12話 リーズン 何の為に
「俺と戦え、朱雀――ッ!」
龍二が青龍の姿に変わり、咲姫に切先を突き付ける。それに対して朱里もスカートの中から護身用のナイフを取り出し、戦闘態勢をとった。まさに一触即発、カーペットの鮮やかな赤が血の暗い赤に変わるまであと数秒、そんな瞬間に咲姫が朱里へ手を伸ばして制止する。
「お待ちなさい。あなたはわたくし達の事を見くびっておられるようだけど、今の話を聞いて事情を察せないほどの愚か者ではありませんわ」
「何……?」
咲姫もお返しとばかりの挑発的な笑みを使って龍二にプレッシャーをかける。この場の主導権が、一瞬で咲姫に渡った。
「わたくしの命が目的ならば、最初からその姿で襲撃しに来れば済むことです。それは朱里の命を狙っていたとしても同様。となれば……目的は朱雀と戦うこと自体」
龍二が剣を下し、咲姫の話に耳を傾ける。
「ならば何故今、朱雀と戦わなければならないのか……それはわたくしの屋敷を襲ったあのベルゼリアンに打ち勝つ力を付けるため、強力な訓練の相手として朱雀を選んだ。そういう訳ですわね?」
咲姫が玉座の肘掛けに肘をつき、足を組んで龍二を見下ろす。紅神の当主である風格がその姿から感じられた。
「……そうだ、主の方は話が分かるようだな。無礼を働いたことは謝罪しよう。」
龍二が剣を収め、頭を下げた。
「意外と素直な男ですのね。いいわ、その話お受けします。」
「お嬢様、このような輩の話を聞くなど!」
朱里が身を乗り出して抗議する。二人の間だけで話が進んでいる事が不服であった。
「落ち着きなさいな朱里、わざわざ標的が向こうからやってきてくれたのです。訓練と言えど手加減をする必要はないですわ、倒せるなら倒してしまっても良い。それでいいでしょう?」
「それは、そうですが……」
朱里が言葉から勢いが消え失せた。護身用のナイフを収めて、咲姫の後ろへ一歩下がる。
「そういう事で、訓練と言えど本気でやらせていただきます。甘いプライベートレッスンをご所望だったならばお生憎様、強くなりたいのならば命を懸けて戦いなさい。ただし何人たりともこの私の玉座を汚すことは許しません。朱里、トレーニングルームに案内を」
「かしこまりました。……ついてこい。私を踏み台に強くなろうとなど考えたことを後悔させてやる」
そういうと朱里は龍二を睨み付け、トレーニングルームに案内をする。言葉も交わさずについていく龍二、青龍と朱雀の激しい戦いの第二幕が、開かれようとしていた。
随分と長く寝ているような気がする。途中何度か夢を見ていたような気もするが、長く寝すぎていて何も覚えてはいない。意識がはっきりしてきたし、いい加減起きた方が良さそうだ。そういえば、どうしてこんなに長く眠っていたのだろう?
「どこ、ここ……」
目覚めた愛の視界に入ってきたのは見知らぬ部屋であった。自分は純白のベットの上に寝ており、周りには誰も居ない。状況を確認するために体を起こそうとした途端、脇腹に鈍痛が走る。
「痛っ、なにこれ」
いつの間にか着せられていた寝間着をめくって痛みが走った場所を見てみる。ぐるぐる巻きにきつくまかれた包帯が目に付いた。気になるのでとりあえず叩いてみる。
「あっ、いった―……」
先ほどと同じ痛みが体に走る。他の部分に痛みは無いし、恐らくこの傷のせいで自分は入院をしているのだろう。この傷の原因は?必死に頭を回転させて、思い当たる節が無いか考えてみる。そういえば、バイト先の朱里さんが空を飛び、ビームで敵を撲滅する、傍若無人なロボメイドになり戦っていた記憶がある。流石にこれは夢だろうか。
……いや、夢ではない。愛の頭の中に、あの事件の顛末が一瞬で蘇ってくる。潜入調査と題して入ったバイト先のお嬢様とメイド長の秘密、対立しあう龍二と朱里を自分が必死で止めたこと。突然の乱入者、そしてその乱入者に貫かれた自分の体……
肝が冷える。あの狂気の目を、自分の鮮血で染まったあの顔を思い出してしまったのだ。冷汗が噴出し、触っていないはずなのに傷口が痛む感覚がする。
「遠藤さん、大丈夫!?」
様子を見に来たメイドが、寝ているだろうと思っていた愛が起きていて、痛みに苦しんでいるのを見ると慌てながらそばに寄ってくる。ナースでは無くメイドが来中々ちぐはぐだ、ここは病院ではないのであろうか。
