第3話 椋薇ちゃんは法律を遵守しています(多分)

 「ドンッ! ドンッ! ドンドンドンドンドンドンッ‼」


 うわあ……。めっちゃ叩いていらっしゃる。怖いわあ。

 あれ? 俺はどうやって学校に行けばいいんだ? 

 こんな朝からあの変態に付き合うのは御免だぞ?


「あ、あの·····どうしたですか?」


「日和、玄関先に不審者がいる」


「え·····! それは大変なのです! 警察呼ぶですか?」


「いや、そこまではしなくていい。でも、俺は学校に行かないといけないから庭に窓から出る! 日和は不審者が家の玄関のドアをブチ壊さないか見張っといてくれ! 壊したら、その瞬間に警察に通報しろ」


「了解なのです!」

 日和の返事を聞くなり、俺は庭の窓までダッシュした。走り出すのとほぼ同時に、ドアを壊さんばかりに叩く音がしなくなったが、まさか俺が窓から出ようとしているなんて気づいていないだろう。

 あきらめて帰ったか? 

 そうであってくれ! そう念じながらも、窓のロックを解除して、庭に出た。


「よし。変態ストーカーこと、篠塚 椋薇はあきらめて学校に行ったようだな」

 周りを見渡して確認したが篠塚の姿はない。


「まったく。人騒がせなやつだ」

 庭を通り抜けて玄関の方に回る。

 急いでいた俺は背後から高速で近づいてくる不審者に気づくことができなかった。


「ごふっ」

 何者かに急に背後から低いタックルを入れられた。この力の強さは、屈強な男か?

 俺はその場に倒される。


「椋薇様。無事に保護しました。車にお連れします」

 抵抗むなしく脇に抱えられて運ばれていく。

 なんて力だっ!

 こいつ、もしかして北斗〇拳の使い手かっ?

 タックルとともに経絡秘孔を突いたのか?


「うん。ご苦労様。佐藤」

 そのまま、黒いスーツを着たsp風の男に、玄関先に停まっていた、これまた黒塗りのリムジンの後部座席に乗せられた。

 ご苦労と言った、この声は奴に間違いない。


「きー君! 一緒に学校行こうねっ!」

 押し込まれるようにして座った後部座席の隣に座る、銀髪、青眼の女子高校生。

 不法侵入主犯の篠塚 椋薇容疑者である。


「だっ。お前! 自分が何してんのか分かってんのか? これは誘拐で、立派な犯z……ふぉふぁ」

 篠塚の白い手が俺の口を覆って、言葉を遮る。


「佐藤。車を出して」


「かしこまりました。お嬢様」

 佐藤と呼ばれた俺にタックルを入れてきた男は、車を発進させた。


「きー君と付き合い始めてから、初めて一緒にすることになるねっ」

 篠塚お嬢様は、にっこりと満足の様子。


「おひゃあ。ひゃにやひっひょは」

 お前! 何が一緒だ。


「ん? 何言ってるか分からないよ? きー君」


「おひゃが、へえほかははいひゃらはろ」

 お前が手を退かさないからだろっ!


「何をもごもごと……っは! 私の手が邪魔だったのですね! きー君の唇の感触とそこから出てくるベタベタとした液に私の手が満たされるのを楽しんでしまってました」

 こいつ怖い! 目になんか黒い影が入って、某主人公が包丁で刺されて死ぬヤンデレ系のエロゲのヒロインみたいになってるよっ!

 俺は伊〇誠くんじゃないよ?  

