21話 サーチ 思い浮かぶ顔は

 アクシデントがあったデートの数日後。夏休みには毎日研究所に集まっていた愛達だったが、今日は皆そんな気になれずに自宅にいた。里美は見失った愛を探している間に騒動に巻き込まれた後、朱里に連絡を取ってその後も愛を探し続けていると、ボロボロになり、泣き続けながら何かを抱えてしゃがみ込む愛に遭遇した。そんな姿に秘密の追跡をしていたのも忘れて思わず傍に駆け寄る里美。それに気づいた愛が泣いてぐちゃぐちゃになった顔をこちらに向ける。


「サトミン、プレゼント……プレゼントが!」


 両手に大事に抱えていたのは、穴が開き、引き裂かれて土や靴の跡などで汚れきった大切な龍二からもらったプレゼントであった。


「どうしよう、初めて……始めて貰ったプレゼントなのに!」


 そう言って泣き叫ぶ愛を、その時の里美はただ抱きしめる事しか出来なかった。今もあの時の泣き顔が頭から離れることが無い里美は、スマートフォンでネットニュースを眺める。その内容は街に突然現れた怪物と謎の自称救世主――つまり龍二と朱里がベルゼリアンと戦った事に関するニュースで持ちきりだった。


 突如としてその存在が知られることになった人喰らう怪物。それに対して戦うと宣言している者も、正体を明かさず完全に頼れるものなのか定かではない。これからも怪物は現れるのか、今までわからなかったあの事件の真相や行方不明者も怪物の仕業なのか……混乱する世間に対して手を打ったのは、警察であった。


 まず警察はニュースで話題になっている怪物の、その存在についてを認める事を宣言した。未だに良くできたフェイクなのではとの疑いを完全に否定し、今までに被害者が居る可能性も認め、このような事態になるまでに存在を把握できなかったことを謝罪した。問題はこれから警察が未確認の怪物に対しどのように対応していくのかであった。まず、怪物を特殊生物と称し、その特殊生物を駆除する事を専門とした特殊生物駆除課を設立することを宣言、駆除だけを目的とすることで通常よりも強力な火器を使う事を許されていて、中でもひと際の特徴は……本来テロ対策用に作られていたが、あまりの強力さに採用が見送りになった対特殊生物鎮圧用スーツ、『玄武』を使用する事であった。


 警察の素早い対応策の提示により、世間の混乱は多少の緩和がされた。警察がこのような強力な装備を持って良いのかなどの議論も勃発したが、まともな怪物に対抗する手段が玄武しかない以上、市民の期待を一心に背負う形となる。


 だが里美達としてはあまり良い気持ちでは無かった。市民の殆どが玄武を支持する反面、龍二や朱里に対する不信が大きくなったからだ、特に人の姿をしていない龍二に対しては世間の目は冷たい。警察も今の時点では人に害をなしていないが、調査の対象であり、場合によっては拘束などの手段を持って市民の不安を解消するとコメントを残し、もし戦いの場で出会ったとしても標的にされるのが目に見えていたからだ。


 動き出す世の中、だがそれに対して龍二も、そして里美達も無力である。ただ今までのように正体を隠して戦い続けるだけ……それならば、今考えねばならないのは他の事。里美の脳裏にもう一度あの愛の泣き顔が浮かぶ。ニュースを見つつショッピングサイトも覗いていた里美がベッドから起き上がる。ネットに無いならば虱潰しに服屋を回るまでだ、龍二が買った愛へのプレゼントと同じものを探してやろう。そう思って意を決して家から出た。




 まず里美が向かったのは愛と龍二がデートしていた、ベルゼリアンの被害も受けたあの街。被害自体は蜘蛛の糸も完全に除去され、見た目は元通りではあるが騒ぎの有った場所と言うマイナスイメージはまだ払拭できておらず、人通りは以前より少なくなっている。プレゼントを買った店はデートを尾行していた里美なら把握している。あの店に行けば同じ服がもう一着あるのではと考えていた。しかしその考えは外れる事になる。あの服はマネキンに着せられていた一点限りでもう店に在庫は無いと言われてしまったのだ。すぐに目的の物だけを買って帰ろうと思っていた里美だったが、こうなればとことん探してやろうと周りの店も探すが、それでも見つからない。


