むから、あまり意味は無いかもしれないが。
さて、どうするか。
それを考えていた時に、彼女がディアに対して指をさしていた。ちょんちょんと、何かを言いたげな様子で。でも、何かを言うことは無かった。
「なんだ? 何がしたい?」
「……」
彼女は無表情だったが、敵意は無かった。こちらを不思議そうに見つめるだけ。
信用するという選択肢は無い。二度は無いのだから。もう一度、俺が彼女の能力にやられてしまえば、今度こそすべてが終わる。
「喋れよ……」
俺が諦めかけたその時、彼女が中で、「くしゅん」と可愛らしいくしゃみをした。彼女は雨に濡れたままで、体が冷えてきたのだろう。思えば、俺の体にも鳥肌が立っている。……このままでは、俺が虐めているようではないか。なんなんだよ、こいつ。
一度試してみることにした。彼女の魔力が念力の壁を貫通してしまう可能性もあったが、全てのリスクを回避して進むことはできないのだ。だから、俺は自分自身に薄い「膜」を張り、彼女の行動を見る。
……ディアの方へ走り出した。慌てて俺は「檻」をつくり、再び閉じ込める。
「何をするつもりだ?」
「……」
問いかけても、何も話すことは無かった。
「まずは自分が危険ではないことを証明してみろ」
「……」
彼女は俺の言葉にゆっくりと頷いた。俺の言葉が分かっているのか? だとしても、この状況でどうやって証明するつもりだ?
虫唾が走る。猫に対して怒りを覚えることができないように、俺はこいつに対して本気で怒り切れない。こいつの所為で何人が死んだか分からないというのに……いや、人の所為にするのは俺が未熟だからか。
ぐちゃぐちゃだ。心が。
――――彼女の紅い瞳が輝いた。
瞬間、ディアにも同じ光が宿った。「しまった」と思ったときには遅かったが、光り終わったときにそこに居たのは「少女」のディアだった。
それから、白髪の子は鼻血を出して倒れた。俺は慌ててそれを受け止めると同時に、二人の容態を確認する。どちらも「ただ気絶をしている」だけのようだった。
……何が起こった?
この子が、ディアを人間の姿にしたのか?
何故、それが必要だと思った?
何故、それを知っていた?
どいつもこいつもぶっ倒れやがって……。
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