 篠塚は残念そうな顔をしながらも、やっと俺の口を解放してくれた。


「お前……何のつもりだよ? ああ?」

 となりに座る篠塚を問いただす。


「なんのって見ればわかるでしょ? きー君を迎えに来たの!」


「誰が迎えに来いって言ったんだ?」


「私の夢の中で、きー君が」


「そいつは俺じゃないっ! なんでお前の夢に俺が登場してんだっ」


「まあ、毎日枕の下にはきー君の三十分の一フィギュアとか、生写真とかを入れて、夢に出てくるようにしてますから」


「なんだそれ。いつ作ったんだよっ! お前昨日転校してきたとこだろっ! 怖い。こいつ怖い。お廻りさあんっ!」


「む。ひどいです。昨日夢の中であんなことしたくせに」


「俺が何したっていうんだ」


「明日迎えに来てくれよってきー君が言った後、車に入ろうとする私をきー君が後部座席に押し倒して、×××を××××して、その後×××××したじゃないっ」


「してないよ? それ夢だよね? それに、文字にすら表せないようなお下劣なことをお前みたいなお嬢様が言って良いの? 早く下ろしてくれ。俺は歩いて学校に行く!」


「え? でももうこんな時間ですし、今から歩いて行っても間に合わないけど」

 時間を確認すると、確かに篠塚の言う通り、今から歩いてでは間に合わない時間になっていた。それが意味するのはつまり、俺は篠塚と共に車に乗り、学校に行かねばならないということ。


「·····っ。もとはと言えば、お前が俺の家に出没しなければ間に合った話だが、こうなってしまっては仕方がないか·····運転よろしくお願いします。佐藤さん」


「了解です。貴一坊ちゃん」


「なんであんたが俺のこと知ってるんだ?」


「椋薇様から貴一坊ちゃんのことは常々聞いております。なんでも椋薇様の恋人でいらっしゃるとか」


「うん。百パーセント違うよ」


「え?」

 佐藤さんは当惑した。アクセルとブレーキは踏み間違えないでね。


「きー君は照れてるだけだから。気にしないで。佐藤」


「照れてない。俺は事実を言ってるまでhy……ふひゃ」

 またもや、篠塚に口を手で押さえられ、発言不能に陥ってしまった。

 篠塚は俺の耳に唇が付きそうになるほど顔を近づけ、

「きー君。黙ってて。そんなことより、この前のNHKのアニメイベントで手に入れた色違いデン○デラックスいらない?」


「なっ!」

 驚きのあまり、俺は目を見開いた。俺が大好きなデン○の色違いだとっ? 

 あれはおじゃる○の中でも一番レアなフィギアだぞっ。もちろん俺は手に入れようとイベントには行ったけれども、結局ありえないぐらい長寿な亀姉妹のステッカーしか手に入れられなかった。

 抽選倍率は確か、一千倍にも上っていたはずだ。


「なんでお前が持ってるんだ?」

 つい、口元が緩んでしまう。おっといけねえ。ヨダレが·····。


「なんでって·····。あのイベントはうちのグループが主催しているものですし」


「は? お前、鷹野グループに何か関わりあるの?」

 鷹野グループと言ったら、一般的な部門においては、旧財閥ほどでは無いにしろ、エンターテインメント界においては絶大な権力を持っている持株会社の総称だ。

 要するに、あらゆるアニメ制作会社や、出版社のトップ。


「関わりというか、鷹野グループの現トップ、鷹野 昭三は私の母方のおじいちゃんだよ?」


「そ……そうだったのか。で、そのブツは?」


「もちろんタダで何てあげませんよ。等価交換です」


「ああ。俺の腕でもなんでもくれてやるっ! だからデン〇を俺にくれっ!」

 喉から手が出るほど欲しいっ!


「じゃあ、遠慮なく。動かないでくださいよ」


「ぎょ、御意」

 何されるかわからないけど、デン○の為なら自分の体とかどうでもいいや。


「目をつぶってください」


「何秒間だ?」


「五秒です」

 五秒。それだけ我慢すればいいんだ。

 俺はミラーに写るニマニマしながらハンドルを握る佐藤さんを少し気にしながらも、目をつぶった。

 佐藤さんとしては、自分が仕えている家の令嬢がこんなやつで良いのだろうか?


「ふー。ふー。ふーっ」

 右耳に、篠塚の吹いた生暖かい息がかかる。気配から察するに、篠塚の顔はかなり俺の顔に接近している。

 バクンバクンと自分の心臓の音が速く、強くなるのがわかる。背中にツっと冷や汗が走った。

 五秒まで、あと三秒を数えたころ、俺の右耳は何やら生暖かいものに包まれた。二つに分かれた柔らかいものに挟まれてその二つのもの間の隙間から出てきた、暖かい蒟蒻みたいなものが俺の耳たぶを転がす。


「ふあ?」


「ろーひたの? きー君?」

 その、二つのものは唇。間から出てきたものは舌だった。とても長く感じられた五秒が終わると、俺は即座に目を開けた。


「うう。ほら、お前がやりたいことは済んだだろ? 早くデ○ボをくれ」

 耳ハミ処女をこんな奴に奪われちゃった。

 貴一、お嫁に行けないっ!


