26話 ソニック 音速の白き虎
「さぁ、元の姿に戻りなさいな。そのトカゲみたいな面じゃ悔しがる表情が見えないでしょう?」
龍二達の集いの場であった地下研究室に招かれざる客、ピクシーが現れる。ピクシーはポルターガイストの能力を使い、ナイフを愛の喉元まで持って来て人質を取ったのだ。
「どうしてここがわかった」
ここは従うしかないと、青龍の姿が人に変わり、歯を食いしばりながらピクシーを睨み付ける龍二の表情が見えてくる。
「だってここは私の生まれた家だもの、場所なんて知ってて当然でしょう? エレベーターもこの体なら運んでくれる。あなたなら身をもって知ってるでしょう?」
妖しい笑みを浮かながら見下して来るピクシー。
「運は私に味方したのねぇ、私しか知らないこの家に、ユニコーンの仇が居るんだもの!」
人差し指と艶めかしく上下に動かすと、それと連動して愛に突き付けられたナイフも小刻みに動く。愛の表情がその度に歪み、龍二はそれを見ているしかない状況に怒りが溜まっていく。
「最愛の人が目の前で殺されそうなのはどんな気持ちかしら? そうそう、その顔が見たかったのよ! どんな顔か見せてあげましょうか?」
手鏡を龍二の顔の前に差し出して自分の表情を観察させる。そこに写った表情は、自分が思っているよりも憎悪に満ちていた。
「アハハハハ! 可笑しいでしょう? 滑稽でしょう? でも面白くなるのはまだこれからなのよ!」
突然持っていた手鏡を床に叩き付け粉々に割ると、床に散らばった破片が超高速で龍二の体に全て突き刺さり、苦痛に食いしばり耐える龍二。どれだけいたぶられても愛の為に耐え続ける。
「足りない、まったく足りない! ユニコーンが受けた痛みに比べたらこんなの全然足りないの! 待っててねユニコーン。今最大の痛みと苦しみを与えてから殺してあげるから!」
ピクシーは龍二を殴り倒し、頭を踏みつけながら高笑いを続ける。最愛の人を亡くされた事を、仇とその最愛の人を傷つける事で復讐する暴挙。その光景を見ているだけしか出来ないのかと、里美と七恵は悔しくてたまらなかった。だが感情のままに動いたとしても、それこそ二人の命を危険に晒す。そんな二人を焚きつけたのは、まさに虎視眈々とチャンスを狙っていた虎白。
「先輩方、私がアイツに仕掛けますからナイフの方は任せていいですか」
「で、でもそれじゃ愛ちゃんが……」
この事態を打開する一計を案じる虎白。仇である龍二に相手が夢中になっている内に、こちらがタイミングを合わせさえすれば、愛を助ける事は不可能ではないだろう。だが、不可能ではないだけで成功する根拠はない。失敗すれば愛の命は無くなるだろう。そう思うと七恵も里美も踏ん切りがつかない。
「だからと言って、アイツが従っていれば生きて帰してくれると思いますか? 美倉先輩からなら距離、近いですよね。私が動いたら同時にお願いします」
ピクシーに気づかれないよう小声で会話する三人。結局の所結論は出なかったが、ピクシーの視線がこちらに向いたのに気づくと、会話は中断される。
「ところで、そこの仔猫ちゃんが聞いてた新しい子ね? 随分可愛いじゃない」
ピクシーは依然と無抵抗の龍二を踏みつけたままこちらに視線を向ける。
「聞いてた……? なら、私に何したか知ってるんですか!?」
「それはもちろん。でも教えて欲しいなら――」
焦らすようにゆっくりとした口調で言葉を続ける。
「私達の元に来なさいな。そうしたら考えてあげても良いけど? ホントは皆殺しにしてもいいのに、殺さないどころか仲間になって良いって言ってるのよ? 知りたくないのぉ? あなたの身に何が起こったのか」
虎白に動揺が走る。確かに人質を取られ頼みの綱の龍二が戦う事が出来ない以上。この状況は圧倒的な不利と言えるだろう。自分の命だけを考えればそちらの方が賢い選択とも言えるかもしれない。一度助けて貰った恩があるとはいえ、愛や龍二達を助ける義理は無い。
「私の命は保証してくれるの……?」
「もちろんよ。もうあなたは人間じゃないの。なら人間の味方をする方がおかしいと思わない? 私たちは選ばれた新人類、古い人間を支配し管理する! あなたも、そんな存在になってみたくはない?」
その言葉を聞いた虎白の口角が上がる。
「へぇそれはいいですね。この世の中、悪い奴やムカつく人間、気に入らない事ばかりです。正直人間なんて一度痛い目を見るべきなのかもしれません。でも――」
一旦息を吸って深呼吸、今から行う行動の為に準備を完了すると、まっすぐな視線でピクシーを睨み付ける!
