第8話 旅立ち

 

「――かはっ!?」


「おや、お目覚めのようじゃのう? 気分はどうじゃ?」


「相変わらず最低最悪の気分だよ……うぷっ」



 マコトは質問に答えると同時に、口元を手のひらで押さえる。

 込み上げてくるような熱さを喉に覚えるものの、寸前のところで嚥下してみせた。



「おお、偉い偉い。流石に四冊目ともなれば――と、いったところかのう?」



 そんなマコトに対して、ぺちぺちと拍手を送るアンジー。

 その姿を見れば、オーバーサイズ気味のティーシャツと、同じくサイズの合っていないハーフパンツを身に着けていることが分かる。

 どうやら、吐瀉物で服を汚されてしまった為、マコトの母親の服を借りることにしたようだ。



「して、【隻眼の花婿】の【身体強化魔法】。

【泥水啜り】の【水魔法】。

【醜女の火葬人】の【火炎魔法】。

【墓掘り農奴】の【土魔法】を身に着けた訳じゃが、まだ続けるつもりかのう?」


「あ、ああ……あるなら持ってきてくれ」


「ならば、お次は【無翼の愚者】の【風魔法】などが良いかも知れんのう。ほれ、受け取るんじゃ」



 アンジーはテーブルに積まれた本の中から一冊の魔法教典を手に取る。

 続けて、投げ渡すような仕草を取るのだが――



「と、言いたいところじゃが、今日はここまでにしておこうかのう」



 実際には投げ渡すことはせず、積まれた本の上へと魔法教典を戻した。



「俺は……まだやれるぞ?」


「儂はそう思わないのう。

マコトよ。そこに手鏡があるから自分の姿をよ~く確認してみるのじゃ」



 マコトはヨロヨロとした足取りで立ち上がると、硝子棚に置かれた手鏡を手に取る。

 そして、手首を返して鏡面を自分に向けると、そこに映る自分の姿を覗きこんだ。



「……なんだこれ……これが俺なのか?」



 その瞬間、マコトは驚嘆の声を上げる。

 鏡面に映ったのは、頬がこけ、目の下に黒々とした隈をこさえた自分の姿。

 加えて映ったのは、まるで白のメッシュを入れたような、まばらに色素が抜けた頭髪だった。

 


「……もしかしなくても、魔法教典の影響でこうなったんだよな?」


「そのとおりじゃな。

強烈な追体験を経て、魔法を修めたマコトであれば理解できるじゃろ?」


「ああ……要するに精神的負荷。

それが積み重なってこんな姿になっちまったって訳か……」


「うむ。故に、これ以上続けてはマコトの精神が喰われてしまうと思い、『今日はここまで』と伝えた訳じゃな」



 アンジーがそう言うと、マコトは「成程な」と呟き、改めて手鏡を覗きこむ。

 


「人をここまで変えちまう魔法教典って……いったい何なんだろうな……」



 続けて疑問を口にし、眉を顰めながら白髪の束を捩じっていると――

 


「言うなれば【呪物】のようなものじゃな」



 そんなマコトの疑問が届いていたようで、アンジーが答えを返した。 



「【呪物】? ……お前、教科書のようなもんだって言ってなかったか?」


「間違ってはおらんじゃろ?

現にマコトは魔法教典に触れ、魔法を修めているのじゃから」


「……言いたいことはあるが……とりあえず話を続けてくれ」



 マコトは聞かされていた話に齟齬があるように感じたが、言及しても仕方がないと判断し、話を促す。



「まあ、魔法教典については諸説あるんじゃが、魔法教典というものは著者の強い情念が込められた【呪物】のようなものなのじゃと儂は考えておる」


「著者の強い情念……」


「うむ、魔法教典によって込められた情念に違いがあるのは確かなのじゃが……

一様に言えるのは、魔法教典と呼ばれるものには【呪物】に昇華すほどの情念が――それほどの想いが込められているということなんじゃよ。

逆に、昇華するに至っていないものは魔法教典とは呼べんし、【魔道書】などと呼ばれる訳じゃな」


「……情念だけであんな現象が引き起こせるもんなのか?」


「引き起こせるもなにも、現にマコトは体験したじゃろ?

それが事実であり、余計な考えを挟むのは無粋だと儂は思うけどのう?」


「まあ、何となく言わんとしてることは分かるけどよ……」


「じゃろ? 実際、説明しようと思えばそれなりの説明はできるんじゃが――人の情念によって一冊の本が【呪物】へと昇華した。

そう考えたほうが、「ろまんてぃっく」だとは思わんかのう?

