時の忘れな草
青葉日向
第1話 リアル忘れな草
『日本のどこかに、リアル忘れな草がある』
という記事を最近ネットで見つけた。
一度は馬鹿馬鹿しい都市伝説の類いだろうと切り捨てたが、どうやらそうでもないらしい。この記事は、作成された次の日に削除されており、記事を作成していた植物学者の柳俊造という人物はその日に逮捕されていた。
この記事を見たのは恐らく俺だけだろう。というのも、この記事の右上に人数カウンターのようなものが見受けられ、そこには"1"としかなかったからだ。
俺のように暇で、時間があればネットで植物を調べる程植物が好きな人間なんて他に居なかったのだろう。
…しかし、何故リアル忘れな草なる物の記事を作成しただけで逮捕されたのか…
問答無用で捕まったということは国が動いたということだ。だが国が動く程重要な案件だとは思えない。『リアル忘れな草』なんて聞いたって誰もが都市伝説として聞き流すだろ――
「おい、日下。授業中にスマホを触るな。授業に集中しろ」
そこまで考えたところで、日下蓮こと、蓮は現実に引き戻される。
「あ、はい」
――授業に集中しろって言われても無理だろ。こんな国家機密じみた記事があるってのに…
因みに、記事が削除されたにも関わらず蓮が見ることが出来るのは、単純にスマホでスクリーンショットしたからだ。以前から植物に関する記事を見つけるとスクリーンショットする癖があり、自分でも馬鹿馬鹿しいと思うものでも気づけば保存しているのだ。
適当に授業を聞き流していると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
――やっと終わった…だがまだ3時間も授業がある。こっそり例の記事を見るか…
と、次の授業の準備をしていると、隣から声がかかった。
「何してるの日下君。もう帰る時間よ?まだ授業するの?」
このクラスの学級委員長である
「は…?何言って…」
「だから、もう今日の授業は終わったの。蓮君休み時間も授業中もずっとスマホ眺めてたから皆不思議がってたよ?」
どうやら、例の記事について考えていたら既に1日過ぎていたらしい。
「…そうか」
と言って、蓮はのそのそと帰りの準備を始めた。1日中座っていたためか、体が鉛のように重い。
「あぁ、部長、今日は用事で休むから」
神田白奈は学級委員長であり、蓮の所属している植物研究部の部長でもあった。
「あらそう。じゃあ、明日と明後日の掃除当番は日下君がしてね」
――委員長のくせして押し付けがましい奴だな…
と、心の中で愚痴りつつ返事をする。
「別にいいけど…多分もう学校には来ないと思う…さようなら」
「…は?ちょ、ちょっと」
部長が間抜けな声を出し、こちらに詰め寄って来るが関係ない。部長を振り切って、蓮は外に出た。
いつも、何度も通った道が、今日は何故か不気味に見える。このまま行けば引き返す事は出来ないと言われているような気がした。
「…上等だ」
そう呟いて、蓮は家に続く道を歩き出した。
* * *
「とは言ったものの…」
家に着いた蓮は、いつものように自室に籠ってパソコンと向き合う。
「その忘れな草が何処にあるのかも分からんし…記事に書かれていたのはリアル忘れな草があるっていうことだけだし…かと言って無鉄砲に探し回るのも効率が悪いし下手したら一生見つからない」
現在、蓮はリアル忘れな草の捜索方法に頭を悩ませていた。
「取り敢えず、普通の忘れな草について調べてみるか…」
そして、パソコンでインターネット開き、入力バーに『忘れな草』と打つ。
「…ふ~む…まぁ、知ってることばっかりだわな…」
大の植物好きである蓮は既に忘れな草について調べていたのだった。そこで、少し角度を変えて検索してみる事にした。
「…花言葉は…真実の愛…私を忘れないで…うん。全然分からん」
少しロマンチックだな、と思いつつさらに検索をする。
そして、一通り調べ終わると深い溜め息を吐き、椅子の背もたれに深くもたれる。伸びをしたとき特有の浮遊感と倦怠感が襲うが、次の瞬間には霧散する。
「…インターネットだけでは限界がある。町の図書館にでも行ってくるか…」
自室を出て、玄関に向かおうとした蓮だが、
「…あ、そうだ」
帰宅途中、少し肌寒かったので薄手のコートを着て、家を出た。
* * *
「忘れな草に関係する本って結構あるもんなんだなぁ…」
図書館へと向かった蓮は、植物関係の本が置かれている場所に居た。
そして、ある本の題名に目を引かれる。
「『伝説の忘れな草』…?」
そう呟きながらその本を手に取る。
「題名が大仰な割には…薄い本だな…」
作者名は書かれておらず、本の色もくすんでいる事から、とても古い本である事が窺える。
その本を開くと何かの伝承だろうか、こう書かれていた。
「『汝望めば扉は開かれる。汝欲すればそれは現れる。二人の意志が繋がりし時、それは現在と未来を繋ぐ鍵となる』…か。どこが忘れな草と関係があるんだよ…」
そう疑問を口にしつつ、次のページを捲る。
が、そこには何も書かれておらず、その次のページを捲っても同じだった。
「どういうことだ?この本にはあの意味の分からない伝承だけしか…ん?」
最後のページまで達したところで、蓮の手が止まる。
――これは…
そこには、伝説の忘れな草かと思われる挿し絵が描かれてあった。
「挿し絵があっただけマシか…他の本もリアル忘れな草とは関係なさそうだし…取り敢えずこの本を借りて帰るか」
そして、本を手に取り、眠そうにしている係員へと持っていく。
「あの、この本を借りたいのですが…」
「…あぁ、はいはい。ちょっと待ってね…」
係員が手続きを終えるのを蓮は待つが、係員の顔が眠そうな表情から徐々に怪訝な表情へと変わっていく。
「君?この本はうちの図書館の本じゃないよ。もしかして自分の家から持ってきた本かい?駄目じゃないか、自分の本をここに持ってきたら」
「…え?いや、ちが――」
「はいはい。またのご利用を待ってます」
そうして、蓮は図書館から追い出されてしまった。
* * *
――どういうことだ?この本は確かに図書館にあった本だ…誰かが置いていったのか…?だとしたら、昔リアル忘れな草を見つけた者が残した本…?
家に着き、再び自室に籠った蓮。
「いや、逸るな。まだ情報は不確定だ」
どうしても結論を急いでしまう自分を落ち着けて、思案する。
――誰かが遊び半分に書いて置いていった?いや、ならあの最後の挿し絵は…?
すると不意に、点けていなかったはずの部屋の照明が明滅する。
「…何だ…?」
そして、突如、脳内に何かが侵入してきたかと思うと、蓮は耐え難い激痛に椅子から転げ落ち、床の上をのたうち回った。
「う…!ぐううううぅぅううあああ!」
だが、激痛を伴う永遠にも思われた時間は、張りつめた糸がぷっつりと切れたかのように、終わりを迎える。
「…ぜぇ…!はぁ…はぁ…!!」
ゆっくりと、床から体を起こした蓮は、身体中に汗をかいていた。
だが、それは、先程の激痛によるものでは無かった。頭の中にあるのは、誰のとも知れない未来の記憶。それは、人の手が介入する余地のない、あまりにも大きく、凄惨なもので――
「今すぐ…旅に出よう…」
一瞬で、蓮にそう思わせる程の重大さを秘めていた――
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