第1話 ビギニング 秘密の研究所
月と星の光以外は照らす物が無い、深夜零時の豊金高校の裏山で、二つの影が一方は相手の命を奪わんと、もう一方は自分の命を守ろうとして対峙していた。
うっそうと茂る木々の間を俊敏に移動する二つの影、大きさは人間ほどだが、視界の悪いこの山で木々を揺らしながら驚異的なスピードで駆ける様子はその二つが人間ではないことを示していた。
お互いに相手の懐に入ろうと徐々に距離を縮めるも、両者とも隙を見せず、この間合いの取り合いは長く続いていたが、命が消える瞬間はあっけなく訪れる。
高速で移動しながら決して触れる事の無かった影、その二つがついに交差した瞬間に閃光が走る。そこでついに影の正体が露わになった。一つは全身が青い鱗に覆われ、闇夜の中で鋭く光る眼、太くもしなやかな尾をなびかせ、龍のように見えるも手には人のように剣を握った龍人。そしてもう一方は鈍く閃光を反射する赤い目に薄い茶色の皮膚、その下には強靭な筋肉と血管が透けて見え、鋭い爪で剣と火花を散らした怪物だ。
だが、その筋肉も爪も次の瞬間には無残に両断される。龍人の剣が怪物の体を切り裂いたのだ。
龍人は怪物の息の根が止まっているのを確認すると、先ほどの攻防とは対象的にゆっくりと山の外へ歩みを進める。戦闘態勢を解き闘争心が薄れた龍人から、剣と鱗が、まるで元々そこには無かったかのように透明になって消えていく。その中から学ランに身を包んだ男子高校生が姿を現した。
翌日、豊金高校2F廊下
「だからホントに見たんだよ! 風も吹いて無いのに森がガサガサ―ってなって! 音もガンガン鳴ってたんだから! あれは宇宙人のステルスUFOが着陸したんだって!」
「ステルスUFO……?」
「また愛の妄想が始まった……」
小さな段ボール箱を運ぶ女生徒3人が談笑しながら歩いている。
小柄で髪は短く、アホ毛がトレードマークの少女、遠藤 愛は昨日の夜、自宅のベランダから見たという怪奇現象について友人に話すも、いつもの事だと相手にされていない。
それもそのはず、遠藤 愛(えんどう あい)と言う少女はオカルトとロマンチックに興味の全てを注いだ女であり、心霊スポット巡りやツチノコ探しに友人を連れまわしているが、毎回結果は出ておらず、周囲を呆れさせてばかりなのだ。
「ひどいよサトミン! 今度の今度こそ私は本物を見たよ! この高校の裏山で、宇宙人が侵略の準備をしてるに違いないんだって! そんな事言うなら放課後確認しに行こうよ! ね、ナナちゃんも行くよね!?」
「わ、私は愛ちゃんが行くなら行く……」
ナナちゃんと呼ばれた気弱な眼鏡の少女、美倉 七恵(みくら ななえ)は俯きながら答えた。
「仕方ないな……じゃあ私もついていく」
それを聞いて三人の中で一番の長身であり、黒い髪を靡かせる井ノ瀬 里美(いのせ さとみ)もため息を一つついて、しぶしぶと裏山に行くことを決めた。
「決定! 授業終わったらすぐ集合ね! 宇宙人が居たらスマホで撮って、世の中にその姿を……わわっ」
大きく身振りしながら会話していた愛は階段を一段踏み外し、後ろに倒れようとしていた。隣の二人は手に持っている段ボールでとっさには助けられず、愛も同じく段ボールを持っているので受け身も取れない、そのまま階段を何段も転げ落ち、骨折か、良くて打撲か、当たり所が悪ければもしかすると……そう愛がどうしようもできない窮地のスローモーションの中で思考していた、その瞬間であった。
倒れかけた愛を支える男子生徒が一人、どこともなく突然現れた。
「……大丈夫か」
「あっぶな! ありがとービックリした、命の恩人だよー!」
焦りからか早口になりながら礼を言う愛と隣で愛を心配する二人、だが男子生徒は即座に立ち去ってしまった。
「おお、クールに去ってった、あの子同じクラスの……んーと誰だっけ」
「うーん……青木 龍二(あおき りゅうじ)くんじゃなかったかな」
七恵が唸りながら考えてやっと頭に浮かんでくる、それほどに青木 龍二はクラスの中では目立たない存在であった。
「龍二くんかぁ……」
龍二が去った方向を見つめながら、去り際に見せたどこか寂しそうな眼が頭から離れない。そこに既に階段を上がっていた里美が呼びかける。
「次の授業までにこれ音楽室に運ばなきゃいけないんだから、遅れるよ愛」
「あっ待って待ってー!」
二人に少し遅れて愛は、今度は踏み外さないようにしっかりと踏みしめて、階段を駆け上がっていった。
放課後、豊金高校裏山