それでも納得出来ないのであれば――マコトも本を読んで感情移入したことがあるじゃろ?

そこに魔力が干渉して、より深く感情移入したと考えれば、少しは納得出来るんじゃないかのう?」


「ああ……そう言われるとなんとなく納得はできるか……」



 アンジーが説明を終えると、マコトは納得するように頷く。

 そんなマコトの元へ歩み寄ったアンジーは、白髪の束を軽く指でつまむ。 


 

「要するに、それ程の情念が込められた魔法教典に――しかも四冊分もの魔法教典に触れたのじゃ。

マコトが精神的負荷を抱え、そのような身なりになるのも至極当然のことじゃろう。

むしろ、この程度で済んだことを逆に褒めてやりたいくらいじゃよ」



 続けて、アンジーは称賛の言葉を送るのだが、同時に疑問を覚えたのだろう。


 

「――ふむ、実に不思議じゃのう。

何故、只人であるマコトが、あの精神的負荷に耐えることができたのじゃ?

魔法教典に触れたことで、今まで経験したことのないような絶望も甘美も味わった筈じゃろ?

なんなら内臓の臭さも、人に刃を突き立てる感触も、人の肉の味さえ味わった筈じゃ。

だというのに、どうしてマコトはそれらを受け入れることができたのじゃ?」


「うぷっ――んぐっ」



 アンジーが尋ねたことにより、マコトは「それら」を思い出してしまう。

 その所為で、再び喉に込み上げてくるような熱さを感じてしまうが、涙目になりながらもどうにか嚥下した。



「別に受け入れきれてねぇよ……

思い返すだけで吐きそうになるし、最低最悪な気分になっちまう……」


「と、言う割には、魔法教典に喰われることなくここに戻って来ておるじゃろ?」


「それは……アンジーが言うよに魔法教典が【呪物】で、俺が言ったように呪いが収まっているだけの物だったら、きっと精神が崩壊して、ここには戻って来れてねぇよ」


「……ほう。ただの【呪物】ではないと?」


「ああ、確かに俺は「呪い」だと表現したが……

魔法教典には呪いだけじゃねぇ……きっと「願い」も含まれてるんだ」


「――続けるのじゃ」


「正直にいうと、初めはそれに気付くことができなかった。

そりゃあそうだよな? あんな訳の分からない絶望を味わわせられたら、精神を保つのが精一杯で、思考する余裕なんてある筈がねぇ。

だけど、二冊、三冊と触れていく内に、少しだけ思考する余裕が生まれてきたんだわ。

何でファブロはこの本を書いたんだ? なんでラカタは? アアレイは? ドノヴァンは? ってな」



 マコトは話を続ける。



「それで分かったのは、どいつもこいつも絶望していた。

恐らくだけど、それをどうにか吐きだそうとして、一冊の本を書き上げたんじゃねーかな? なんて思ったんだよ」


「ふむ、だとしたらそこには呪いしか含まれていないような気もするがのう?」


「……お前、全部分かってて意地の悪い質問してんだろ?」



 アンジーは、「さて何のことやら」と口にすると、話を促すようにして右手を差し出す。



「ったく、じゃあ話を続けさせて貰うが……

で、だな。俺は思ったんだよ。吐きだすだけならこんな大層な本にする必要があったのか? ってな。

じゃあなんで本にする必要があったのか?

これも恐らくだけど、こいつらは何かを伝えたいから本にしたんだって気付いたんだ。

それが「呪い」なのか「願い」なのかは、読み手に委ねられるのかもしれねぇけどよ。

俺はすくなくとも「願い」が含まれてるって感じたんだ。

そうじゃなきゃ、「この物語を最愛の妻と妹に送る」なんて一文を、ファブロは最後に綴らねぇだろ?

ラカタもアアレイもドノヴァンもそうだ。

どいつもこいつも、辛くて残酷な目に会って、心底世の中を憎んでたけどよ……それでも最後には……最後にはどこか優しい一文を綴ってたんだ。

だから俺は――「呪い」であると同時に「願い」だと思えた。だから耐えることができたんだよ」



 マコトが話を終えると、アンジーは頬を緩ませくつくつと笑う。



「成程、成程。

じゃがしかし、ソレを理解しているだけでは耐えられなかった筈じゃ。

そもそもに、ソレを理解ししていたとしても、強烈な追体験というものに凡人は耐えられない筈じゃからのう。

それなのにマコトは耐えて見せた。なにがマコトの芯となって支えていたんじゃ?」


「何が俺を支えたって……俺には俺の絶望が――親父とお袋を殺されたって絶望があるからな。

悪いけど、あいつらの絶望に飲まれてやる訳にいかなかった。ただそだけだ」


「しかし、それよりも辛い思いを魔法教典で経験したじゃろ?

