13話 バーニング 魂を燃やして
「……中断だ」
青龍と朱雀の熾烈な特訓、拳と拳がぶつかり会い、次の動きで均衡している戦況が変わると言うタイミングで朱里が呟く。朱里が自分を殺すまで戦いを続けると思っていた龍二は驚きを隠せない。
「お前の女が来ているぞ、気づかなかったか? やっと意識が戻ったのなら会いに行ってやれ。ただしその間に朱雀の性能もチューニングする……次は殺す」
朱里が視線を右に向ける。龍二も同じ方向に視線を向けると、強化ガラスの向こうに愛と咲姫が居た。お前の女と言う言葉が指す意味を最初龍二は理解できなかったが、その相手が恐らく愛の事だろうと気づいた時に、戦いの最中では許されなかった動揺する感情が生まれてきた。
「……お、俺の女なんかではない」
次は殺すと宣戦布告をする朱里に、何か言い返さなければと龍二が咄嗟に反論しようとする。だがしかし動揺していた龍二はどこかズレた言葉しか出せなかった。
「龍二くん!」
朱里と咲姫に案内された龍二が部屋に入ってくるなり、愛は椅子から飛び上がって龍二の元に走り、両腕を大きく開けて抱き着いてきた。
「遠藤、傷の状態は大丈夫なのか」
「まだ、激しく動くと痛むけどね。でも全然平気! ……久しぶりだね、私、龍二くんに会いたかった」
勢い良く飛び付いてきた愛がよろめくのを龍二がそっと抱き留める。少しの間胸に顔をうずめていた愛も顔を上げて答えた。それに同じく笑顔で返す龍二だったが、少しずつ表情が曇ってくる。
「すまなかった……、戦いの最中も、危険を承知でこの屋敷で働いてくれた事だって……君と出会ってから、俺は助けられてばかりだ」
龍二が愛を抱きしめる力が少し強くなる。
「いや、それだけじゃ無い。孤独の中で戦う俺に、手を差し伸べてくれたのも君だった! なのに俺は君の事を邪険に扱って、一人で戦おうとして! そして……君を――守れなかった」
「それでも龍二くんは私達のために戦ってくれた。勝手に突っ込む私のこと、助けに来てくれた。それだけで私は嬉しかったんだよ!」
「だが力及ばなけれれば意味がない、だからこそ、俺は力を得る為にここに来たんだ。俺は二度と君を傷つけさせはしない! 俺は奴を、必ず……グ――ッ」
「龍二くん……?」
龍二が突然頭を抱えて歯を食いしばる。愛は龍二が以前にもこうなったのを見たことがある。それは愛と龍二がまだ出会った頃、裏山に猫のベルゼリアンが現れた時……これは、奴らが近くに来た事を知らせているのだ。
「行くんだね……」
「ああ、必ず戻ってくる」
龍二が愛に背中を見せ、言葉少なげにその場を去っていく。朱雀との特訓をしたと言ってもその期間は短い時間だ。とても必ず勝てると言う根拠などありはしない。しかしそれでも龍二は強大な敵に不安や恐怖を捨てて、立ち向かう。彼には今度こそ守らなければならないものがあった。
「よぉ兄弟、待ってたぜ……同属がこうも暴れていたら、俺らは共鳴せざるを得ないからなぁ!」
紅神邸から少し離れた今は誰にも使われていない廃倉庫の中で、ユニコーンが大剣を振り回しながら龍二を待っていた。龍二を見るなり余裕に満ちた笑みを鋭く見せるユニコーン、その後ろに艶美な風情を見せるピクシーもユニコーンの体に艶めかしく腕を絡めながらこちらを見ている。
「あら、今日は一人なのね坊や。タッグマッチと行きたいところだったんだけど、もう待ちきれないの。まずは坊やを倒して美味しい女の子の事、嫌でも話してもらうから」
「たとえ何人で挑もうと関係ない。貴様らが人に仇名すと言うのなら、俺はいつだろうと戦うと決めた!」
龍二の体が青龍へと変化し、ユニコーン達の元へ走っていく。それを迎え撃とうとしたユニコーンをピクシーがなだめると、飛べるとは到底思えない小さな羽を震わせ浮遊しながら、ピクシーが指を左右に振る。すると倉庫に置かれていたコンテナが軽々と動き出し、龍二に直撃する。
「ポルタ―ガイスト……!」
「ふふっアタリ、ピクシーの伝承はご存じなのね」
そういって今度は指を上下に振ると倉庫の中にある無数のガラス片や釘などの鋭く尖った物が龍二に向かってくる。大きなコンテナに阻まれ思うように回避できない龍二に全てが鋭く突き刺さった。
