念力に限界は無いらしい

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一章 偽善者

0 「三人目の殺人」

 糞野郎と、怒りのままに出した声は、思ったよりも湿っていた。


 銃で撃たれたのはこれが最初で、最後なんだろう。「最期」というべきなのかもしれない。

 腹に二発、肩に一発、鉛玉がある。足に撃たれたものは、どうやら貫通していったようだ。だらだらと流れてくる血を「力」で止めようと思っても、加減が利かない。精々深呼吸をして、張り裂けてしまいそうな気持ちを落ち着かせることしかできない。いや、それ自体もできていないかもな。


 火で炙られているような、熱い感覚がする。「痛み」を熱いと思える日が来るとは思わなかった。思いたくもないが。



「ハハ、ハハハッ。ざまぁみろ、僕とマナカちゃんの愛の邪魔をするからだ!! ハハハハハハッ、ハハハハハハハハッッ!!!!!」



 寂れた倉庫にケタケタと鳴り響く、躊躇なしに銃をぶっ放した異常者の声。張り上げすぎて、妙に甲高くてかすれているその声が、不快で不快で仕方がない。しかもその妙なテンションのまま、汚い手で姪の頬を撫でやがった。



 だから決めた。、と。



「うるせぇよ、クソロリコン野郎……!」



 頭を潰す……!

 そう、強くじる。



 少々加減が利かなかったようで、奴の頭は風船のように弾け、残った体はそのまま崩れるように倒れた。まるで糸の切れた操り人形のように。当たり前だが断末魔はない。上げようもない。

 穢れた血が四方八方に散らばり、マナカちゃんにも付いてしまった。



「おじ、ちゃん……? た、す、けて……?」


「ごめんな」



 今すぐに涙と血を拭って、抱きしめてやりたい。

 ……それが叶わないことだと、理解できた。


 血が足りなくなってきたようだ。少しでも気を抜けば意識が飛ぶと、本能で感じる。本当は静かな夜なのに、ノイズ交じりに砂嵐が視界を覆っている。ぞくぞく、と悪寒が背中に走る。


 気絶だけは……それだけは、避けなければならない。気絶をすれば、また、しまう――――。


 くっそ痛ぇ、最早それだけが意識をつなぐ糸。自分という操り人形が動くための、最後の一本だった。

 ふらつく足取りで、倉庫の外へ出た。ずいぶんと田舎だから、適当な方向へ進めばすぐに倉庫が見えなくなる。もうどっちにあるかも分からない。

 方向感覚も水平感覚も狂ってきた。世界がぐるぐる回っているような感覚がする。傷が熱い。だけど、寒い。血が、命の源が、ぼたぼた落ちて、無くなっていく。





 走馬燈を見て名残惜しくなってしまう前に、俺は自分で首の骨を折った。





 夢を見た。

 両親を殺したあの日の夢。

 十歳の誕生日。ワクワクして眠れなかった、前の日。

 自転車をプレゼントしてもらうはずだったあの日。


 どうして……。どうして……?

 どうして「限界」が無くなったんだ?


 ちゃんとあったじゃないか。前の日まで。

 ぐっすり寝ていても、部屋を散らかす程度で済んでいたじゃないか。


 あいつの苦しむ顔が見える。唇と顔が真っ青で、血管がいくつも浮き出たあの表情。既に冷たくなった父さんと母さんは鼻血を出して、痣だらけで。



「……あぁ」



 普段夢なんて見ないのに、どうしてよりによってこれを見るのか。


 ゆっくりと息をしようと思ったが、その場に空気は無かった。焦っているのに、心臓が鼓動していなかった。不思議な感覚だ。尋常じゃないほど心が落ち着かないのに、一方では海の凪の如く落ち着いている自分がいる。



 知らない空間にいることを、理解した。

 でも、なんでだろう。ずっと前からいたような、そんな気がする。



 何にもない空間だった。

 地面には真っ白なタイルがあって、延々と伸びている。空は真っ暗で、星も月も何も輝いていない。視界からはみ出す地平線が、ただただ白と黒を分けているだけ。気温は少し肌寒い程度。身に着けている服は、撃たれた箇所に穴が開いている。しかし、肝心の傷は無くなっていた。痛くもなんともない。

 あれが夢ではなかったことを、俺はなんとなく理解した。


 ここ、どこだ?

 天国でも地獄でもない。三途の川でもない。

 何もない空間が、寧ろ怖い。


 何を、するべきだろう? 神は俺に何をさせたいのだろう?

 ただただぼうっとするだけでは、気が狂いそうだ。こんなにちっぽけな人間を、ここへ閉じ込めて何がしたいのだろう。


 この場所がある。そして自分がいる。

 自分は何も知らない……此処へ来た時のことも、此処の事も。

 空気が無くて息ができないが、苦しくない。

 心臓が動いていないのに、自分は動ける。


 この状況を創り出している、「観測者」がいる。

 人智を越えた何かが、いる?


 ここまで鮮明な感覚が、夢だとでもいうのか?



 ――――俺は、どこまで覚えているだろう?