最愛の妻を自らの手で殺した。喉の渇きゆえに弟の血を啜った。行き過ぎた虐待ゆえに半身を焼かれた。空腹のあまりに友人の肉を喰らった。

どれもこれもマコトの絶望にひけを取らないと思うがのう?」


「――うぷっ! だ、だとしてもだ!

俺は俺の復讐を果たす為に、飲まれてやる訳にはいかねぇんだよ!」


「くっくっくっ、面白い、面白いのう!

マコトは人の痛みに共感することができるというのに、独善的でもあるんじゃのう。

うむ! 実に結構! 冷静と情熱を合わせ持つというのは魔法を使う上で重要な要素じゃからのう! マコトよ。お主は強くなるぞ?」



 アンジーは愉快気な様子でマコトの腰をポンポンと叩く。

 対してマコトはいうと――

 

 

「何がそんなに楽しいんだか……意味がわかんねぇよ……」



 言葉の意図を汲み取ることができず、溜息交じりにぼやくのだった。






 

「妙に静かだな」



 時刻は16時。

 車庫に向かう為に庭に出たマコトなのだが、昨日まで聞こえていたサイレンやヘリの音、加えて人の声がまったく聞こえないことに眉根を顰める。



「あんまり良い兆候じゃなさそうだが……とりあえず、エンジンが掛かるか試さなきゃな」



 マコトは、手に持った鍵をチャラチャラと鳴らしながら、小走りで車庫へと向かった。


 

「おっ、あったあった」



 小野屋家の車庫は、車が三台駐車しても余裕があるくらいの広さがある。

 まあ、四分の一ほどは農具や収穫した野菜で占拠されているのだが……

 ともあれ、マコトはそんな車庫の一角に、グレーのシートに覆われた物があることを確認する。



「まあ、動かないとは思うけどな……」



 マコトはグレーのシートに手を掛ける。

 そして、諦め口調でシートを外し始めるのだが……



「は? なんで? ……いや、親父が整備してくれてたのか」



 そこにあったのは、埃の被ってない250ccのオフロードバイク。

 独り暮らしを始めてからずっとほったらかしにしてたというのに、当時と変わらない状態のオフロードバイクがそこにはあった。

 


「親父……ありがとうな」



 マコトはキーを回すと、クラッチを握り、キックを入れると同時にアクセルを回す。



「キック一発とか、俺もさびてねぇな」



 一発でエンジンを掛けられたことに対し、思わず笑みを溢すマコト。

 満足気に顎を擦ると、久し振りの愛車との再開に目を細めるのだが――



「ぬおっ!? 格好良いのう! なんじゃこれは!」


「おわっ!? お、お前! すぐ戻るから待ってろって言っただろうが!?」



 リビングで待たせたいた筈のアンジーが隣に居ることに気付き、驚きの声を上げてしまう。



「ったく……こいつはバイクだよ。

これから移動の際にはお世話になるんだから、挨拶しとけよ?」


「よろしくのう! バイク殿!

ところでマコトよ! こっちの四ツ輪も車という乗り物なんじゃろ? こっちには乗らんのか?」


「ああ、荒れた路じゃバイクの方が小回りが利くからな。

残念だが、車での移動はお預けだ」


「むぅ……こっちにも乗ってみたいのう」


「まあ、いずれは乗る機会があるだろうから、その時はドライブに連れてってやるよ」


「ぬっ! 約束じゃぞ!」


「あいよ」


「絶対じゃから――ん?」



 バイクや車を前にしてそのような約束を交わす二人。

 が、アンジーが何かを察知したようで、途端に口を噤む。



「どうしたんだ?」


「恐らくじゃが、バイク殿の音に釣られて魔物が来たみたいじゃのう」


「ま、魔物って【はぐれ】か!?」


「いや、足音から察するにゴブリンじゃな」


「ゴブリンっていうと、緑色の肌をした小鬼のようなヤツだよな?」


「ほう、知っておったようじゃのう」


「教典のなかで、何度か戦った経験があるからな」


「言われてみればそうじゃな。

してマコトよ。折角じゃし、魔法を試してみたらどうじゃ?」



 マコトがどう答えを返すのか、アンジーは予想がついているのだろう。

 「聞くまでもないが」といった表情を浮かべながら尋ねる。

 マコトはマコトで、「答えるまでもないが」といった表情を浮かべると――

 