「面白くなーい……ユニコーン、これ貸して?」
ピクシーがユニコーンの角を淫靡に舐めて指を上に動かすと、ユニコーンの持っていた大剣が浮き上がり、龍二に向かって狙いを付けた。
「じゃ、おしまい。あっさり過ぎてつまらなかったわ」
ピクシーの指が龍二を指すと、それと同時に大剣が猛スピードで向かってくる。ユニコーンの怪力ほどのパワーは無いとはいえ、ポルターガイストの力も弱くはない。この大剣が突き刺さったとしたら、勝負はここで終わってしまうだろう。前の攻撃による体を刺す鋭い痛みの中で、龍二がどう対処をするかと考えていた、その時だった。
一陣の風が倉庫の中に吹き荒れる。
「やらせるものかぁ――ッ!」
朱里がブーストの出力を全開にして倉庫の中に入り、宙に浮く大剣に強烈な蹴りを繰り出す。その衝撃によって操作できなくなった大剣が床に転がり落ちる。
「朱雀か!」
「私とて今何を成すべきかぐらいわかってる、青龍! 私はこの妖精の相手をしてやる、その隙に奴を倒せ!」
そういうと朱里はポルターガイストを破られたことで無防備になったピクシーの至近距離まで近づき、首を掴むと、倉庫の外まで一気に加速して龍二達との距離を離していく。倉庫の中には龍二とユニコーンの二人しかいなくなった。
「お前の相手は、俺だ……!」
「へぇ、面白れぇな。この前は俺に手も足も出なかったって言うのに、まだ歯向かってくるってのか……今度こそミンチにしてやるよ、兄弟!」
「今の俺は以前とは違う! 守るべき者を守るために、負けるわけにはいかなくなった!」
「しゃらくせぇんだよ! 俺もお前も、しょせん怪物! 同じ穴の貉だろうが!」
ユニコーンがもう一本大剣を生成すると、大剣の間合いに一飛びで入り込み、力を込めながら大剣を振るい一閃を放つ。以前ならば避けきる事の出来なかった一太刀だが、今の龍二には全く違う物のように見えていた。
――遅い。振りのスピードが大剣の大きさと重さに殺されていて十分な力を発揮できていない。しかも動きが直線的すぎる。確かに人間技ではない驚異的な範囲の攻撃ではあるのだが、朱雀のスピードと威力が両方備わった格闘術を味わってきた龍二にとっては、余りにも力不足だった。
「俺はお前に負けてたくさんの事を思い知らされた。己の未熟さ、守りたい者の存在、今まで過ごしてきた日々が貴重な物だった事!」
「何が言いてぇんだよこの野郎!」
ユニコーンが一心不乱に大剣を振り続けるも、今の龍二には通用することは無く、その全てを回避される。
「だからこそ、俺は貴様たちを許さない! 孤独の底から救ってくれた人、共に笑いあう仲間……大切な日常を守り抜くために、魂を燃やして戦い続ける! 俺の青春は、まだ始まったばかりだぁ――ッ!」
遅い攻撃の隙を突いた、力強い斬撃がユニコーンの体に刻まれる。相手の動きをつかんだ的確な一撃ではあったのだが、致命傷には至っていない。
「クソッ、良いのを貰っちまったか、だがまだ!」
このままでは不利と考えたユニコーンが大剣を投げつけると、後ろに跳びながら頭部の角を発射する。朱里との戦いで見せたとおりに、角はユニコーンの意思で縦横無尽に飛び回り、龍二を翻弄しようとしている。しかし、朱里の時と違うのは発射する角の数が増えていることだ。自棄になったユニコーンは確実に仕留めようと角が生え変わるとすぐに発射することで、龍二をいくつもの角が追い詰める。
「これなら逃げられんだろうが!」
龍二は剣で角を一本ずつ弾き飛ばし、攻撃を防ぐ。しかし数多もの角による手数に押されて防戦に追い込まれていく。弾いても弾いても次々にまた別の角が攻撃をしてくる。しかも三百六十度どこから狙ってくるのか予想が付かない。何かヒントは無いかと今までの戦いや朱雀との訓練の事を思い出そうとする。
無数に繰り出される小さな刃、こんな攻撃を以前見たことが有るはずだ……瞬間的に龍二が朱雀との訓練を思い出す。朱里が使っていた接近する際の牽制としての、小型のブースターが付いたナイフがこの攻撃と似ている! もっと思い出せ、あの攻撃の時はどう対処したか、その手段を!