「俺は、上原基之、二十八歳。念力が使える」



 ぶつぶつと、自分が覚えていることを呟いていくことにした。一つ一つ、忘れていないかを確かめるために。



 俺は念力が使える。念じれば物を動かすことが出来る。物心つくようになるころには、もう既に使えるようになっていた。

 始めは、自分は選ばれし存在なんだと思い込んでつけあがっていた。自分にしか使えない特別な力。これを使って将来何か大きなことを成し遂げたいというのが、五歳くらいの夢だったはずだ。そのときは毎日が楽しかったことを確かに覚えている。


 日に日に増して行くこの力に、父さんと母さんは苦労したって、それこそ耳がタコになるくらい言われた。無意識の状態になると力が暴走してしまうから、寝てたら部屋を散らかしてしまう。赤ん坊のころは意識があったとしても力を使ってしまうから、常に顔を抓られたりぶたれたりしていたらしい。それを悪かったとは思うが、素直に謝ることは最後までしなかった。



 そうやって育ててくれた親を、俺は殺してしまった。



 朝起きたら、二歳下の弟の首を絞めている真っ最中だった。それがさっきの夢の光景。ほんの一瞬の出来事なのに、あの時の光景が二度と頭から離れてくれない。認めたくはないけど、自分が殺したのだとはっきり理解している。



 ――――そして、この日を境に「限界」が無くなった。

 唐突に限界が見えなくなったのだ。普通人間が全力疾走をすれば、当然疲れとして体が鉛のように重くなり、同時に筋肉が悲鳴を上げるのも感じるはずだ。俺もこの日までは、あまり力を使いすぎると、頭の中をガンガンと誰かが叩くような感覚がしていた。その誰かが、この日より俺の頭から居なくなってしまったようだ。


 それから俺は二時間以上連続で睡眠をしないようにした。これ以上寝過ごしてしまうと「力」が暴走して辺りを破壊してしまうからだ。起きるたびに、弟が死んでいないか確認する生活を送った。

 慣れてしまえばなんてことないが、やはり目覚めはいつも悪い。起きるたびに心臓がぎゅっと握られたような感覚になる。


 親が死んでしまったから、俺は弟を養うために中卒で働いた。

 親戚が高校の金を出すと言ってくれたが、それだとなんだか罪悪感に押しつぶされそうになった。がむしゃらに働くことによって、罪を償えると勝手に思い込んでいた。今となってはただのエゴだった。無駄に弟に苦労を掛けてしまった。

 でももう、戻れない。


 皮肉にも自分には「念力」があったから、力仕事はそれなりに得意だった。だけどそこまで目立った行動はしなかった。せいぜい少しずるをするくらい。大道芸人で一発当てたりスポーツで頂点を取ったりすることも出来たかもしれない。武力に任せて世界征服だって夢ではなかったのかもしれない。

 だけど、しなかった。

 もう、何もしたくなかった。


 幸いにも弟は成績優秀だったから、俺の少ない給料でも奨学金と合わせて高校、大学まで卒業させてやれた。いや、「やれた」んじゃない。あいつが自分で「やった」んだ。俺は見ていただけ。そんで一流企業に就職し、美人な奥さんももらって、可愛い娘も授かった。それがマナカちゃん。可愛い我が姪っ子。

 彼女を誘拐する奴が現れて、あんな目に遭わせてしまった。



 ……そうか、殺したのか。俺、人間を。



 弟に助けを求められれば行かないわけにはいかない。加えて、監禁予測場所が自分の家の近くであるとニュースで報じられていた。だから俺はすぐに助けに行った。

 念力は、長年使い続けたのだから、手足のように使うことが出来る。そう、本当に手足のように使った。念力を広範囲に広げてあらゆる感覚を得た。建物の形、風の流れ……人間の体温。手探りをするように。その中で妙な感覚がした場所があの倉庫。車を使わず、人目につくことも気にせずに、念力で飛んでいった。


 だが、その誘拐犯は金目的ではなかった。

 「身体」だ。


 だから怒りのままに飛び出して、あんな結果になった。警察官から銃を盗んでいたとは聞いていたが、まさかこうもあっさりと撃ち殺されるとは。

 警察は呼んでおいたから後始末は大丈夫だろう。俺は不審死扱いかな。迷惑をかけてしまった。


 使えばよかったな、「念力」。

 すぐに使えば……殺しておけば、こんなことにはならなかったのに。

 人間には絶対に使うまいと決めていたことが、仇になった。



 ――――もういいだろ。

 俺の人生なんてこんなもんだ。

 ぱっと思い出せる記憶に、碌なものがない。

 ま、ともかく、何かが故意的に忘れさせられているということはなさそうだ。



「もういいだろ、神様。地獄でも天国でもどこでもいいから連れ出してくれないか? こんなところはもううんざりだ」



 ずいぶんと広い空間なのか、俺のつぶやきは虚空へ消えていった。

 ここにはどこにも光源が無いのに、なぜか床に敷き詰められた白いタイルだけは不気味に光り輝いてはっきり見える。



 ……。



 …………。



 ………………。



 狂ってしまいそうだった。全てが分からなくなってきた。

 俺がここへ来てから、何日が経った?

 俺は一体いつまで此処に居ればいいんだ?


 これは罰なのか?

 三人も殺めた、自分への罰なのか?


 畜生……こんな力さえ、



「こんな力さえ、無ければ……ッ!!」



 我武者羅に力を放った。

 何をするという訳でもなく、ただただ空間に力を込める。

 もっとだ。もっと、もっと……!



「……うぁあああああ!!」



 今までにないくらいの力を放出、集中する。


 空間に穴をあけてやる。

 そんな、馬鹿げていて非科学的なことをするために。





 ――――空間が僅かに避けて、眩い光が飛び出した。


 もっと力を入れる。大きく空間が裂ける……!





 やっといてあれだけど、マジかよ。



 何処につながっているのかもわからない、こじ開けた空間の裂け目。

 不安はあった。だけど、ずっとここにいるよりかはマシだと思った。



 だからそこに、飛び込んだ。

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