「大丈夫です、変に捻っちゃっただけですから。ところで、ここって……?」
「いきなり病室にメイドが入ってきてびっくりしたかしら。ここは紅神邸よ、病院じゃないけどちゃんとしたお医者様は来るから安心してね」
なるほど、だからメイドでは無くナースが来たのかと愛が納得する。しかし、一つの屋敷に病院のような施設がある事は驚きだった。金持ちと言うものはわからないものだと愛が思っていると、慌ててメイドが入ってきたために開けっ放しになっている扉の向こうから、慌ただしい声が聞こえてくる。
「どうしましょう先輩、さっきからアポも無しにお嬢様とメイド長に会わせろって言う不審者がいるんですけど……」
「なにそれ、早くおかえり願えばいいじゃない」
「それずっと言ってるんですけど、しつこくって全然帰らないんですよ! 青竜と言えば伝わるはずだー! ってずっと騒いでますよ」
「あー、わかった。一応お嬢様に話は通してみるわ、その間絶対通しちゃだめよ」
「わかりました先輩! あっ! ぐぇえ……」
後輩であろう声の大きいメイドが、転んだ音が聞こえてくる。そのメイドと先輩の話を聞いた愛が、青龍と言う単語に反応した。龍二がこの屋敷にまた来ている?痛みを我慢してベットから降り、龍二を探しに歩き出す。
「ちょっと遠藤さん! 今歩いて傷口が開いたりでもしたら!」
「大丈夫です!私、体は小さい頃から強いんで!」
心配するメイドの制止を振り切って愛がよろめきながら歩く。今はこの痛みに耐えてでも龍二に、もう一度会いたい。
「逃げ回ってばかり! 何故こちらへ攻撃してこない!」
「俺の目的はお前を殺す事じゃない! 今はその攻撃の全てを見切る!」
朱里の腕から放たれる四門のガトリングを龍二は部屋の中を縦横無尽に走り、飛びながら回避を続ける。
「ならばこれで!」
朱里が頭のカチューシャをブーメランのように投げる。硬化したカチューシャはまるで追尾をしているように龍二を狙って飛ぶが、スレスレの所を龍二が剣で弾き飛ばす。弾き飛ばされたカチューシャが部屋の壁に深く突き刺さった。それに安堵する暇も無くまたガトリングの追撃、龍二は一瞬たりとも動きを止めずに回避を続ける。そのうちに、ガトリングの弾の雨が止んだ。
「弾切れか……だがまだ!」
腕から飛び出たガトリングを収納し、背中のブーストを使用して龍二の元に近づいてくる。その軌道は単純な直線では無く、上下に曲線を描くことで攻撃の狙いを読ませない。朱里のスカートの中から牽制の為のブーストナイフが発射される。
「愛のために、ここで負けるわけにはいかん!」
龍二が剣を放り投げ、ナイフを防ぐ、だが幾多も発射されたナイフの全てを一つの剣では防げない。龍二が青竜と化した口から炎の息吹を広く発射し、他のナイフの勢いを全て殺した。蒼き灼熱の炎が視界を包む。そんな炎の渦の向こうから、蹴りの体制を取った朱里が突然現れる。これほどまでに速く間合いを詰め込まれるのは龍二の予想外だった。朱里の体が強化されている事を考えに入れていなかった。龍二は咄嗟に蹴りを左の腕で防御する。青龍の体とはいえ不意の一撃に激痛が走る。
「今のを防いだか、だが私の武術を不意打ちだけの物と思うなよ!」
朱里が蹴りを加えた脚を龍二の防御した左腕に絡め、防御を解かせたと思うと、逆の脚でがら空きになった胴体に追撃を加えてくる。体の中心に渾身の一撃を喰らった龍二が体制を崩し倒れこんだ。
そんな二人の戦いの様子を強化ガラスの向こうから腕を組んで咲姫が覗いている。目的は新たに強化された朱雀の調子のチェック、そしてもう一つは龍二の強さを確かめる為であった。
「流石に強化された朱雀の前では一歩及ばないようね、でも伸びしろはありそう」
咲姫は独り言を言いながら朱雀の稼働データが乗ったパネルと二人の様子をまじまじと見ている。そんな咲姫の背後の扉が開かれる。
「なーに呟いてるんですか、お嬢様」
扉を開いたのは愛であった。いたずらっぽい笑みを浮かべてはいるが、手は傷がある脇腹を押さえていて、痛みがまだありそうだ。
「あ、あなた、体は大丈夫なんですの!?」
「平気ですよぉ、私そんなにやわじゃありませんし。それより龍二君ここにいますよね?」
包帯を押さえていない左手で平気だとジェスチャーしながら、強化ガラスで囲まれた部屋を見渡す。