「鬱蒼と茂るアマゾンの奥地で、我々探検隊を待つものは如何に!」
「ただの裏山でしょ。ここ……」
愛たち三人は約束通りに豊金高校の裏山へ集まっていた。碌な目星も無く、愛はただただ探検気分で気の向くままに進んでいる。
「隊長、目的地はどこでしょう」
意外にも乗り気な七恵が愛の探検隊ごっこに乗りながら、愛の後ろを歩いている。
「乗り気なの七恵……」
その後ろの最後尾で、里美が頭に手を当て呆れながら、疲れた様子でゆっくり歩く。
「もうちょい行ったところだと思う、多分! カンだけど!」
そして先頭を、愛が制服が汚れることも気にせずに、道も無い木々の間を意気揚々と進んでいた。里美が先頭にも聞こえるように大きな声で呼びかける。
「ねぇ、こんなに適当に進んで帰りの道わかってるんでしょうね?」
「それは……適材適所、サトミンの力の見せどころじゃない? 大体小っちゃい裏山なんだから適当に降りれば大丈夫だよ」
愛はいつの間にか拾っていた木の枝で草の間をかき分けながら後ろも向かずに答える。
「もう、ほんっと無計画! 大体こんな裏山に来てはしゃいでるの愛ぐらいよ」
「私は楽しいよ?」
七恵が目を輝かせながら里美に振り向く。
「あ、ごめん……」
「ねぇ、何だろこれ」
愛が突然立ち止まって、木の棒を使いツンツンと地面をつついている。それを聞いて地面をのぞき込む二人。最初に七恵が口を開く。
「何かの目印かな? この下に何か埋めたとか」
視線の先には、人が数人は中に入れそうな正円の線があった。
「こんなところにわざわざ? 上に丸い物を置いてた跡とかじゃない?」
里美が線を手でなぞる。触って気づくのは、線は窪んでいて、小さな溝のように感じられる。歪みの一切ない円で、人工的にできた物だと思えた。
「少なくとも自然にできた物じゃないよね、つまりこれは……ミステリーサークルだ!」
大きく息を吸ったあと、満面の笑みで両手を振り回しながら大声をあげた愛、目をキラキラさせると、円の周りを笑いながらスキップで回っている。
「愛のこういうのでホントに何か発見したってはじめてな気がするわ……」
未だにスキップで回り続ける愛を尻目に里美と七恵は、スキップする愛から少し離れた位置でそのミステリーサークルを眺めていた。
「愛ちゃん昔からこういう事やってたんだ」
七恵がサークルの周りで回る愛を視線で追いながら、里美に喋りかけた。今年、高校二年になってからの二人との付き合いである七恵は、愛の気まぐれに付き合わされるのもあまり機会が無いことであった。
「保育園の頃からかな、興味があったらどこでも突っ込んでってさ、成長してないって言うかなんていうか……」
「変わらないって良い事じゃないかな? 私は愛ちゃんのこういうとこ、好きだな」
「七恵もこれから長い事付き合ってれば飽き飽きしてくるんじゃない?ん、ちょっと待って」
はしゃいでいた愛は気づかなかったが、二人は地面の振動を感じていた、最初は弱い地震と思っていた揺れは収まる事なく、それどころか徐々に大きくなっていく。
「やばいよ、ちょっと愛!」
サークルの向こう側に居る未だに呑気な愛に呼びかけ、里美がサークルに入ろうとしたその時だった。
「ちょっと何これ!?」
サークルの内側が徐々にせりあがってくる。里美はよろめいて外側で尻もちをついた。さすがの愛も、これには大きく口を開けて、唖然としてせりあがる地面を眺めていることしかできなかった。
「ミステリーサークルじゃなかったのぉ?」
唖然とした愛のつぶやき。せりあがった地面は、上方は恐らくはカモフラージュ用の土のようで、その下から円柱が現れた、円柱には扉が付いていて、エレベーターなのだと察せられる。依然として唖然とした三人の前で扉が開く、中には何者かが暴れたかのような無数の傷がついている。
本来このような山奥に、あるはずがない異物に圧倒される三人、扉は音を立てずに、ただ開いているだけ、それだけの何の変哲もないエレベーターのはずなのに、吸い込まれそうな感覚さえ覚える。
あまりに突然の出来事による緊迫した空気、そんな沈黙を破るのはやはり愛だった、二人を尻目に勇気を出して一歩を踏み出す。
「ちょ、ちょっと愛!」
里美が愛の手を掴んで止めようとする。いくら昔から愛の無茶や勝手に振り回されてきた里美でも、これほど得体の知れない出来事に突っ込んでいく愛を止めないわけにはいかなかった。
「止めないでよサトミン、ここまでおあつらえ向きに何かありますって感じで出て来てさ、スルーして帰るなんてしたらオカルト好きの立場がないでしょ。それに私、この先にはなんかあるって気がするんだよね、これも……カンだけど」