「分かってるよっ。佐藤。郵便できー君の家にあのフィギュア送っといて」


「かしこまりました。椋薇様」

 青春やなあ。みたいな顔でこちらをミラー越しに伺う佐藤さんは無線機で誰かに「あれを貴一坊ちゃんのもとに」と伝えた。

 篠塚の他の使用人も俺のこと知ってるのかよっ?


「いつもは電車に乗って英単語を覚えながら学校に向かうから、学校までの距離は短く感じるけど、篠塚と一緒だと無限に感じるよ。苦痛だから」


「私はきー君と一緒にこうして学校に向かう時間は一瞬に感じるっ。ほら。もう残りの道は半分も残ってないし」

 あと半分ぐらいか·····長いな。


「ところできー君。この女の子は誰かな?」


「ん? なんだ? その写真は」

 篠塚がポケットから取り出した写真には、俺の家の庭でせっせと洗濯物を干している日和が写っていた。


「誰って? 近所に住んでて、昔から知り合いの柳 日和だけど?」


「私という者が居ながら、この小娘とイチャイチャ同棲しているんですね?」


「二つだけ言わせてくれ。まず一つ。お前という者は俺にとって昨日転校してきただけのただの転校生だ。そしてもう一つ。日和は俺と同棲しているわけではない」


「嘘だっ‼」

 こいつたまにヤンデレモードに入るよなあ。ひぐら○じゃん。


「嘘じゃない」


「じゃあ、なんで平日の昼時はいつもこの子が、きー君の家にいるのっ?」


「何故、昨日転校してきたばかりのお前が、平日の俺の家の様子を知っているのかは、いったん置いておこう。その子の母親は今海外にいて、お父さんはもう亡くなってる。だから、俺が面倒を見てるんだ。といっても俺のほうも面倒みられてるけど」


「嘘です。この子はどう見ても中学生ぐらいです。この地域の中学生はもうとっくに新学期が始まってるはず。だから、この子はきー君が学校にも行かせずに一緒に暮らしているきー君の性欲のはけ口に違いありません」


「篠塚·····。お前。言って良いことと、悪いことがあるぞ」

 幼なじみを侮辱されて、キレる寸前なんだが。篠塚は自分が言ったことの失礼さにすぐに気づいたらしく、小さな声で、

「ごめんなさい。でも、じゃあ、平日に家に居るってことは、何か事情が?」と聞いてきた。


「日和は中学生じゃない。俺より一歳年下の高校一年生だ。今年からな。だけど、中学校での酷いイジメのせいで、まだ、怖いみたいでな。高校の入学式には行けていない。俺たちと同じ、七条高校だ」

 気づけば、篠塚は、まじめな顔で考え込んでいた。


「その子は、日和ちゃんは、きー君にとって大事な人なの?」


「ああ。もちろんだ。俺は小さい時から、ずっと日和の兄貴分で、父親分だからな」


「じゃあさ。私と、きー君で頑張って、日和ちゃんが学校に行けるようにしない?」


「え? そんな突然に?」


「これは、真面目に言ってるんだよ? きー君の大事な人がつらいのは、私もつらいもん」


「篠塚·····」


「着きました。お二方」

 リムジンが俺たちの高校の前に停まり、佐藤さんがドアを開けてくれた。俺は佐藤さんに会釈をして車から降りた。


「篠塚、お前、本気なのか?」

 校門をくぐりながら、篠塚に聞いた。


「当たり前でしょ? だって私はきー君の妻だもんっ。夫をサポートするのは妻の務めだよ。きー君は日和ちゃんに学校に行けるようになって欲しいんだよね?」


 日和と共に学校に行くことは俺の悲願だ。

 俺一人だけよりも、協力者がいた方が良い·····かもしれない。


「ああ。日和とまた一緒に楽しく登校したいからな。俺一人でやろうとしてたけど、力を貸してくれるのなら、よろしく頼む」


 俺の言葉に、篠塚は黙って頷いた。

 一瞬だけ、篠塚が女神に見えた気がした。




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