12 「さよならシューテル」

 この屋敷で三回目の夜。

 この異世界に来てから多分四日が経ったな。


 言葉にしてしまえばあっという間だ。

 ダンジョンで魔物ぶっ飛ばして、吸血鬼殺して、風呂入って、飯食った。


 その間にこの大陸ではとんでもないことが起こったんだよな。

 百年続いた雪が降り止んで、世界滅亡のドラゴンが復活して。


 そのドラゴンと勇者さんは仲良くなってるし……。

 やれ、信じられない話だ。


 「これからどうするか」っていう問題にも、もう答えを見つけないといけない。大まかに元の世界に帰るとしたわけだが、具体的にしっかり決めておかないといけない。

 具体的って何だ? どうすりゃいいんだ? やっぱりディオックスに行くか?


 俺の力で「扉」は開けなくなっている。まだ極限まで試したわけではないが、恐らくそれで開いたとしても、それが元の世界とつながっているとは限らない。

 空間魔法があるのだから、召喚魔法もあるのかもしれない。となれば、魔法に詳しい人物を総当たりしていくのがいいだろう。ここにある魔導書の著者を当たっていくのがいいかもしれないが、いかんせん百年前、下手すればもっと前かもしれないのだ。

 さすがの魔法使いも……。


 それに、ここにあるのは全てここの言葉に翻訳されたものだ。どこで書かれたのか、という記載が無いから探しようがない。

 あ、そういや別の言語で書かれたのが一つだけあったな。


 ――――「エミーの魔導書」だっけか。

 翻訳が適当で、ところどころ別の言語で書かれているものだ。まえがきもあとがきも適当だから、何となくエミーという人物の人格の心配をしてしまうわけだが、魔法の腕は確かなはずだ。

 今生きてるかな。


 あの言語がどの辺の物なのか分かれば、今後はそこが目的地になるだろう。

 にしても不思議だ。なんで俺は、見たことも聞いたこともない文字を読めるんだろう。


 ……明日、ギルバードたちはディオックスに戻るらしい。

 俺らもそろそろ移動するか。



 疲れた。もう寝よう。



 ☆



「ほんとに、こっちに来なくて大丈夫?」



 優しい口調のイングリッド。



「あぁ。大丈夫だ」


「まぁ、お前らなら大丈夫だろ」



 相変わらず不愛想な話し方のギルバード。



「もう、ギル。子供というのは力をいくら持っていても弱いものなんですよ」



 恋人と言うより、母親に近い立場のローレル。



「あ、そうだ。これってどこの言語か分かる?」



 俺は「エミーの魔導書」を彼らに見せた。



「エミーの魔導書、なにこれ?」


「そう。これの、こことか」


「あ、ホントだ。違う言葉で書いてある……でも知らないな。見たこともない。ローレルは?」


「私も知らないですね。ギルは?」


「……しらねぇ」


「そうか……」



 ディオックスで詳しく見てもらってもいいが……それはそれで面倒なことになりそうな気がするな。彼らのように俺らを詮索してこない、なんてことはないだろう。敵意が無いと分かればガンガン俺らのことを調べてくるはずだ。拘束される心配はないが、あまり目立ちたくはない。



「……また小麦粉被るなよ?」


「笑うな!」



 ……小麦粉? 



