失恋から始めよう

和來 花果(かずき かのか)

第1話いる、いない、会える、会えない

 「入学、おめでとうございまーす!」

 「テニス部でーす! よろしくねー」

 「バレー部でーす! 県大会出場してまーす」

 「チアリーディング部です! 楽しいよー」


 私立高槻高校では、入学式が終わった後それぞれの部活のユニフォームを着た生徒達が、手作りのチラシを片手に勧誘合戦を繰り広げていた。


 まだ興奮が残る新入生の手には、先輩達に無理やり渡されたチラシがたいてい数枚握られている。

 達哉はどこの部活にしようかな、と迷っているふりをして、なるべくゆっくりと部活動の勧誘の声が飛び交う通路を歩いた。

 道の両脇に立つ桜は、今年は開花が早かったのでもうほとんど散ってしまった。花は日陰にある木の一部の枝に残っているだけなのに、風に乗って花びらがハラハラと降ってくる。


 (いる、いない。会える、会えない)


 そんな花占いみたいに、ひらひら、ひらひら。


 「ねえ、君、何部を探してるの?」


 手にコーラス部のチラシを持った先輩が、やけになれなれしく達哉の肩に腕を回して聞いてきた。横目でチラリと確認すれば、どちらかといえば冴えない感じの人だった。

 親切なんだろうけれど、達哉には探している部活を言えない訳がある。

 なぜなら…。


 「たっちゃん!」 


 名前を呼ぶ懐かしい声に振り向く。でも振り向かなくても、それが誰だか分かってる。なぜなら探していたのは……、


 「さち! なんだよ、コーラス部に勧誘してるんだから、邪魔するなよな」


 冴えない先輩はさっちゃんと達哉の再開を妨害するように、さらに僕の肩をグッと引き寄せた。


 (イヤイヤイヤ、ちょっと待って、僕が探していたのは。僕が探していたのは!)


 「さっちゃん!」


 達哉は肩に回された腕をくぐり抜け、さっちゃんに駆け寄ろうとした。

 が、肩に回された腕の力は意外にも強く、達哉は先輩を肩にくっつけたまま、さっちゃんを振り返る羽目になった。


 「たっちゃんもウチに来たって聞いて、探してたんだよ! 久しぶりだね!」


 ほとんど五年ぶりに見るさっちゃんは、ほんのり陽に焼けていてさらさらのショートヘアが風になびいていた。女子サッカー部のユニフォームであろう短パンから、スラリとした足が伸びていた。さっちゃんはあの頃と同じように、きらきら輝いていて眩しかった。


 「たっちゃん、コーラス部に入るの?」


 ちょっと首をかしげる仕草がかわいくて、達哉はぼうっとして、気付いたら肯いていた。

 

 さっちゃんは小学生の時から運動神経がよかった。6年生の時には、女子の中では間違いなく学年で1番足が速かった。

 体を動かすことが大好きなさっちゃんと近所に住んでいる二歳年下の達哉は、小さい頃からよく遊んでいた。鬼ごっこ、かくれんぼ、それに山にコビト探しに行ったり、川でザリガニを釣ったりもした。幼なじみといえば、まず名前が浮かぶのはさっちゃんだ。

 小学校でも高学年になれば、男の子と女の子は自然に距離が出来てしまうものだ。まして達哉とさっちゃんは二歳も離れている。けれど達哉とさっちゃんは、一緒に遊ぶ機会は減ってしまったものの、時には一緒に遊んだし都合が合えば親に映画館まで連れて行ってもらって、二人で映画を観たりした。心の距離は離れていなかったと自信を持って言える。

 その証拠にさっちゃんが六年生の年まで、バレンタインには毎年手作りのチョコレートをくれてもいたのだ。それは達哉が母親と妹以外からもらう、唯一のチョコレートだった。


 でもさっちゃんは達哉とは違う中学に進学してしまった。サッカー部に入るために。

 さっちゃんは小学校時代、地元のサッカーチームに入っていた。市内で作っている女子サッカーの合同チームで全国大会まで進んだ強豪チームのキャプテンだった。

 けれど学区の中学は小さく、女の子がサッカー部に入った前例はなかった。だからさっちゃんは、引っ越しして隣の市の中学校に行ってしまったのだ。


 「貸家でしたし、ちょうどいい機会だと思いまして」


 引っ越しの挨拶に来たとき、さっちゃんの母親が達哉の母親に話しているのが聞こえた。


 「達哉ー! 達哉、さっちゃん、行っちゃうわよー!」


 呼ばれて、階段を嫌々降りた。

 言われなくても行っちゃう事は分かっている。わざわざ言わないで欲しかった。


 「じゃあ。また」


 ボソボソと達哉はさっちゃんに言った。

 小学五年生に、拒否権はない。

 さっちゃんの引っ越しにも、お別れの挨拶をすることにも。それなのに「また」の可能性が低いことは分かる年だった。


 さっちゃんは笑っていた。サッカーをするために、引っ越しという大きな決断を親がしてくれたのだから当然だ。


 でも達哉はさっちゃんの笑顔が悔しかった。自分だけがさっちゃんと会えなくなることを、寂しがっているみたいだ。


 だから言えなかった。

 まだ五年生だったから。さっちゃんへの気持ちはまだ、固い殻に入ったままのヒヨコだったから。……それに、さっちゃんよりも背が低かったから。


 さっちゃんとはそれっきりだった。

 二年たって、達哉は地元の中学校に進学したが、さっちゃんよりも、仲の良い女子はできなかったし、さっちゃんよりかわいくて、さっちゃんより優しくて、さっちゃんよりも一緒にいて楽しい女子もいなかった。

 

 女子サッカー部がある高校は、この近辺では高槻高校しかない。だから二つ年上のさっちゃんがスポーツ推薦で高槻高校に進学したらしい、という噂を聞いた時には、やっぱり、と思ったものだ。


 さっちゃんがサッカーをやめる訳がないのだから。


 達哉が高槻高校を志望校にしたのは、さっちゃんだけが理由ではなかったけれど、理由のひとつではあった。

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