25話 トラップ 再来の妖精

「……ん、ここは……?」


 裏山での戦いの後、意識を失っていた虎白が見知らぬ部屋のベッドで目覚める。辺りを見回した後、近くの椅子に座っている龍二を見つけて身構えた。


「気が付いたか、安心しろ。そちらが手を出さない限りは危害を加えるつもりはない」


 その言葉を聞いても警戒を解かない虎白。だが向こうも積極的に危害を加えてくるわけではないとわかると、気にせず龍二は話を続けた。


「そうだな、まずはこちらが何者か話そうか、俺は青木 龍二。そちらと同じ豊金高校の生徒だ。虎の怪物に襲われている所を助けさせてもらった」


「助けた……? そうかあの時の龍の人……」


 気を失う前に見た龍人の姿を思い出す。自分が白虎の姿に変わったように、彼も龍の姿に変われるのだろうかと推測をした。


「助けて貰った事は素直に礼を言います……ありがとうございました。でも私だって何が何だかわからないし……正直不安です」


「言いたくない事は言わなくても良い、だが俺にも知りたい事がある。離せる範囲で答えてくれないか」


 龍二が相手の表情が警戒から不安の色に変わっている事に気づく、どうやら一触触発にはならなそうだ。


「まず、なぜあの場で戦っていたのかを教えてほしい」


 龍二が相手を刺激しないようになるべく穏やかな口調で質問を始める。


「……私、今日は部活の事で少し学校に用事が有って、それで帰ろうとしたら、急にあの虎の怪物に襲われたんです」


「そして君はあの怪物と争った……君は何故あの姿に変われるんだ?」


「わかりません。大きなクモが街を襲った話、ありましたよね? あの時私、変な男の人に何かされたみたいで……それから、私あんなのになるようになって……教えてください! あれは何なんですか!? 私に何をしたんですか!?」


「落ち着いてくれ! 俺も怪物の事や自分が何故このような力を持って居るか知るために戦っている。残念だが君の望む情報は、こちらも知りたい事なんだ」


 突然感情的になる虎白を龍二が落ち着かせようとする。何か知っているのではないかと思った当ては外れ、どうやらこの少女は何も情報を持って居ないようだ。どちらもお互いの知りたい事を知らず、イラつきと緊張が部屋に漂っている。お互いその場から動かず、口も開かずに続く沈黙、それを破ったのは静かに開く自動ドアの音だった。


「はじめまして! 私は遠藤 愛! 気軽に愛ちゃんって呼んでね! あなたの名前は?」


 ドアの音とは対照的に、うるさい奴が入り込んできた。愛は初対面の人間とは第一印象が大事だと、いつも以上に満開な笑顔で入室し、虎白の手を取る。真面目な空間に突然の能天気襲来で、当然のことながら呆気に取られる虎白。


「えっと……なんですかこの人」


「……俺と共に戦ってくれる仲間だ。もっとも、俺たちと違って姿は変えれないが」


 虎白と龍二が困惑の表情を見せる間もずっと愛スマイルで虎白を見つめている。どうしたものかと思っていると、遅れて里美と七恵も部屋にやってきた。


「ごめん龍二! どうしても友達になるって聞かくってさ、愛だけ残して帰るわけにもいかないし……ほら、帰るよ愛!」


 里美が愛の背中を引っ張って退出しようとするも、愛は手を離さない。


「いや、出て行かなくて良い。彼女は危険な者ではないだろう」


 愛達が帰って居ないのは不服であったが、正直沈黙には参って居た龍二は、愛達に後を任せようと肩の力を抜いた。


「ねぇお名前は? こちらは井ノ瀬 里美ちゃんと美倉 七恵ちゃん! みんな豊金の二年生!」


 知らない人間に名前を明かす事に抵抗を感じていた虎白だが、同じ高校なら調べられるのも時間の問題だろうと思い立つ。それにこの馬鹿は馬鹿だが悪い人ではないだろう。


「えっと、一年の朝霧 虎白って言います。よろしくお願いします。先輩方」


 虎白が自己紹介すると、やっと言葉を返してくれたと愛が歓喜の声を漏らす。


「一年!? いやー、ついにうちの部活にも後輩が出来たよ!」


「いや愛、部活じゃ無いし」


「龍二君のサポートをしてる、さしずめヒーロー部って感じかな?愛ちゃん」


「おっ、いいねぇナナちゃん! それ採用!」


 初めての人間が居ても、御構い無しのいつものヒーロー部節を披露する三人。他の二人はまともな方だと思っていたが、虎白はなんとなくこのノリには付いて行けてない。


「あの……もう一回質問いいです?」


「なんだ」


 盛り上がる三人をよそに、虎白が龍二に問いかける。


「この人たち、なんなんです?」


「……困惑する気持ちもわかるが、愉快な奴らだ」




「へぇ、ベルゼリアンって言うんですか。ニュースとかでは特殊生物って言われてますけど」


 一時は瀕死の状態であった虎白だが、人間離れした強靭な回復力によってすぐにベッドから抜け出し、広い部屋で菓子や飲み物を飲みながら情報交換を行うことになった。情報交換と言っても虎白の知っている事はほぼ無いため、ベルゼリアンについて今わかっていることや、朱雀や玄武の存在を一方的に龍二たちが教えている。


