16話 プロミス 二人で一緒に

「やっほー、みんないるー?」


 豊金高校の裏山、その地下研究所に愛がいつもの調子でやってきた。時期は夏休みの真っ最中、愛たちは特別なイベントがない普段も、この研究所に集まってはダラダラと暇を潰す日々を過ごしていた。


「今は俺だけだ」


 研究所に残された少ない資料をエアコンの効いている大きな部屋に持って来て、机の上で整理している龍二の姿が愛の目に入る。普段は愛が一番遅く来るのに、里美も七恵も居ないなど珍しいと思いながら愛も席に着いた。


「二人は用事でもあるのかなぁ?」


「いや、聞いていないな」


 愛はスマートフォンをポケットから取り出し、通知が来ていないかチェックする。着信履歴やアプリにも何もなし。だが集合時間を決めているわけでも無く、自主的に集まっているだけなので気長に待つかとゲームでも開こうとしたところ、龍二が突然口を開く。


「その……花火の時は本当にすまなかった! あの時ベルゼリアンが出現したのは言ったと思うが、その時現れた奴は防御が――」


 龍二が頭を下げて愛に謝罪する。あまりの勢いに額が机に激突するも、かまわず二度三度と頭をぶつけ続ける。


「あー! またそれ!? 何度も聞いたから謝る必要ないしさ!」


 愛もそれを止めようと椅子から飛び上がるも、それでも龍二は謝罪を止めようとしない。


「だがあの時は泣きながら、『私より胸が大きくてフェロモンムンムンのミニスカメイドの方が良いんだ!』と叫んでいたと……」


「そんな尾ひれどこで付いたのさ! 言ってないし、もう怒っても無いって!」


「……本当に怒ってないのか?」


 龍二が真っ赤になった額をこちらに向けて問いかける。


「怒ってないってばー!」


 あの夏祭りの日から、龍二と愛はいつもこのような謝罪と制止の繰り返しである。何をされてもすぐに許してしまう愛と違って龍二はずっと気にしているようで、愛を見つけるとすぐに謝り始める。


「……いや、ちょっと待って。怒ってることにして良い?」


 いつもならばこの辺で里美が言い合う二人を止めるところなのだが、今日はその里美がいない。止める人がいないせいでどこまでも続く言い合いの中、突然愛が変わったことを言い出した。


「怒ってるのか、怒ってないのかどっちなんだ!?」



「じゃあめちゃくちゃ怒ってる! これは一つおねがい聞いて貰わないと許してあげれないなあ」


 薄ら笑いを浮かべつつ、龍二に何か要求するつもりらしい愛。無茶振りをする時はいつもこのような流れだと、龍二は嫌な予感がした。


「な、なにを願うつもりなんだ……」


「そんな変なことはお願いしないって……えっとね? その……今度さ、街行かない? 服買いに行きたいんだ」


 愛は所々言葉を詰まらせ、モジモジと体をくねらせながら龍二を誘う。


「服となると、確かに電車を使って栄えている方に出た方が良いな」


 龍二は拍子抜けしていた。この前の名前で呼べ、のようなどんな小恥ずかしい事を言われるかと身構えていたのだが、また皆で出かけるくらいならばどうと言うこともない。


「なら二人にも連絡を入れておこう」


「いや、待って。二人には連絡をしないでいいよ」


 そう言ってスマートフォンを取り出そうとする龍二を止める愛。何故他の二人に連絡をしなくて良いのだろうかその理由が龍二にはわからない。既に連絡を入れているからだろうか?龍二がはっきりと状況を飲みこめていないのだと気づいた愛が意を決して口を開いた。


「その……私達二人だけで行こ?」


 恥ずかしそうに上目遣いで、龍二に熱視線を送る愛。龍二が鈍感なことぐらいはわかっているので少しヒントを出してみる。二人だけで遊びに行くとなれば何がしたいかは流石にわかるだろう。


「なぜだ?服を買いに行くなら俺は荷物持ちにしかなれないぞ」


 駄目だ。この男には色恋事に関して察すると言う事が出来ないのだろう。愛は勇気を出して照れながら誘っていた自分を恥じながら、直球をぶつけるしかないと思い立った。


「あーもう! デートだよデート! デートってのは二人だけで行くものでしょ!?」


「デ、デートぉ!?」


 急にデートなどと色恋関係の話が出てきたのがあまりにも不意打ちすぎて、龍二が身を乗り出して目を大きく開けて驚いている。そもそも何故愛がそんな事に誘っているのか理解が出来ていない。だって、デートと言うのは……


「そういうのはもっと、こう……親密な関係性の男女がやる事だろう!?」


 身振り手振りで体を大きく動かして龍二が熱弁する。その一瞬で汗が額を伝って落ちていき、息がどんどん荒くなる。先ほど叩きつけて赤くなった額と変わらないぐらい顔を紅潮させ、焦りと動揺を全身で表していた。そんな様子を見て愛が手を小さく振って訂正する。


「デートって言っても、そんな重く見なくていいんだって! ちょっと買い物に付き合ってもらうだけだからさ」


 愛は少しは落ち着いた様子で続ける。


「それに……私は龍二くんと、その……仲良いって思ってるよ? ダメ、かな」


 再びの上目遣いで熱々熱視線。見る人が見ればあざと過ぎると思われかねないが、これが愛の自然体であるし、そもそも龍二はこれが故意的かそうでないかなど見抜く力は無い。タジタジになりながら龍二が口を開く。


「いや、その、ダメ……ではないな、うん」


「ホント!? じゃあ――」


 愛が嬉しそうな笑顔を龍二に向けたその時、部屋の入り口にある自動ドアが無情にも開く。その向こうには顔を真っ赤にして慌てる里美がいた。


「あ、サトミン来てたんだ」


「来てたんだ、じゃ無いよ! デ、デデデデデートって! あんたデートが何なのかわかって言ってるの!?」


 里美が愛と龍二に早足で詰め寄った。


「えぇ……? 二人で遊びに行くことじゃないの?」


「馬鹿! デートってのはね愛……戦いなの!」

 

「は?」


 里美がいつに無く真剣な眼差しで愛を見つめ、ドンドンと距離をつめていく。


「男と女の心理戦、すれ違う心の駆け引き、あんたにそれが出来ると思ってるの!?」


「何言い出してんのサトミン!?」


 机を勢い良く叩き大熱弁。里美は以前から恋愛事の話となると苦手なようで、恥ずかしがったり話を逸らすのは良くある事だったのだが、これほどの暴走は長い付き合いである愛も見たことが無いし、もはや何が何だかわからない。


「いい? 男ってのは狼なの、愛にはまだ二、三年早いんだよ!」


「待て、俺は狼ではない。青龍だ」


 そういう話ではない。


「とにかくそんな破廉恥な事を愛がするなんて、お姉ちゃん許さないからねー!」


 言いたい事を言いたいだけ言って、里美は走り去っていった。


「行っちゃった……」


 走り去る里美の背中を唖然としながら見つめるしか無い愛。


「お姉ちゃん……だと? 里美は愛の姉だったのか?」


「いやぜんっぜん違うけど……これは面倒なことになりそうだなぁ」


 頬をかきながら苦笑いする愛。里美の性格はわかっていたが、まさかこれほどまでとは。これはデートの前に面倒くさそうなことが起こりそうだ。

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