cry for the moon

moes

cry for the moon

 西島夏樹はクラスの中心的人物だった。

 クラスメイトに囲まれて、いつも笑ってた。

 どちらかというと子どもっぽくて、にぎやかで、そういうところがちょっと苦手で、でも西島夏樹はホントに楽しそうで、つい、目で追ってしまっていた。少し、はなれた場所から。

 私は、どちらかといえば大人しいというか、目立たないタイプでいたし、ただ、クラスが同じだけで関わることのない人だと思ってた。関わりたいとも思っていなかった。

 そんな西島夏樹の方から告白された。

 みんなが花火をしているのを少し離れて見ていた時だった。

 最初はからかわれてるんだと思った。でも、西島夏樹はいつもと違う真面目な顔と声で、本気なんだとわかった。

 林間学校の花火会。そこで告白するとうまくいく、なんてジンクスは女子の中では有名だったけれど、西島夏樹もそれを信じての行動かと思ったら、可愛く思えた。

 肯いたら、ほっとしたようにしゃがみこんで、こちらを見上げた顔は満面の笑顔につられて私も笑った。

 クラスの中心的人物だった西島夏樹と付き合い始めたことは、即クラスメイトに伝わった。

 翌日のオリエンテーリングでは、他の子たちの面白半分の気遣いもあって、集団から微妙に距離をとって二人並んで歩いた。

 はしゃぐ西島夏樹の隣で、表面的には普通の顔しながら、私も内心はやっぱりはしゃいでいた。

 いつもの私だったら、集団から離れるなんてことしなかったし、脇道に逸れるなんてこともしなかっただろう。

 でも、西島夏樹と一緒だったから、楽しかったから。そしてつまらないヤツって思われるのが嫌だったから。

 あそこ、花がいっぱい咲いてる。見に行こうって、誘われて、西島夏樹が指した方向には水芭蕉っぽい花の群生があって、二人で草むらの中に入った。

――そうして、足を滑らせ、落ちた。



 覚えているのは、必死の声。

「香子を助けて」

「何でもするから」

 そこに誰がいるはずもないのに。

「だいじょうぶ」

 と、伝えたくても体中が痛くて、声もでなかった。

 朦朧としてきた意識の遠くで西島夏樹ではない声が聞こえた。

「承知した」



 意識ないまま、私は西島夏樹におぶわれて、みんなのもとに合流したらしい。

 そこから家に強制送還。怪我はたいしたことはなかったものの、熱をだしたりして夏休み中は大人しくすごした。西島夏樹にも会わないまま。

 そうして、ようやく始業式。

 いつもなら教室の真ん中で騒いでるはずの西島夏樹は、窓際の前から三番目の自分の席で静かに本を読んでいた。

「おはよう。ねぇ、夏樹、どうしたの?」

 とりあえずかばんを机に置いていると、クラスメイトが近づき尋ねてくる。

 そんなこと、こっちが聞きたかった。

「わかんない。あのあと、夏樹に会ってなかったし」

 読書なんてぜんぜんキャラじゃない。

「えぇ? 夏樹、お見舞いにも行かなかったの?」