「んじゃ、そろそろ行こうか。またね、モトユキ君、ディアちゃん」


「ばいばい!」


「……またな」



 ローレルの元気な挨拶と、ギルバードの素っ気ない挨拶。



「またどこかで」


「お前のむになんとか美味かったぞ!」


「ムニエルだ、ムニエル」



 ……彼らは森の奥へと消えていった。

 たったそれだけで、異様に静かになる。



「なぁモトユキ。吾輩たちはこれからどうするんだ?」


「魔導士エミーを探す」


「誰? それ」



 知っていないのも無理ないか。



「蘇生魔法の研究をしていた魔導士だ」


「へぇ。なんで探すんだ?」


「俺が元の世界に帰る方法を知っているかもしれないからな」


「ん? モトユキって転生者だったのか?」


「え? 転生者っていう概念がこっちにあるのか?」


「あぁ。言ってなかったけど、吾輩を封印した大賢者あいつも確か転生者だったはずだ」


「……それって、一体どうやって召喚されるんだ?」


「世界の危機になったとき、神の気まぐれで……っていうのはよく聞くが、実際の仕組みは何も分からんな。モトユキは何か神っぽいやつに会ってないのか?」


「いや、会ってない」


「……そうか」



 ☆



 ある程度離れて、会話が二人に聞こえなくなっただろうというところ。そこで、ぼそりと口を開いたのはローレルだ。



「不思議な子たちでしたね」


「……彼らとあの吸血鬼には一体どんな関係があったんだろうか」



 イングリッドは顎に手を当てて考える。昨日のモトユキの態度からして、意外と親密な関係にあったということは予想できるが、いかんせんつながりが分からない。血縁者ではないようだったが。



「さぁな。ただ、中身はどうにも子供には思えない。特にモトユキだ。あいつ、口調があんまり統一出来てなかったし」


「そうなのか?」


「あぁ。絶対中身は子供じゃない。子供に見せかけようと頑張ってる感じだったけど、どこかたどたどしかった。話している間はずっと年上と話している気分だったな」


「確かに、あのくらいの歳の子なら私たちは大人に見えますもんね。ディアちゃんは人懐っこいって感じでしたけど、モトユキ君は同じ大人として接していたように感じます」


「うーん、確かに言われてみればそうだなぁ。モトユキ君から魔力を感じなかったのも少し気になるな」


「魔力とは違うエネルギーを持っていた。それが何なのかは分からないが、只者ではないのは明らかだ。ディアも内側に隠した魔力は凄まじかったぞ」


「え? あの子魔力を隠してたの?」


「あぁ。隠蔽魔法をごく普通に使っていた。あれだけ無知なのに、そこんところだけはしっかりしてたな」


「私も気が付きましたよ」



 へぇ、そうなのか……と少し自信を無くすように呟くイングリッド。そう言えばこいつら天才だった、と改めて思い出した。



「ま、とにかく敵意があるようには思えなかったから、放っておいて大丈夫だと思うがな。というか、放っておく以外の手段がないって方が正しいのかもしれない」


「ギルは王国一の強さなんですよ? もっと自信を持ってくださいって」


「……別に、自信を無くしたわけじゃねぇよ」



 ただ、モトユキが異常だっただけ……という言葉を、彼はそのまま喉に押し込んだ。なぜ彼らに言うことを拒んだのか、それは彼自身にも分からなかった。

 しかし、劣等感を感じているのは事実である。「太陽の魔力ソール・ウィース」についても、もう少し鍛えなければならないと思った。



「一つ、お願いがあるんだが……いいか?」


「なんですか? 改まって」


「お前がお願い事か、珍しいな」



 別に緊張するほどの物じゃないし、変なお願いをするわけでもない。

 だが、呼吸を整えて……言った。



「事が終わったら、アンラサルに帰ろうと思うんだ」


「アンラサル?」


「私とギルが、もともと居た国だ。恐らく北の辺りの大陸、だとは思うんだけど、ディオックスにある世界地図は天変地異が起こる前の物だからあまり信用できないな。ま、私は付いていくが、ローレルはどうする?」


「わ、私も行きます! ギルのお父さんとお母さんがいるんですよね? あいさつしに行かないと!」


「そこかよ……」



 父親と母親はいない、と言ったら彼女がどんな顔をするだろうか。そう思うと、ギルバードはそのことを言うに言い出せなかった。イングリッドも同じだった。



「まぁ、まずは紅い月の対策が先だ」


「その前に宴だな」


「ホントに好きだな。酒飲むの」



 ギルバードは宴会が好きではなかった。がやがやうるさいから。

 だが、次の宴会ばかりは出てもいいような気分だった。

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