「ああ、丁度そう思っていたところだ」



 車庫内から庭へと踏み出した。

 

 マコトは周囲の様子を探る。

 すると、塀の向こうからゴブリン達がこちらを覗いていることを確認する。

 加えて確認したのは、その手に鉄の棒や、包丁などの刃物が握られているということ。



「ひーふーみー……ざっと七匹ってところか?」



 武装したゴブリンが七匹。

 ともなれば、普通の人間なら怖気づき、怯んでしまう場面なのだろう。

 しかし、今のマコトは、五感を共有するほどの強烈な追体験を終えたばかりだ。

 


「ファブロ……お前の魔法を使わせて貰うからな。

身体強化魔法【剛手】【剛脚】」



 故に怯まない。

 マコトは手足に身体強化魔法を使用すると、ゴブリンとの間合いを詰め、一匹目の眉間を砕き、二匹目の頭蓋に踵を落とす。



「火炎魔法【礫焔】」


「ぎゃあ!? ぎゃひっ!?」


「火炎魔法【炎槍】」



 次いで五指に炎を灯すと、弾くような要領で炎の礫を飛ばしたマコト。

 しかし、それで止めを刺すことは適わず、炎の槍を持ってゴブリンを絶命へと至らしめた。



「ほうほう、魔物とはいえ人型の命を絶つのに躊躇がないようじゃのう?」


「ああ、こいつらを野放しにした結果、ドノヴァンの村は滅ばされちまったからな。躊躇や情けをくれてやる必要性は感じねぇよ」



 そのような会話を二人が交わしている間にも、残り四匹のゴブリンはじりじりと間合いを詰めに掛かる。



「土魔法【落土】水魔法【石穿】」



 マコトは、ゴブリンが足並みを揃えたのを見計らって土魔法で溝を作り、体勢を崩したゴブリンの眉間を水の礫で打ち抜いていく。

 


「身体強化魔法【疾駆雷電】」


「ば、馬鹿ものッ!?」



 だが、最後の一匹を仕留めようと別の魔法を使用した瞬間――



「かはっ!?」



 マコトは吐血すると共に、地面に膝をつくことになる。

 そして、その瞬間を見逃すゴブリンではない。


「キキィッ!!」


 好機と言わんばかりに、甲高い声を上げてマコトに襲いかかろうとする。

 


「お前如きにマコトの命はやれんのじゃ」


「ぎゃふっ!?」



 が、アンジーが中指を弾く動作をすると同時に、ゴブリンの頭蓋上半分が消し飛ぶ。

 ゴブリンは脳漿と血とどろりとした透明な液体で地面を濡らしていくのだが、そんなゴブリンには目もくれず、アンジーはマコトの元へと歩み寄った。



「まったく……今のマコトに【疾駆雷電】など扱える訳なかろうが?

未だ魔力の路が不完全なんじゃぞ? 上位魔法を使おうとすればそうなるのが当り前じゃろうが?」


「ごふっ――そ、そんなん聞いてねぇよ……」


「聞いて無かったとしても、如何にしてその魔法を身に着けたのかをマコトは知っている筈じゃろ? その苦労を思えば、今のマコトでは扱いきれないことくらい理解できるじゃろうが?」


「ぐ……た、確かにな……てっきり使えると思いこんじまったわ……」


「はぁ……教典を喰らったというのにゴブリン如きに殺されそうになるとはのう……」


「め、面目ない……」



 マコトの迂闊さに思わず眉間を押さえるアンジー。

 マコトもそれを理解しているのか反論することなく、素直に謝罪の言葉を述べた。 





 