「絶対見つけてやるんだから……!」


 最早意地である。里美は電車に乗り込むと更に遠くの栄えた街へと足を運ぶことにした。真夏の冷房が効いた車両の中で汗を拭う。田舎の豊金からは移動費も高くなってきたが、それでも里美は親友兼幼馴染の為に行動を止めない。




「……これ、迷ったなぁ」


 スマホの地図アプリと辺りの景色を交互に見比べるも、あまりの道の多さに迷ってしまった。豊金とは違う人の数、天高くそびえるビルの数々に、今まであまり都会に遊びに来ない里美は四苦八苦の最中だ。炎天下の中で余りにも迷いに迷い続け、唸るような声を出していると。背後から急に話しかけられた。


「道に迷ってらっしゃるのかな?」


 背後から男性の声、いきなりの事で驚いたものの、振り向くとそこには警察の制服を着た男が居て、少しは安心できた。


「あ、驚かせちゃったかな、僕はこう言う者。ここらをいつもパトロールしててね、道案内ならお手の物だよ」


 そう言って警察手帳を見せる男。そこには警部補 武藤 宗玄(むとう そうげん)と書かれていた。


「じゃあ、このお店まで案内お願いできますか?」


「ここかぁ、入り組んでてわかりづらいよね。それじゃあついてきて」


 言われる通りについて行く里美、都会の人間は冷たいなどと勝手に思って居たが、心優しい人に偶然会えて良かったと思いながら歩き続けるのであった。




「へぇ、お友達とボーイフレンドの為に一日色んなとこ回ってたんだ。井ノ瀬さんは優しいんだね」


「いえ、そんな……あんな泣いてる顔見せられたら、何もしないほうが気持ち悪いって言うか、モヤモヤするって言うか、それだけですよ」


 案内をされている最中、雑談をする二人。宗玄の自然体の優しさに何故か心を許してしまい、思わず色々と話してしまう。こうも信頼してしまうのは警察官だからなのか、それとも宗玄の性格からなのか、理由はわからないがどこか頼れる存在だと認識していた。


「それが優しいって言うんだよ、親しい人の為でも、そこまでする人は中々居ないと思うよ。……ちょっと失礼。はい、はい……了解しました」


 案内している最中、宋玄はしきりに無線を使ってどこかと連絡を取り合っていた。ここらで何かあったのかと里美が質問をしても、これほど人が居れば色々起こるものだと内容までは教えてはくれない。一般人に色々と教える訳には行かない事はわかっていても、もしかするとここらは治安が悪いのかと不安にならざるを得なかった。


「最近、新しい仕事をさせてもらえることになって、まぁ僕も忙しいんだよ。警察が忙しいってなれば市民は不安になるのも当たり前か、でも僕らは市民の安全のために必死だし、大事になる前に解決しようとか色々頑張ってるから。とりあえずここで買い物終わったらこの街を楽しんでってよ。次はお友達も一緒にね」


話している内に目的の店に二人はたどり着く。里美はありがとうございましたと礼をすると宗玄が手を振ってどこかに歩いていく。親切な警部補と別れ、目当ての服が無いか探し出した。




「あっ……これかな。多分」


 宗玄に案内された店で、やっと目当ての服をショーウィンドウ越しに見つけた。似ている服を間違えて買う事が無いように、ボロボロになった元のプレゼントの写真やネットで調べた画像と見比べてこれが目当てだと確信すると、一人だと言うのについ声を上げてしまった。だが一日中探し回った苦労が報われたとなれば無理もないだろう。だが事態はまだ里美に苦労を強いるらしい。早速購入をしようとした里美だったが、その耳に劈くような悲鳴が飛び込んでくる。そこらで痴話喧嘩でも始まっただけなら良いのだが、なんだか嫌な予感がする。そしてその予感は次に聞こえた言葉から確信に変わった。


「出たぞー! 化け物だ!」


 周囲に危険を知らせるように叫ぶ男の声。化け物……つまりまたベルゼリアンが街中に出たという事なのか。


「出かけたらいつも遭遇するんだけど、なんなのこれ……最悪」


 お目当ての商品を目の前に、一時退散を余儀なくされてしまった。ここまで来てこんな結果になるのは悔しくて仕方がないが、化け物相手に対抗する事が出来ない以上逃げるしかない。一日中探し回った服に背を向けて安全な所まで移動しようと走り出す。里美の災難はまだ続くようだ。

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