龍二は青い炎を自分の周りに放射する。至近距離に炎を放射すれば龍二自体もダメージを受けるが、纏わり付いた角の全てから身を守るにはこの方法しかない。朱雀のナイフを迎撃した時と同じように、炎の熱と熱風が角の勢いを削いで、龍二に迫ってくる角は無くなった。しかし油断はまだできない。周囲が炎しか見えない中で、龍二はもう一度訓練の時を思い出す。牽制の射撃を防ぐことで、相手の視界が一時的に塞がれる……このような好機を、朱雀と同じように戦いに慣れた相手ならば見逃すはずがない。炎を揺れをじっと見つめながら龍二は居合の構えを取る。
一瞬、正面の炎の揺らぎが大きくなる――
「そこだ――ッ!」
龍二の行動は賭けだった。いくら朱雀の時と同じく正面から突撃してくるだろうとまでは予測できても、大剣を使われていたら剣を弾かれ、その隙を狙われるだろう。だが、相手も龍二の視界が塞がれている内に攻撃を行うならスピードが必要だ、重くて速度が殺される大剣の線は捨てる。ならば他にどのような手段の攻撃があるか、突撃を兼ね、そして殺傷力の有る一撃……龍二の脳裏に浮かんだのは愛を傷つけた、生えている角を使った頭からの突撃だった。ならば頭が来るだろう位置に剣を構え、切る。それ以外の攻撃は一切考えない。
「……やったか」
龍二の一振りで生まれた風が、周囲の炎を吹き消す。その中から出てきたのは――――頭部に鋭い斬撃を受けて、息絶えたユニコーンの姿だった。
龍二が周囲の安全を確認して己の姿を青龍から人間へと戻すと、緊張の糸が切れて肩の力が抜ける。遂に、遂にやったのだ。自分に初めての敗北と力の差を知らしめ、愛を傷つけた暴虐の象徴。その男を倒すことができたのだ。安堵や達成感がその身を包むと思っていたが、現実はまだこれより強い敵が現れるのではないかと言う不安や恐怖の方が大きい。だが、今だけは……龍二は大きく深呼吸をしながら一旦目を閉じる。
「龍二くん……勝てたんだね」
立ち尽くしていた龍二が振り向くとそこには、里美と七恵に肩を支えられて歩いてきた愛の姿があった。よろよろと不安定な足取りで歩く愛の服が赤く滲んでいる。
「ああ、勝ったさ……そんな事よりも傷口、開いてしまったのか?」
「うん……無理してここに来ようと思ったらさ、途中で痛くて歩けなくなっちゃって。それで二人に連れてきてもらったの」
愛が痛みを我慢しながら無理に笑う。額には脂汗が浮かんでいて、ここまで歩くのにどれだけの苦労と苦痛を味わったかが読み取れた。
「愛ちゃんが一人で向かっていったって咲姫さんから連絡あったの、それで心配で来ちゃったんだ」
「ま、愛が無茶したら私が助けないわけにはいかないでしょ」
七恵と里美が愛を支えながら答えた。
「ほんとは戻ろうって言ってくれたんだけど……やっぱりもう一度この四人で集まりたくって」
愛が目に涙を浮かべながら微笑む。
「皆……すまない、怖い思いをさせた。これからだって俺の近くに居ればそういう思いをするかもしれない……だが、俺は一人では戦い続ける事が出来ない、俺には君たちが必要なんだ。だから俺は君たちを命がけで守る。奴らにたとえ指一本触れさせない。絶対にだ、約束する。だから……だから、俺と共に居てくれないか」
里美と七恵の二人が首を縦に振る。が、愛だけは得意げな表情でこう言った。
「それは待った! だったら条件が一つあるよ龍二くん!」
「ま、またか!?」
龍二は少し前に研究所で三人とした会話を思い出していた。恐らく、これから言ってくるのはあの条件。
「私達の事をちゃんと名前で呼ぶこと! はいどうぞ!」
やはりまただ、前回同じ事を言われた時は照れ臭くて答えられなかった。勿論今も精一杯呼ぼうとはしているのだが、やはりしどろもどろになってしまう。
「前も言ったがそれは……少し……」
「えー、でも私が怪我した時は、愛ーっ! って叫んでくれたじゃん!」
愛は不満げに頬を丸く膨らませながら、あの時の咄嗟に口から出てしまった痛いところを突いてくる。
「覚えていたのか……わ、わかった! 呼ぶ、呼ぶさ!」
「じゃあ改めて、はいどうぞ!」
久々に見る愛の屈託のない満面の笑み、それにつられてか、少しだが照れくささを払拭する勇気が出た気がした。
「あ、あ……愛、これからも、よろしく頼む」
言ってしまった。言葉が全て口から出た後に段々と恥ずかしくなって、顔から火が吹きそうになる。今まで見つめていても何ともなかった愛の顔から、何となく目をそらしたくなった。しかし。
「うん、よろしくね。龍二くん!」
この笑顔を見れたなら、このぐらいの恥ずかしさは苦ではない気もしてきた。
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