「アンタのような卑怯者は、もっと気に入らない!」
白虎の足が地面を蹴る。その力をエネルギーにして一気に急加速。相手が反応できないほどの速さで接近し、首元を掴んだ。
「ぐっ……薄情者が!」
懐に潜り込まれ、形勢が逆転しても、その笑みは止まる事が無い。人質が居ても攻撃をしてくるならば、もはや価値は無い。ナイフを愛の首に突き立てようと、人差し指を動かした。勢いをつけるために一旦愛の首からナイフが離れると、弧を描くように愛の首に吸い込まれる。
「愛ちゃん!」
覚悟が決まっていた訳ではない。でも時間は進む、やらればいけない時は訪れる。ここで怖気づいて止まっていてはいけないと、七恵は愛の命を狙うナイフに手を伸ばした。柄の部分を掴めていたら良かったのだが、緊急時にそんなことはかまっていられない。愛の命さえ助かればそれでいい!
七恵以外は誰も触っていないはずなのに、刃が手のひらに食い込んでいく。痛みがじんわりと広がって冷汗が流れた。だがこの手を今は離すわけには行かない。一度離せばこの刃は今この場に居る人間を切り裂き命を奪うだろう。そんな事はさせない、この手に命が懸かっている。
「もう離して大丈夫、七恵!」
少し離れた位置にいた里美が柄の部分をしっかりと握ると七恵に合図を出す。その声を聞くと七恵もナイフから手を放した。手のひらから血が流れ落ちる。
「チッ、小癪な!」
ここに来て、今まで崩れる事の無かったピクシーの笑みが消え失せる。狡猾な罠は、七恵の勇気によって今ここに崩れ去った。
「人質なんて取る小悪党の運命は、最初から決まってるのよ!」
虎白は首を掴んだまま、左手でピクシーの腹に爪を深く突き刺す。赤い鮮血が溢れ出し、白き爪を深紅に染め上げた。これだけでも致命的な傷を負わせることに成功しているのだが、その手が止むことは無い。二度三度と何度も爪を突き刺す。腹部だけでなく、口からも血を吐き始め、その血も床を染めるだろうと思っていたその時。
「何よこれ、見えないっ!」
飛び上がった血液が虎白の目に入り込むことで、視界を奪い、そして怯ませた。そこでできた一瞬の隙を突き、ピクシーが手から逃れる。小さな羽を必死に震わせて、逃げ出していく。ポルターガイストの能力で血液を飛ばしたのだ。
「逃がすかぁ!」
顔にべったりと付いた血を拭って、手負いの獲物の追跡を始める。白虎のスピードは朱雀や他のベルゼリアンと比べ群を抜いていた。長い廊下の中を脱兎のごとく逃げる相手を、ひたすらに追い続ける。二人の距離は少しずつ近づいていく。このままならいずれ追いつけるはずだと高速で走りながらも、虎白は余裕の笑みを浮かべていた。その上に追手にとって良き状況が舞い込んでくる。いくら長い廊下と言えど、終わりが無いわけではない、行き止まりだ。正確にはエレベーターが設置されているのだが、壊れていて使えないと先ほど聞いていた。
しかしピクシーは逃げる事を諦めない。故障しているエレベーターの扉を能力で無理矢理こじ開けて乗り込み、さらに籠を浮かせ、地上への脱出手段を手に入れた。だが虎白も諦めない、ピクシーとは違い、力技で扉をこじ開けると、壁に爪を食いこませて一歩ずつ確実に登っていく。
「逃がさない、絶対に殺してやる。確実に!」
最早執念。地上までのかなりの高さを爪だけを使って登り詰め、籠の床を破壊、更に扉をこじ開けて地上へ上がってきた。だが、相手は白虎と違い空が飛べる。地上に出た時点で逃走は完了していた。息を荒くして空を探すも、何処に行ったのか見当もつかなくなっていた。
