11 「吸血鬼たちの意志」
アルトナダンジョンの調査で、何か新たに得られたものは無かった。ダンジョンについて彼らに聞いてみたが、結局俺の聞きたかったことは、彼らにも説明できなかった。ダンジョンがいかにして創られたのか、いつからあるのか、仕組みはどうなっているのか、何のために創られたのか、とか。
結界というやつを張って、勝手に魔物が出てこないようにしたらしい。ダンジョン内の魔物は、普通に湧く魔物よりも強いらしいから、これで地上がずっと安全になるんだとか。
……そういや、こいつら勇者だったな。屋敷からここまで100kmほど離れているわけだが、なんか移動用の魔法というやつをつかって、風の速さで走ってここまで来た。片道一時間ちょいくらいだった。サングイス戦でゆっくり移動してきたのは、魔力を温存するためだったらしい。
この世界の「一般人」の強さのレベルがどんなものなのか、俺は知らない。
とはいえ、アルトナダンジョン一階層の魔物にやられてしまうくらいだから、俺らの世界の一般人と変わらないレベルなのかもな。正直、念力とディアが居なければ、俺はここで死んでいただろうし。
ちなみにギルバードは置いてきた。昼になっても起きないし、このまま寝かせておいても大丈夫だろうとイングリッドが言ってた。今もディアと一緒に寝ているのだろうか。
今は、まだ植物が再生していない荒れ地を歩いている。ほんのちょっとだけ土壌も調査してみるらしい。二人はキョロキョロしながら歩いている。シンプルだ。木も何もない場所だから。
跳んできたからあまりじっくり見てはいなかったが、土は本当に乾ききっていて、生命の「せ」の字もないような感じだ。改めて考えると、恐ろしい雪だ。
「モトユキ君って、どういう魔法を使うの?」
イングリッドが唐突に口を開いた。ローレルが少し驚いたような顔をしているから、恐らく三人の間で聞かないようにしていたことなんだろう。実際に二人は俺の力を見たわけではないから、俺の能力についてはギルバードから聞いた分しか知らないはずだ。あとは昨日の風呂でのちょっとした会話。
魔法じゃないみたいなんだけどな。
「うーん……手を触れずに物を動かす、魔法かな」
そう言って俺は、数歩先の土を抉って見せた。ほんの少量だ。
あまり自分の念力については他言したくないのだが、ここで言わなければもっと怪しまれるし、別にこいつらが信用できないわけじゃない。もし彼らが襲って来ようものなら、捻りつぶせばいいだけの話。だから俺は、バラすことにした。
といっても、その威力は隠すが。
「おぉー、凄いですね。魔法の構造が私たちとは全く違いますよ!」
「本当だ。しかも無詠唱……」
「詠唱? それをすると何か変わるのか?」
「え? 精霊により明確なイメージが伝わって、魔法の威力が強くなったり、安定したりするんだけど……知らないの?」
「うん」
「どこの国の魔法なんでしょうか?」
「――――モトユキ君って、あの吸血鬼とどんな関係だったの?」
イングリッドは自然な流れであるかのように振る舞うが、明らかに空気が違った。昨日も若干触れられた内容でもある。俺らが吸血鬼ではないことは知っているそうだ。
さて、どう説明しようか。ここで聞いてくるとは思わなかったからな。
「友達、だよ」
「……なら、どうして
ギルバードはどうやら、サングイスを自分で倒したとは言わなかったらしい。いつの間にか、イングリッドが真剣な眼差しになっている。ローレルは心配そうにこちらを見つめている。
しょうがない。これについては正直に言うしかないか。これ以上茶を濁すのは難しいし。
というか、俺のさっきの能力隠しはあまり役に立たなかったな。ギルバードからそれなりにどういう状況なのか聞いているだろうし、「子供よりもちょっと強い」といった目で見られていないのは明らかだったな。
単純に俺らのことを知っておきたいのだろう。敵意が無いと分かった場合、彼らの立場ならそうする。
「あの雪を止めるためには、あいつを殺すしかなかった。それだけのこと。あの雪は特殊な魔法陣で降っていたらしくて」
「……そう、だったんですか。辛い思いをさせましたね」
ローレルがその細い指で俺の頭を撫でてきた。
ラッキー……じゃなくて、ん? どういうことだ?
彼らは俺らを警戒しているわけではなかったのか?
「すまなかった、モトユキ君。俺たちが力不足だったばかりに、君に決断させてしまって」
……そういうことだったのか?
ずっと警戒していたのはどうやら俺だけだったようだな。「力を持っている=腹黒い奴に見られる」ということを勝手に信じ込んでいたのか。彼らからすれば俺はまだ子供。「大きな力」を持っているだけの非力な子供。こちらの精神状態を心配してくれているのだろう。
ギルバードだけは用心深かったようだが。いや、あれが普通だと思うけど。だって俺ならそうするし。彼らの性格が少しだけおかしいのかもしれない。強さゆえの余裕か?
多少辛い思いをしたのは間違いではない。
でも不思議なものだ。俺の心はオッサンのままなんだから、意外と強い。
「吸血鬼は悪い奴ばかりですけど、モトユキ君みたいに優しい人もいるんですね!」
イングリッドは黙って首を縦に振る。
しかし、俺は彼女の言葉に少し違和感を覚えた。「悪い奴ばかり」と確かにそう言った。そんなことはない。サングイスが言うには、平和派は本当に人間との共存を目指して行動していたはずだ。
「……吸血鬼って、人間にとってはどんな存在だったんだ?」
「とにかく悪い奴らだよ。過去の戦争で吸血鬼はティニアトと平和派に分かれていたとされているんだけど、平和派と名乗っていたのに、裏切って襲ってきた……らしい。つまり、吸血鬼側の作戦だったのさ。
「悪ーい人……じゃないくて、鬼ばっかりなんですよ」
そうか……そうだったのか。
ディオックスではそんな風に記録されているんだな。となると、人間側には「共存」を目指している者もいたが、そいつらを絶滅の意志に仕向けるために、情報操作がされていた……と考えられるな。道理で「平和派」の必死のアプローチが人間側に響かなかったわけだ。
「いや、そうじゃない」
少しだけ強めの口調で、俺は言った。言ってしまった。
「彼らは本当に、『共存』を目指していた。『平和』を目指していた」
もし、途中で人々の意志が「共存」に向いていたのなら。
俺らが今歩いている道に、花が咲いていたのだろうか。
この一言で会話が途切れ、そのあとは無言のまま屋敷にたどり着いた。
そして、屋敷の再捜索により、平和派吸血鬼たちの文献がいくつか見つかり、俺の発言が暗黙で肯定された。
……彼らはどう思っただろうか。
俺は今、フェーリが療養されていた部屋にいる。掃除はされず、カーテンは閉め切っていて、とても埃っぽい。百年前の惨劇が、ここにはそのまま閉じ込められているんだ。
変な臭いがした。埃とカビと、腐った血の臭い。そこまで強く臭うわけではないが。
そして俺は、彼女が兄へ向けた「手紙」を見つけた。
『ごめんなさい』
とただ一言だけ。震える文字で、そう書いてある。
紙はしわくちゃで、血の跡らしきものが残っている。
彼女は人間に交渉しに行ったことを、後悔してしまったのだ。
悪いことではないのに。「平和」を目指していただけなのに。
悲しい昔話だな。
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