そういって愛は里美の手を優しく振りほどくと、エレベーターの中に入っていった、それをただ見ているわけにもいかずに追いかける里美。七恵も一人残されるのは嫌だと遅れて中に入る。三人が中に来るのを待っていたかのように、エレベーターは静かに扉を閉じた。
具体的な深さはわからないが、エレベーターに乗っている時間から相当地下深くまで潜っていることがわかる。閉じる時と同じく静かに扉は開き、たどり着いたのは、左右に実験室のような部屋が無数に続いている、施設の廊下だった。
「ここ、何をする場所なんだろう……」
愛が先頭で、スマートフォンのライトを付けて、施設の廊下を進んでいく。
「暗いし、人は居ないのかな……」
七恵は不安で今にでも溢れそうな涙目をして、愛の肩をつかんで離さない。
「ちょっとでも危険だと思ったらすぐ帰るからね」
里美は強張った表情を崩さずに周りを警戒しながら歩く。
「わかってるってば――っ!」
突然のガラスが割れたような物音が聞こえてきて、愛が言葉を飲み込んだ。三人の間に一気に緊張が走る。
何かが居る。音の方向や、今は何処にも姿が見えないことから、左右に無数にある部屋の何処かに居るだろう、とっさに自分たちの居場所が把握されてはいけないと動きを止め、息を殺す。逃げてしまいたいが、足がすくんで身動きが取れない、先ほどより大きな物音が聞こえてくる。部屋の中で乱暴に何かが壊される音。廊下に出てこないでくれ、そう思いながらただただじっとやり過ごすしかない。じっと、じっと……気づかないでくれ、ただそれだけを三人は思い続ける。
だが、その願いは叶わない、前よりも大きい叩きつけるような物音と共に、二つ前の右の部屋のドアが大きく歪む、道具や兵器を使ったとしても、こんな一瞬でドアをひしゃげさせるなど、人間技ではない。この向こうに居るのは、自分たちの知っている常識から外れた何かだと荒唐無稽だが感じてしまう。
廊下に何者かが出てくる、そう思った瞬間、三人はエレベーターへ向かって全力で走り出す。背後からまた大きな音、恐らくドアが完全に壊されて、何者かはこちらに向かってきている。ここまでゆっくり進んできたのだから、エレベーターは近いはずだ、なのにどうしてこんなにも遠く感じるのだろう。背筋が震え上がる感覚を三人は感じていた。
背後からは重く巨大な足音がゆっくりと近づいてくる。どんな相手かはわからないがこちらをすぐに捕まえようとはしていないらしい。いたぶって楽しんでいるのか? それともそもそも素早く動くことができないのか、どちらにしても鉄であろうドアをいとも簡単に壊す相手だ、追いつかれれば命は無いだろう。エレベーターが後数歩の所に近づいてくる。
「開かない、開かないよ……なんで!」
行きでは最後尾だったおかげで、二人より先にエレベーターの前にたどり着いた七恵が焦りで声を震わせながらドアを触っている。そうだ、地下に来るときは勝手に開いて、入ったら勝手に閉まって……エレベーターの周りにはボタンの類が無く、どうすることもできない。
「無理矢理にでも空けないと! 七恵、変わって!」
里美が七恵に替わってドアの隙間をこじ開けようと試している。しかし何も道具も持っていない人間が閉まったエレベーターをこじ開けるなどできるはずもない。
足音は着実に近づいてきている。しかもその速度はこちらに近づくほどに少しづつ早くなっているように思えた。恐怖を煽っているのか? そんなことを考えてる暇はない、早くエレベーターに乗ってここから出なければ、冷静になろうと思っていても足音が恐怖心を駆り立てる。
「開いて、開いてよぉ!」
足音が三人の背後にたどり着いた。背後に居る巨大な何かが腕を振り上げているのが空気の流れで分かった、この腕が振り下ろされたとしたら、訪れるのは死―――
防御態勢に意味はないだろうが、全員が反射的にしゃがみ込んで目を閉じる。呼吸をする余裕も無くただひたすら目を閉じて動かない、動くことができない。
死すら覚悟した三人がしゃがみ込んですぐ、何かが崩れ落ちる音。けれどもどこも痛くはない。数秒間じっとしていた三人も、事態を確認しようと目を開け後ろに振り向く。
そこにあったのは上半身と下半身に両断された怪物の亡骸と、その後ろに立つ全身が青い鱗に覆われた、もう一人の怪物であった。
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