10-4

 「推奨Empfohlen」――――子供たちを見捨てる。



「うるさい……!」



 弾幕の中、ビルギットは子供たちを庇うように振る舞わなければならなかった。プログラムは子供たちを見捨てるという答えを弾き出すが、彼女はそれに従いはしない。

 事実、子供を見殺しにした方が有利に戦える。ビルギットが今ここですべきなのは、「時間稼ぎ」であり、要は長く戦うこと。敵を「自爆」で殺せないことは無かったが、今ここにいない敵のリーダーが激昂して、残されている人間もろとも殺されてしまう可能性があった。


 生命反応を見る限り、子供たちは建物の中に隠れているようだった。だが、そこが絶対安全かと言えば違う。魔物は襲ってこないかもしれないが、半空中戦をしているビルギットにとって、いつそこが潰れるかが分からない。計算速度は人間の能力をはるかに超えているが、十人の動きを考えるのはさすがに骨が折れる。



「アハハハハハ!!!! アハハハハハハ!!!!!」



 空を切りつつ飛ぶ音に、ヴェンデルガルドの甲高い笑い声が重なる。それは「喜」ではなく、「怒」の声。後先を考えずに、暴れまわる狂人。予測がさらに困難を極める。



 ――――駄目だ、不可能だ。



 計算をする前に、ビルギッドは感じた。もって五分。それ以上は、自分どころか子供たちさえも守れない。高出力を続けた魔石の魔力は底を突きかけ、計算を無視した無理な回避による損傷は、ますます酷くなる。大破するのは時間の問題。無限魔石とはいえ、供給が間に合わない。



 皆を守り抜く手は……????



 逃亡は駄目だ。そうしたところで最悪な結果が残るだけ。

 自爆も駄目だ。元も子もない。

 続行も駄目だ。普通にやられる。

 魔法も駄目だ。魔力が足りない。


 何か、何か、何か、何か……。



 ――――建物の壁が壊され、子供たちがそこに露呈する。



「……ぅ、ぁ」



 結構な人数がいる。比較的年齢が上の子たちが、低年齢の子供たちを背に、こちらを眺める。恐怖で震えあがり、泣く子もいる。というか、泣かない子の方が珍しい。



「あらぁ、そんなところにいたのぉ? 悪あがきするだけ無駄だねぇ!」



 すぐさまヴェンデルガルドがそこに魔法を撃ち込む。風の刃が真っすぐそこへ飛んでいく。今までビルギットが避けていたものと比べれば、威力も速度も小さい。

 ……だが、それを受け止めるしかなかった。獄炎斬PrisonFlameSchwertは、魔力消費が大きすぎる上に、子供たちを巻き込んでしまう可能性があったから使えない。


 ビルギットの腹に、その刃が入り込んだ。メイド服とスキンが一文字に割けて、黒い金属が見える。金属を切るほどの威力は無かった。



「おやおやおやおや? 急にどうしたんですかぁ!? ヒーローごっこですかぁ!?」


「…………ッ」



 何かを、言い返したかった。

 何も、言えなかった。





「――――あなたたち、殺りなさい」





 ヴェンデルガルドの仲間たちが、次々に強力な魔法を撃ってくる。彼女らの魔力も、残り少なかったが、そんなことを気にせずに魔法を撃つ。気にする必要が無かったからだ。今のビルギットにとっては、それが不都合すぎる。少しでも気にしてくれるなら、まだ、勝機があったのに。



「……」



 なけなしの魔力で、魔法障壁を展開するが、薄すぎる。漏れた攻撃は、自身の身体ボディで受け止めるしかない。金属音が響き、左腕と下半身が壊れた。

 痛みは無い。なのに、凄く痛い。


 かくして、ビルギットは空を飛べなくなり、力なく地面に落ちた。最早、ガラクタだ。



「……豪風よ、今ここに来なさい」



 ヴェンデルガルドの冷淡な声が、若干上から目線の詠唱を始める。子供たちも、ビルギットも、まとめて殺してしまおうと、そういう目をしている。



「その力を以て、究極の刃を創り、あの鉄塊とクソガキどもをミンチにしてやりなさい」



 風の魔力が集まり、あたりが騒めく。

 みるみるうちに、ヴェンデルガルドの表情が明るくなっていく。



ウルティムス豪風刃テューポーン・グラディウス!!!!!」









「――――――――魔滅砲Magie Zerstörungskanone……」









 彼女の刃は、ビルギットのエネルギー砲により、消えてなくなった。だが、依然としてヴェンデルガルドたちにダメージは無いし、子供たちを完全に救えたとは言えない。


 ……だが、魔力が底を突いた。





 最期だ。

 あぁ、生まれてよかったな。

 でも、守れなかったな、約束。


 さ よ う な ら 。





 ビルギットが活動を停止する。右腕だけが残った、鉄の胸像と化した。



「……何のためにあれは頑張ったのかしら? 結局意味ないじゃない」



 ヴェンデルガルドは、ビルギットから一切の魔力が無くなったことに気が付いた。つまり、「殺した」ということである。だが、それで気を抜かず、トドメとしての首を切り落とした。血は出ない。



「う、わ……」


「お、おかぁ、さん……」


「だれか、たすけ、て……」



 しゃくりあげて泣く子供の声。正直ヴェンデルガルドは、子供の甲高い声は苦手だったが、レンはこれも気に入っている。だから、より声を上げて泣かせる必要があった。

 仲間をもとの位置に戻した後、彼女は、子供たちへと笑顔のまま近づいた。そんな一瞬の間にも、激戦で散っていた魔物たちがここへ戻ってくる。



「誰も助けに来ないわ。さ、おねんねの時間ですよぉ☆」



 彼女は、細い子供の手を掴み、外へ投げ飛ばす。二階だから、打ちどころが悪くなければ、すぐには死なない。だが、動けないくらいのダメージは負う。そんな、無防備なところに、下賤な魔物どもが群がる。



 叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ……。



 そこに慈悲は存在しない。人の心は存在しない。

 ……誰も助けには、来ない。

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