 お見舞いに来てもらうほどのことでもなかったし、別にそれは気にしてなかったけど。考えてみれば、これもちょっとらしくない感じがした。

「うん。ちょっと、話してくるね」

 友人との話を切り上げて、西島夏樹の席の横に立つ。

「おはよう」

 声をかけると本から顔をあげる。やっぱり、なんか、雰囲気が違う。

 無邪気というか、天真爛漫というか、そういったものは鳴りを潜め、大人っぽい感じがする。

「ぁあ、香子か」

「夏樹、この間はごめんね。ありがとう」

 その口調にもやっぱり違和感を覚えながら、ずっと気になってたことを口にする。

「『おれ』は夏樹ではない」

 意味を尋ね返そうとしたところに担任が来て、体育館に集合するようにと指示され、話は途切れてしまった。

 そのまま半日、話す機会をつかめず、帰る前に何とか捕まえる。

「夏樹、さっきの何?」

「だから『おれ』は夏樹ではないと……覚えていないんだな?」

 大人びたというか、どこかえらそうな口調に首をかしげる。

「なにを?」

「仕方ない。帰る準備は出来ているか?」

 自分のかばんを手に立ち上がる夏樹にうなずき、自分の席から荷物を取ってくる。

 そしてならんで歩き出す。無言のまま。

 校門を出たところで、ようやく夏樹は口を開く。

「単刀直入に言えば、『おれ』は西島夏樹のカラをかぶった別物だ」

「は?」

 意味がわからずマヌケに呟く。

「夏樹はお前を助けたかった。お前を助けるためなら何でもすると言った。『おれ』にとっては渡りに船だったからな。身体をもらった」

 言葉を何度も頭の中で反復させる。

 やっぱり意味がわからない。

「夏樹はどこにいったの? で、夏樹じゃないなら、あなたは何?」

「そうだな。とりあえず『おれ』は人間ではない者、としか言えない。そして夏樹は『おれ』に雑じってしまっている。もういないと言っていいだろう」

 淡々と説明される。

 何と返して良いかわからず、黙ったまま隣を歩く。

 なんだろう。からかわれているのか、私と付き合うのが嫌になって適当にあしらおうとしているのだろうか。

「夏樹の寿命がある間、『おれ』は西島夏樹のふりをして生きていく。が、さすがにお前に黙ったままというのも、夏樹が不憫だからな」

 かるく苦笑したふうな呟き。すぐ隣にある顔を見る。どこから見ても西島夏樹なのに、どこかが違う。

「夏樹はお前のことが本当に好きだったようだ。必死でお前のことを案じていたからな。その意識は強すぎて、おれに雑じってしまっている」

 童顔に似合わない、大人びたやわらかい笑み。

「やだ。そんなの」

 そんな、命を懸けたみたいな。大した怪我でもなかったのに。返せるもの、なにもないのに。

「結構な怪我だったんだよ。実際。助けろというのが夏樹の願いだったから、おれが緩和させたが」

 もうほとんど傷痕の残っていない腕を見る。緩和させたって?

 実は夏樹は落ちたときに頭を打って、混乱してるのではないんだろうか。

「お前がそう思いたいのもわからなくはないが」

 憐れんでいるような微笑み。

 本当に? ほんとう?