「青木 龍二なら、向こうで朱里と特訓を行ってますわ。わざわざ真正面から乗り込んできてね」
「うっわぁ、これ特訓って言うか……ガチ過ぎません?」
愛が咲姫の横にある椅子に座って、ガラスの向こうで戦う龍二と朱里の姿を見つける。一度は劣勢になっていた龍二だが、体制を立て直し、朱里の格闘を見切るべく徒手空拳で戦っていた。
「……ねぇ、あなたとあの青龍は、どういう関係なの?」
咲姫が口調を柔らかくして愛に話しかける。同年代の相手と二人きりで話す事が少ない咲姫が、珍しく人に素顔を見せた。
「へ? や、やだなぁー! ただのクラスメイトですよ! いやぁ、でもいつも危ない所に来てくれるし、ちょーっと憧れてるってのもあるかもしれませんけどぉ……えへへ、あいたっ」
愛が頭を掻きながら顔を赤くして頬をほころばせながら笑う。調子に乗ったせいか傷口が少し痛んだ。
「ふふっ、恋バナを同い年の子とするのもいいけれど、今聞きたいのは他の事。この戦いの最中、愛の為に負けるわけにはいけないーって言ってたのよあの子、それにあなたが意識を失った時も随分と心配してるようでしたし、戦う理由があなたなんじゃないかって思っちゃって」
「戦う理由、ですか……龍二君は自分の事を知りたいから戦ってるって言ってましたけど。龍二君、昔の記憶が無いし、なんであんな力があるかもわからないらしいんです」
愛が一転して真面目な態度で龍二の過去を話す。過去とは言っても愛も、そして龍二自身もあまり知ってはいないのだが。
「自分を知るため……確かに己の事を知らない恐怖や知りたい欲求は、行動のきっかけにはなるかもしれないわ、でもそれだけじゃいつか限界が来る。自己完結する感情だけで乗り切れるほど彼の前に立ちはだかる戦いは楽じゃないと思うの。守りたい物や人、そうねあなたや井ノ瀬さん、美倉さんが居るからこそ、彼は戦い続ける事が出来るんじゃないかしら」
「そ、そういう咲姫さんと朱里さんはどんな理由で戦ってるんです? 私の事じゃないのに話し過ぎちゃったし、そっちも喋ってくれないと不公平ですよ!」
真偽はともかく、龍二が戦っている理由が自分達と大真面目に言われると、どこか照れくさく感じてしまう。そんな照れくささを誤魔化そうと咲姫に話を振ってみる。
「……そうね、ほんとはあんまり話す事でもないのかもだけど、お友達のよしみで話してあげちゃう。」
咲姫が少し言いよどんでから、吹っ切れたかのように戦う理由を話し始める。
「私たちの敵、ベルゼリアン。その名前を何故私達が知っているか……それはね、この怪物が生まれる原因となったプロジェクトに先代の紅神がスポンサーとして手を貸していたから」
「先代……それって幸一郎さんのことですか?」
「ええ、そうよ。元々は体が弱かったり病に侵された人への免疫力を上げるためのプロジェクト……そのはずだった。でも途中で研究は非人道的な人体実験を行う方向に舵を切っていった。それを止めようとしたお父様を消そうとしたのが、あなたが気にしていたあの事件なの」
愛の中でこの屋敷に来てまで知りたかった事がやっと知れた気がした。紅神の家と地下で行われていた研究の正体をやっと掴んだのだ。
「研究チームは刺客としてベルゼリアンを送り込んできた。その結果私が事態に気づいた時にはお父様が命を落とし……朱里も死に近づいていた。朱里だけでも助けたいと思った私に残された方法は、彼女の体をサイボーグとして蘇らせる事だけだったの……私はそんな怪物を生み出した紅神の責任を取るため、朱里は自分を殺した相手、『ジャック』と名乗る者への復讐をするために戦っているの」
「それが、二人の戦う理由……」
紅神の屋敷で起きた過去の事件の真相もやっと見えてきた。そして朱里のあの体の秘密も。
「少々サービスしすぎたかしら? 向こうも一旦休憩みたいだし、私と朱里は改めて調整に入ります。青木 龍二をここに呼んでくるから、二人きりでごゆっくり」
愛がガラスの向こうを見てみると、今まで熾烈な戦いを続けた二人が戦闘態勢を解いている。龍二とやっとまた会える。ベッドの上で何日寝ていたかは分からないが、それはとても久しぶりな気がした。
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