「ああ、紅神家がスポンサーとなっていた、体の弱い人間の体力や免疫力を上げるためのプロジェクトがいつしか怪物を作り出す物になっていたらしい」


「私も……そのベルゼリアンになっちゃったって事なんですかね」


 自らが異形の化け物に変わった事は、すぐに受け入れられるものではない。


「後天的になったケースは特別だろうがな。だが同じ力を持っていようと、奴らと俺たちには決定的な違いがある。俺達は人間を食べない。」


「人を……食べるですか。そんなの、想像したくも無いです」


 ベルゼリアンにとって必要な食事、それをなぜ龍二たちは必要としないのか。人に仇名す者と自分たちの違いも判らないまま、龍二は戦い続けている。


「私は……こんな状況じゃ戦えませんよ。今は警察だって対処してくれるのに、死ぬかもしれない事をどうしてやれるんです?」


「確かに、今は俺自身が戦う意味は薄れてきているのかもしれない。だが、俺には自分の手で守りたい物がある」


 それは何かを、虎白は問いかける。龍二はマグカップの中の麦茶を飲み干すと、それに答えた。


「俺を支えてくれる仲間、そして共に過ごす日常だ。それは誰の手にも任せられない」


「随分臭いセリフを言うんですね。私は私の命の為にしか、あの力を使う気は起きないですよ」


  龍二にとっては本心を言っただけなのだが、それを臭いセリフとあしらわれてしまった。虎白には龍二の気持ちは理解できるものではなかったが、だからといって龍二も反論するわけではない。


「それでいい、力がある事と、戦う事はイコールではない。俺はただやりたいからやっているだけだ」


「そう言われると何も言えませんね、新参者の私があれこれ言うのもおかしな話ですし」


 これ以上こじれても仕方がないと虎白も一旦引き下がる。一息つこうと紅茶の入ったカップに手を伸ばそうとしたが、手を滑らせたのか、カップが床に落ちて割れてしまう。


「あっ、すみません! カップ割っちゃい――きゃあ!」


 カップを落とし、机の下を確認しようと身を屈めた虎白が突然の悲鳴を上げながら尻もちをついた。その頬には切り傷が刻まれ、赤い血が一滴流れる。


「何よこれ、急に破片が飛んできて……」


 今起きている事が理解できていなかった。バラバラに砕け散ったカップの破片の一つが明らかにこちらの喉元を狙って床から飛んできたのだ。物が急に動き出すなど、こんなことがあり得るはずがない。


「急に飛んできてって、そんな……危ない!」


 里美も何を言っているのかわからないと言った様子だったが、次の瞬間にその意味を知る事となる。破片が何個もその場に浮き上がり虎白達を狙って飛んでいる。


「敵の攻撃……この能力は奴か! 俺の後ろに隠れろ!」


 動くはずの無い物が自由に空を動き回る。龍二にはその光景に見覚えがあった。前に愛に重傷を負わせた敵、ユニコーン。その隣にいた女性のベルゼリアン、ピクシーがポルタ―ガイスト現象を起こす能力を持って居たはずだ。龍二と咄嗟に姿を青龍に変え、他の三人の前に立ち庇おうとするが、それでも自由自在に動く破片からは完全には守り切れない。


「クッ! 部屋を出るぞ!」


 庇いながら全員で部屋を出る。奴が本当に能力を使い襲ってきているなら、近くに居るはずだ。同じく姿を変えた虎白が何とか破片を払いのけ、全ての破片を部屋に入れたまま全員で脱出することに成功し、危機は去ったかと肩の力を抜く。だが、その瞬間に二度目の危機が訪れる。


「りゅ、龍二くん……」


 不安そうな声を聴き、その方向を振り向いてみると、独りでに宙を浮いているナイフが愛の喉元に押さえつけられていた。それを払いのけようと龍二が近づこうとすると、廊下の向こうから、動くなと声が聞こえてくる。愛の命が握られている以上、それに従うしか無かった。


「お久しぶりね、『欠陥品』さん? さて、古典的なセリフだけど、言わせてもらおうかしら。動くな、動くとこの女の命は無いぞ」


「ここで待ち構えていたか……!」


 部屋で騒ぎを起こし、この廊下に出てきた隙に人質を取る。ピクシーが仕掛けた簡単な策に、見事に嵌まってしまった。愛を人質に取られた事で龍二は動揺する。この状況では奴の思うがままだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る