第10話 ドラキュラ伯爵
「ほらアンジーちゃん! これも食べてごらんよ!」
「ぬっ!? これは煎餅というヤツじゃな!?」
「煎餅を食べるのは初めてかい? じゃあ金平糖を見るのも初めてなんじゃないかな?」
「なんと! 色とりどりで可愛らしいのう! 箱の中に星を集めたかのようじゃ!」
「『星を集めた』か~、なかなかメルヘンチックな表現をするね~」
もっちゃもっちゃと頬を膨らませるアンジーと、猫可愛がりを続けるおっさん二人。
その様子を見て、このままでは話が進まないと判断したマコトは、三人の会話へ割りこむことを決めた。
「盛り上がっているところ失礼します。
私とアンジーはこの場所に辿り着いたばかりで、この街がどのような状況にあるのか把握できていません。
ですので、当時の状況や現状についての説明をいただけると助かるのですが……」
「た、確かに小野屋君の言うとおりだね」
マコトがそう尋ねると、立石は金平糖を置いて気恥ずかしそうに笑う。
続けて、唇を薄く噛んだ立石は、逡巡するように視線を彷徨わせた後、ポツリポツリと当時の状況を語りだした。
「当時……あの異変が起きた時、僕と吉岡君は屋上の喫煙所で食後の一服を楽しんでいたんだ。
今日の昼食は何だった? 午後の予定は? そんな他愛もない会話を交わしながら煙草をふかしていたんだけど……二本目の煙草に火を着けようとした時だったかな? 大きな揺れが僕達を襲ったんだ」
立石は膝に置いた指で、パンツに皺を作りながら話を続ける。
「本当に恐ろしかったよ……あれ程の揺れは初めての経験だったからね……
立っていることすらままならない上に、聞こえてくるのはビルが軋む音や、何かが崩れ落ちる音、それにあちらこちらから上がる人々の悲鳴。
本当、こういった時に人は無力だよね……僕は恐ろしさのあまり、身を屈め、奥歯を鳴らすことしか出来なかったよ……」
そう言うと、僅かに震えた指先で缶コーヒーを握る立石。
喉を潤わせる訳でもなく、ただただ缶を握ると話を再開させた。
「そうして震えてる内に揺れはおさまったんだけど……状況を確認する為に、屋上から周辺を見渡した僕は愕然としたよ……
ロータリーや線路上には背の高い木々が伸びているし、幾つもの大樹がビルや民家を貫いていたんだからね……
そ、そ、それにあのあの化け物ッ!!
ぶ、豚みたいな化け物や緑色の化け物が……ひ、人を! ひ、人を殺して――うぷっ!?」
「か、課長! だ、大丈夫ですか!?」
「あ、後の説明は俺が引き継ぎますんで、課長はトイレに行ってきて下さい!」
「す、すまない吉岡君……た、頼めるかな? ――うぷっ」
立石は涙目になりながら慌てて席を立つ。
それを心配そうな表情で見送った吉岡は、「はあ」と溜息を吐くとガリガリと頭を掻いた。
「始めっから俺が話しとけば良かったな……本当、何やってんだか……」
「課長に……何かあったのか?」
「……道路を封鎖してる最中にさ……見つけちまったんだよ」
「見つけたって……何をだよ?」
「……嫁さんと……息子さんの亡骸だよ」
「――ッ!?」
マコトは吉岡の話を聞いて大きく目を見開く。
「この街に来てたのか……」
「ああ、さっき喫煙所で俺と話してたって課長が言ってだろ?
その時に嬉しそうに話してたんだわ……『嫁と息子がこっちに来てるみたいでね。今日の夕食は外食しようって話になってるんだよ』ってさ」
「課長に悪いこと――いや、酷いことをしちまったな……」
「いや、知らなかったんだから仕方ねぇよ……
むしろ悪いのは、知ってるのに説明を任せちまった俺の方だよ……」
そのような会話を交わすと、二人の間に重苦しい沈黙が流れる。
そして、その会話をマコトの隣で聞いていたアンジーなのだが、重苦しい空気を変えてやろうとでも考えたのだろう。
「マコトが暗い顔をしてどうする?
課長殿が気丈に振る舞っておるというのに、お主が暗い顔をしていたのでは台無しではないか?
ほれ、ぽていちでも食べて元気出すんじゃ! ほれ! ほれほれ! ほれほれほれいっ!」
アンジーは至極まっとうな言葉を口にすると、ポテトチップスをマコトの口に押し込んでいく。
しかし、やり方が良くない――というよりは相当に鬱陶しかったようで、
「ふぁべものれあふぉふんじゃれぇ(食べ物で遊ぶんじゃねぇ)」
「しゅみゃん……なのひゃ(すまん……なのじゃ)」
両頬を片手で掴まれたアンジーは、息の抜けた声を漏らす羽目になってしまった。
ともあれ、「重苦しい空気を変える」という目的だけは、どうにか達成することが出来たのろう。
「くっくっ、なんか二人のやり取りって馬鹿っぽいけど微笑ましいよなぁ。
――まあ、それはさて置き、当時の状況と現状についての話だったよな?
