第7話 隻眼の花婿


『……一体この場所は?』



 マコトの眼前には、黄金色に輝く一面の小麦畑が広がっていた。



『さっきまでアンジーの書斎に居て……それから魔法教典に触れて……つーかどうなってんだ?』



 マコトは周囲の様子を伺おうとする。

 しかし、様子を覗おうにも首を動かすことができず、眼球を動かすことすら適わない。



『は? ちょっと待てくれよ……ま、まじでどうなってんだ?

おいアンジー!? 何処に居るんだ!? 居るなら返事をしてくれ!?』



 マコトは軽度の混乱に陥ってしまう。

 が、それも仕方がないことなのだろう。

 先程まで書斎に居たというのに、今は見知らぬ場所に立たされているうえ、身体の自由まで利かないのだ。

 それだけでも混乱するに値するというのに――



「兄さん! 今年は豊作みたいですね?」


「ああ、エレノアが一生懸命手伝ってくれたおかげだよ」



 自分の意志とは関係なく視線が動き、自分の意志とは関係なく勝手に口が動くのだから尚更だ。



「はい、お弁当! 今日は兄さんの好物をいっぱい作ってきたんですよ!」


「ということは――勿論、牛肉のミートパイは入っているんだよな?」


「んもぅ……意地悪を言わないでよ?

うちは貧乏なんだから気軽に牛肉を買えないことは兄さんだって分かってますよね? あんまり意地悪を言うようだとこのお弁当は持って帰っちゃいますよ?」

 

「そ、それは困るなぁ……」


「だったら「ごめんなさい」しなきゃですよね?」


「……確かに、今のは俺が意地悪だったな。ごめんなさい……」


「分かってくれたなら良いんです! さあさあ、それでは昼食にしましょうか」


「ちなみに今日の献立は?」


「甘辛く煮た大豆のオムレツと川魚のトマト煮、それと、うちの小麦で作ったポテトパイです!」


「見事に俺の好物ばかりだな。――ありがとうなエレノア」

 


 初めて見る景色、初めて口にする料理、初めて会話する女性。

 だというのに、マコトはそれが当たり前の光景であり、慣れ親しんだ味であり、愛おしい相手であると認識し始めていた。

  


『なんだよこの感覚……訳が分からねぇ……訳が分からねぇよッ!!』



 ゆえに、マコトはより深い混乱へと陥る。

   

 

『――ふぅ、落ち着け俺。 焦らずに現状を整理するんだ』



 しかし、取り返しがつかなくなる寸前のところでマコトは踏みとどまる。

 加えて、現状を整理する為に思考を加速させるのだが……



『は?』



 それを阻むようにして状況が――光景が切り替わる。

 マコトの目に映ったのは、薄暗い質素な部屋とカンテラの灯り。

 その明かりに照らされて、優しく微笑む半裸の女性だった。



「ねぇ、ファブロ? エレノアちゃんの学費は貯まったの?」


「ああ、一昨年の豊作のおかげでな」


「そっか~。じゃあ今年のウェルス月から、エレノアちゃんは帝都の魔法学院に通うことになるのか~。

妹が大好き過ぎるお兄ちゃんとしてはやっぱり寂しい感じかな?」


「寂しくないと言えば嘘になるな……けど、誇らしいって気持ちの方が強いかもな」


「誇らしい?」


「ああ、リリアナもエレノアに魔法の才能があることは知ってるだろ?」


「うん、知ってる。エレノアちゃんの魔法には何度も助けられたしね。

エレノアちゃんが川の流れを逸らしてくれなかったら、小麦畑が甚大な被害を受けてと思うし、村自体が立ちいかなくなってたと思うもん」


「だろ? だからさ――俺は誇らしいんだよ。

そんなエレノアに、新たな可能性を与えてあげることができる。

そんなエレノアに、新たな可能性を与えてあげることができた自分がさ」


「成程ね~……でも、妹のことばかりで私のことを忘れちゃ嫌だからね?」


「それは分かってるよ。だから――こ、これを受け取って貰えないか?」


「これって……指輪?」


「分かってる……正直、こんなタイミングで指輪を渡されてもムードの欠片も無いよな?