 いつの間にか零れていた涙をぬぐっていると、腕を引っ張られる。

 人の通らない細い路地で抱き寄せられる。

 同じくらいの背の、細い身体。

「泣いておけ。というか泣いてやれ」

 やさしい、大人びた口調に促されて、しがみついて声を出さず、泣いた。



「香子せんぱーい」

 地上のものを全て焦がしてやる、くらいの勢いの炎天下、坂の上からの大声に、のろのろと顔をあげる。

 ぶんぶんと大きく手を振るシルエット。

 大声を上げる気力もなく片手を上げて返事のかわりにする。

「今日はどうしたんですか?」

「図書当番。淳也くんは……体育祭の準備?」

 ぱたぱたと駆け寄ってきた後輩に苦笑いして返す。

「当たりです。応援旗、作ってるんです」

 にこにこ、人懐っこい笑み。無邪気で、かわいい。むかしの夏樹に、似ている気がする。少し。

「今日は夏樹先輩と一緒じゃないんですか?」

「ツキ? そんな、いつも一緒じゃないよ」

 これにも苦笑いを返す。

 夏樹の姿をしたものを私だけが『ツキ』と呼ぶようになって、もう四年も経った。

「香子先輩。ちょっと気になってたんですけど、なんで『ツキ』なんですか?」

 周囲に誰もいないか確認するようにきょろきょろ辺りを見て、こそと尋ねる。

「もう、夏樹じゃないから。……じゃ、行くね」

 意味が分からず、目を瞬かせている淳也くんをそのまま置いて校舎に向かった。



 職員室に寄り、取ってきた鍵で図書室をあける。

 夏休み中、このしょぼい図書室にわざわざ本を借りに来る物好きがいるのか? と毎度思う。実際、自分が当番のときに借りに来た人を見たことはない。

 暑い中、学校まで来るのは面倒くさいけれど、来てしまえば課題でもやってればいいから、当番自体はさほど苦でもない。誰もこない、静かな空間というのは、落ち着く。冷房がついてれば尚良いけれど、贅沢いっても仕方ないし。

 ドアを開けると風の通っていない独特のむっとした熱と、新しくない本のにおいのまざった空気が流れ出す。

 カウンターに荷物を置いて、入口側から順番に窓を開けていく。

 ぐるりと一周全部窓を開けて戻ってくるとカウンターに人影。

 夏休み、初貸し出しか?

「……なんだ、ツキか」

 近づくと見慣れた顔。カウンターに腰掛けてこちらを見ている。

「学校来るなら言ってくれれば良いのに」

「なんで?」

「何度言わせるんだ? 夏樹がお前を守れって言ったから」

 ツキは笑う。その笑みは見慣れすぎてしまった。もう。あの頃よりずっと背が伸びて、顔立ちもずっと大人っぽくなっているけれど。

「律儀すぎ。学校に来るくらいで何があるっていうの?」

 笑みを混ぜて言ってみる。

 四六時中、一緒にいるわけじゃない。クラスだって別だし、部活も違う。当然、ツキにもちゃんと友人関係が出来ている。別行動をとっていることだって多い。今はもう、カレシカノジョでもない。

 なのに気付くとそばにいる。

「早くカレシ作れよ、香子」

「作ろうと思って作れるものなの? それにツキがいつもくっついてる状態じゃ、ムリでしょ」

 カウンターの中に入り、課題をひろげながら答える。

 聞かれれば「つきあっていない」と答えているけれど、周囲からはあまり信じられていない。

「じゃ、夏樹を忘れろ」

「そこにツキがいるのに?」

 矛盾している。本当にそう思うなら、いつもそばにいるのは違うんじゃない? そんなんだから。

「おまえの好きな夏樹はこんなじゃないだろ。顔だって随分違うはずだ、あの頃とは。まして性格は……夏樹はまっすぐ天真爛漫なヤツだっただろ。ちょうど、淳也みたいに」

 わかってる。

 もともと、淳也くんはツキの部活の後輩で、引き合わせたのもツキだ。

 そういう意図もあったのだろうというのはうすうす感じていた。

「香子だって淳也の好意、気付いてるんだろ?」

「……あれだけ、わかりやすければね」

 先輩の友人、というだけの存在の私を見かけるたびに駆け寄って声をかけられれば、さすがに。

 その様子は子犬が懐いてる感じでかわいいなぁとは思うけど。

「人は変わるんだよ、ツキ」

 変わってしまうんだよ。厄介なことに。

「お役御免になれなくて、残念だね?」

「香子が誰と付き合おうと、香子を見てるよ、夏樹の身体がある限りは。もちろん、邪魔しないように、距離はとるから心配するな」

「ツキ、それはストーカーっぽいよ」

 ダメだ。決定的に。もう、絶対に。

 義務感からでた言葉が、それでもうれしいとか。

「それは、おれもそう思う。けど、夏樹との約束だからな」

 その、笑い方とか。妙に律儀なとことか。

 そういうのが、好きだなんて。好きになったなんて。言えない。

 言わないから。夏樹のことも忘れないままでいるから。

 良いかな。このままそばにいても。

「何、泣きそうな顔してるんだ?」

 そういうことは、すぐ気がつくし。

「してない」

 顔を背けると、背後に吐息のような笑い声。

 ないものねだりをしていることはわかってる。

 だから、まだ今はこのままで。


                                  【終】

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