逃げられた。そう思って体の力を抜く。これからどうやって戻った物か、ここのエレベーターは今しがたボロボロにしてしまったし、龍二達が普段利用していると聞いた方も場所がわからない。連絡先も好感していないし、今日は一旦家に帰った方が良いか。
そんな事を考えていた途端、視界が揺らぐ。空がぼやけて見えて、頭痛とめまいが頭を支配した。無理が祟ったのだろう。この体になって驚異的な回復力を手に入れたとはいえ、数時間前までは瀕死の重体だったのだ。その上全速力で走って登ってをしていては、体力を消耗したのもうなづける。そして気が緩んだ途端に今までの無理のツケを払わねばならないのだ。地面に顔から倒れるのは嫌だなと薄れる意識の中で思いながら、近くの木に寄りかかる。時刻は夕方、いまだに暑いが昼の時ほどではない、森林浴などしたことは無いが、ちょうどいい天気なのではないかなどと思っている間に、意識が完全に消えた。
血が止まらない。いつまでもいつまでも溢れて、生暖かいねっとりとした感覚を傷口を押さえる手に与えてくる。ピクシーは寒気に堪えながら、顔を真っ青にしてベルゼリアンが集まっている廃工場へ命からがら飛行した。中にコートの男が居るのを確認すると、崩れ落ちるように着陸する。
「た、助けて……血が……血が! このまま死ぬのは嫌!」
必死の形相で助けを求めるピクシー、だが男は特段焦る様子もなく眺めている。
「随分こっ酷くやられたもんだね。この傷は……青龍? それとも新入りの虎ちゃんかな?」
「そんなのどうだっていいでしょう!? 助けてよ! まだ私は死にたくないの!」
ピクシーが何食わぬ様子の男を見て怒り出す。血に濡れた手で男の腕を掴んだが、すぐに振り払われてしまった。血を床にまき散らしながら転がっていく。
「汚い手で触るなよ、血が付いちゃうじゃないか。しかし残念だなぁ、僕は君の気が強い所が好きだったのに、正直今の君は……無様、そうとしか言いようがないね」
うずくまるピクシーに男が一歩ずつ近づいていく。傍まで寄ると、しゃがみ込んで青ざめて冷たい頬に、指を滑らせた。顔を耳元まで近づけて、甘い声でそっと囁く。
「前みたいに、強くて美しい君に僕が変えてあげよう。さぁ目を瞑って」
そう言ってほほ笑むと、口元に二本の長い牙が見え隠れした。首筋に口を当て、ゆっくりとその牙を肌に食い込ませていく。血が口の中に充満する。
気を付けなければいけないとわかっていたはずなのに、遂に、こいつに血を吸われる事を許してしまった。だが、気づいた時にはもう体が動かなかった。首筋から頭、そこから全身へスーッと快感が流れるように気持ちいい。瞼が蕩けるように下がっている。口がだらしなく開いて涎が垂れる。気持ちがいい。こんな事なら最初からこいつに全てを委ねていれば……いや、それがこの『ドラキュラ』の能力であり狙いなんだ。ここで屈してしまったら―――いや、そんな事どうでもいいか。
「おはよう、我が眷属。新しい自分になれた気分はどうかな?」
虚ろな瞳でその場に佇むピクシーだった物に、話しかけるドラキュラ。だがもう痛みに苦しむ様子も無ければ、周囲の声も聞こえていない。
「ははは。もう何にも聞こえて無いか。じゃあ早速君の本当の強さ、見せて貰おうかな?」
暗闇の中で、また一つ野望の影が生まれていた。
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