説明してやるから、ふざけないでちゃんと聞いてくれよ?」
「馬鹿ぁ? 儂はお利口じゃろうが!?」
「微笑ましいだぁ? 吉岡は眼科に行った方が良いんじゃねぇか?」
不満げな表情を浮かべる二人を他所に、吉岡は「くつくつ」と笑いながら話を再開させるであった。
「成程ね……状況は最悪って訳か……」
吉岡の説明を聞き、現状を把握したマコトは思わず溜息を溢す。
何故なら、想像していたよりも現状が複雑化していると理解したからだ。
「要するに、魔物達は散々暴れ回った後で四号線方面へ移動した。
その隙をついて誰が言いだす訳でもなく道路の封鎖を始め、駅を中心とした要塞もどきが出来上がった。
今この場所に居るのは数百名くらいで、早くも三つの派閥に分かれつつあるってことか……」
「ああ、そうだ。
一つ目は穏健派――まあ、意味合いが違うかもしれないけど、小野屋の言う魔物を下手に刺激せず、警官や自衛隊に任せよう。って派閥だな。
二つ目は中立派――これも意味合いが違うが、どうすれば良いか決めらないどっち着かずのヤツらだ。
で、最後に過激派――こいつらは「魔物憎し」を原動力にして、積極的に魔物を狩ろうとしている結構ヤバい連中だ」
「……ちなみに、吉岡と課長はどこの派閥なんだ?」
「俺と課長は中立派だな。
まあ、課長は家族のこともあるし過激派寄りだったけど……そこをどうにか説得して中立派におさまって貰ったって感じだな」
「説得? どうやって?」
「……わ、笑わないなら教えてやるよ」
「は? 笑う訳ないだろ」
「じ、じゃあ教えてやるけど……単なる泣き落としだよ……」
「泣き落とし?」
「だ、だって課長ってヒョロヒョロだろ!? 過激派なんかに参加したら絶対死んじまうよ!
だ、だから頼んだんだよ……嫁さんと息子さんの為にも、課長は生き抜いて下さいって……」
「――くっ」
マコトは頬を赤らめる吉岡を見て、約束を破って小さな笑い声を漏らしてしまう。
「お、お前! 笑わないっていっただろ!?」
「わ、悪い悪い。馬鹿にしてる訳じゃないから許してくれ!」
「嘘付け! 馬鹿にしてんだろ!」
「し、してねぇよ! 吉岡の気持ちは凄く分かるし!」
笑い声を漏らしたマコトであったが、その言葉に嘘はなかった。
何故なら、マコトが吉岡と同じ立場であれば、きっと同じ行動をするだろうと考えていたからだ。
要は、泣き落としてでも生きて欲しいと思わせるのが立石という人物の人間性であり、そう思う程にマコトと吉岡は立石の世話になってきた。
これはある意味、気恥ずかしさの共感であり、吉岡の姿に自分を重ねたからこそ出た笑いであったのだが――
「つーか、お前がそういう態度を取るなら俺からも言わせて貰うぞ!
なんだよその厨二病みたいな見た目はよ!」
「ぐっ!?」
マコトの考えなど与り知らない吉岡は、仕返しとばかりに痛い一撃を放つ。
「し、仕方ねぇだろ! 俺だってこんな見た目になりたかった訳じゃねぇよ!」
「はっ! ドラキュラ伯爵みたいな成りしてよく言うなぁ~」
「は? ドラキュラ?」
ドラキュラ伯爵と言われたマコトは、窓ガラスに映った自分の姿を凝視する。
すると、マコトの目に映ったのは、ヘルメットを被っていた所為で、オールバックになっている自分の頭髪。
その頭髪にはまばらながらも、一種のスタイルとして認識できる程度の白髪が混じっていることが分かる。
加えて、顔に視線を移せば、目に下にこさえた隈に、不健康という認識をギリギリ避ける程度にこけた頬。
「へぇ、上手いこと言うじゃん」
マコトは反論するつもりであったが、吉岡の「ドラキュラ」という表現が的確であると納得してしまい、反論するどころか感嘆の声を漏らしてしまった。
しかし、そうして感嘆の声を漏らしていると――
「ドラキュラ伯爵とはなんじゃ? そのような貴族とマコトは似ておるのか?」
この世界の知識に乏しいアンジーが、首を傾げて疑問を口にする。
「アンジーちゃんはドラキュラ伯爵を知らないの?」
「うぬ! 知らんのじゃ!」
「えっと、ドラキュラ伯爵って言うのは……確か、ヴラド・ツェペシュって人が元になってるんだっけか?」
「ヴラド・ツェペシュ?」
「ま、まあ、正直俺も詳しくは分からないんだけど……
その人を元にしたドラキュラ伯爵っていうのが居て、映画とかで描かれる姿が今の小野屋に似てるって感じかな?」
「ほうほう! 映画というのは動く絵画の一種じゃな!
して、動く絵画に描かれるほどのドラキュラ伯爵という人物は何者なのじゃ?」
「う、動く絵画? お、面白い表現をするね?
ドラキュラ伯爵か……何者かといえば吸血鬼? ヴァンパイアって言った方が今風なのかな?」
吉岡がそう口にした瞬間、アンジーの瞳はキラキラと輝きだす。
「吸血鬼!? ドラキュラ伯爵は吸血鬼なのか!?」
「せ、世間一般ではそういう認識だね」
「して、マコトは吸血鬼であるドラキュラ伯爵に似てると!」
「う、うん。見た目とか雰囲気がね」
「成程! 成程! 成程のう!」
くどいくらいに「成程」を繰り返したアンジーは、マコトに上目遣いを送る。
そして、もじもじと両の人差し指を擦り合わせると――
「マコトと儂はおそろじゃのう?
今風に言うとニコイチというやつかのう?」
そう言ってマコトの脇を突くのだが……
「ニコイチは古いわ。てか、課長は大丈夫なのか? ちょっと様子を見てくるわ」
「ほわい!?」
見事なまでに袖にされ、下手くそな英語を叫ぶのであった。
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