 ゴブリンとの戦闘から僅かばかりの時間が経過した。



「で、調子の方はどうじゃ?」


「ああ、おかげ様で随分と落ち着いたよ」



 マコトは横になっていたソファから身体をおこすと、時計へと視線を送る。

 すると、時計の針がもうすぐ五時を指そうとしていることを知った。



「……さて、準備もすんだし、そろそろ行くとするか」


「行くというのはどこにじゃ?」


「親の仇である【はぐれ】を追いたいところではあるんだが……

正直に言って、今この街がどうなってるのかも分からねぇし、そもそもに色々な情報が足りてねぇ。

だから、まずは情報収集を兼ねて、居場所が掴めそうなスズネを探そうと思ってるんだ」


「ふむ、情報収集は大切じゃからのう。

じゃが、それは良いとして時間が時間じゃぞ? もうすぐ陽も落ちるじゃろ?」


「アンジーの世界がどうなのか分からねぇけどよ、今の日本は夏真っ盛りでな。

七時前までならお陽さんが頑張ってくれるんだよ」


「成程のう。して、どうするつもりじゃ?」


「まずは俺が勤めている会社に向かうつもりだ。

バイクだったら十数分で会社に着けるだろうし、そこでスズネに会えなかったとしても、明るい内に避難所である小学校まではいける筈だ。

つーことで、そういう予定なんだがアンジー的には問題ないか?」


「うむ、マコトの判断に任せることにするのじゃ」


「ありがとな。それでこれから移動する訳なんだが……」



 マコトは少し言い辛そうにしながらも口を開く。



「宝物庫に荷物をしまって貰えたりしねぇか?」


「宝物庫にかのう?」


「ああ、リュックに荷物を詰め込んだは良いけど、収まりきらなかっただろ?

もしアンジーの宝物庫が使えるなら、収まんなかった荷物も持ち運べると思ったんだわ。

悪いんだけど頼まれてくれねぇかな?」



 そしてそう説明すると、手を合わせて「このとおり!」と頭を下げるのだが……



「いやじゃけど?」


「あ、ありがと――へ?」



 アンジーは笑顔で拒否をし、断られると思ってなかったマコトは呆けた声を漏らした。



「な、なんでだよ?」


「あれは存外魔力を使うからのう。

荷物の出し入れをする度に使われては溜まったものじゃないのじゃ」


「じゃあ簡易版みたいな魔法はないのか?」


「まあ、あるにはあるんじゃが……儂は不便を楽しみたいからのう」


「不便を?」


「うむ、この世界の人々にとって魔法は当たり前のものではないじゃろ?

まあ、時期に人々は魔法の存在を認識するとは思うんじゃが、それまではできるだけ同じ境遇というのを味わいたいのじゃ。

魔法が使えない状況下で何を考え、どのような行動をとるのが正解なのか?

儂はそんな不便を体験し、楽しみたいんじゃよ。

そうすることで、この世界のあり様も知ることができるじゃろ?」


「不便ねぇ……宝物庫を使わないとなると、かなり不便な思いをすると思うぞ? それでも問題無いのか?」


「問題無しじゃ!」


「バイクでの移動になると、後部座席のアンジーが荷物を背負うことになるけど、それでも良いのか?」


「そちらも問題無しじゃ!」


「服とかも持ち運べないから、暫くはそのダサい服のままだぞ?」


「ダサいかのう? 猫ちゃんが描かれていて可愛いではないか?」


「……お、おう。そうか。

分かった、分かったよ。アンジーがそれで良いなら俺も諦めるよ」


「うむ! 諦めるのじゃ!

とはいっても、魔法を全く使用しないという訳ではないし、死活問題に直面するくらいなら積極的に魔法を使用するつもりじゃ!

要は、儂はできるだけ魔法を使わない。そう考えて貰えれば丁度良いと思うぞ?」


「いや……荷物の運搬量って結構な死活問題だと思うんだが?」



 マコトはリビングに置かれた荷物に、未練がましい視線を送る。



「しつこいのう……ほれ! そんなことよりもスズネとやらを探しに行くんじゃろ! もたもたしてては陽がくれてしまうぞ!」


「あ、ああ」



 しかし、アンジーに背中を押されてしまい、リビングから押し出されてしまった。


 そうして、家を出たマコトとアンジーはオフロードバイクに跨る。



「まずはマコトの勤める会社に行くんじゃったのう!」


「ああ、まずは会社を目指して、そこにスズネが居なかったら、次は避難所になっている北小を目指す」



 マコトはアクセルを回し、エンジンの鼓動を上げる。



「メットはかぶったか? しっかり捕まってるんだぞ?」


「ばっちりなのじゃ!」



 そして、クラッチと同調させるようにして、再びアクセルを回し始めるのだが――



「陽が落ちる前に見つけられると良いのう?

夜になれば、また世界は色を変えるぞ?」


「色を?」



 意味深な言葉を耳にし、僅かに不安を覚えるのだった。


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