でも、渡すなら今かな? ……なんて思っちまったんだ」


「要するにこれって……」


「よ、要するにだな! け、結婚してくれないか!

エレノアがこの村を立つ前に、兄さんの心配は不要だってことを伝えてやりたいんだ!」


「……ねぇ? プロポーズの言葉にしては妹本位過ぎない?」


「え? あ? ち、違うぞ! 別にリリアナを蔑ろにしてる訳じゃなくて――」


「ふふっ、分かってるわよ? ファブロにとってはエレノアちゃんは唯一の家族だもんね?

ファブロがエレノアちゃんを大好きなのは知ってるし、私はそんなファブロに惹かれて好きになったの。

だから――その指輪を薬指にはめて貰えるかしら?」


「――リリアナと出会えた俺は本当に幸せ者だよ」



 その瞬間、今まで感じたことのない歓喜をマコトは体感する。



『何なんだよこの感情……俺がファブロで、ファブロが俺で……

つーか、こんな幸せな気持ちなのに、何でこんなに不安なんだよ……』



 加えて体感したのは――形容しがたい絶望感。

 その矛盾した感情を理解せぬままに、マコトの意識は別の場面へと飛ばされた。



「兄さん! リリアナさん! ご結婚おめでとうございます!」


「ありがとうエレノア」


「ありがとうエレノアちゃん」



 マコトの目に映ったのは、満面の笑みを浮かべるエレノア。

 そして、純白の民族衣装を身にまとったリリアナの姿だった。

 


「ははっ、あの悪たれだったファブロも嫁を貰う日が来たか!」


「しかも相手はリリアナちゃんとなれば……村の男衆から反感を買っちまうんじゃないかい?」


「姉さん! 確かにリリアナちゃんが奪われたのは悔しいっす!

けど……俺達はそんな器の小さい人間じゃないっす!」


「涙目で言われても説得力がないねぇ……」


「涙目にもなりますよ! だって悔しいのは事実なんすもん!

だから今日は――お前ら! 記憶を無くすまで飲んでやろうぜ!」


「おおおおおおッ!!」



 老若男女の垣根なく笑い合い、一組の幸せを喜び合う。

 が、不吉な足音はすぐそこまで迫っていた。



「ん? 馬の足音が近づいて来てないか?」



 若い衆がそう言った。



「気のせいじゃねぇ――……か?」



 それに答えた男性が、矢じりに頭部を射抜かれてゴロリと転がった。

 


「は? ちょっ……ぞ、賊だ!! 賊が来たぞ!!」



 村人たちは目を見開くと――



「こ、こんなめでたい日にか!?」


「ふざけんな!! こんなめでたい日に水を差されてたまるか!!」


「そうじゃ!! 賊なんて返り打ちにしてやる!! 農民を舐めんな!!」



 すぐさま意識を引き締め、農具を手に取って賊を迎え撃つ態勢を整え始める。

 が、すぐに村人たちは理解することになる。

 それは無駄な抵抗であり、不可避の地獄が待ち受けているということを。



「美味い美味い美味い! 祝儀の最中かよ! こりゃあ美味しい思いができるぞ!!

お前ら!! 存分にむさぼりつくしてやれ!!」



 ひと際体格の良い馬にまたがった、大猿のような男が賊たちを鼓舞す

るように声をあげる。



「賊共があ!! ぶち殺し――ぷぎゃ!?」


「エド爺!? クソ野郎共があああああ――かひゅ!?」



 村人たちは必死に対抗してみせるのだが、装備の差か、実力の差か、徐々に押し切られ始めてしまう。



『は、ははっ……俺は何を見せられているんだ?』



 人が潰され、ひしゃげ、内臓を撒き散らす場面を見せらたマコトは現実逃避を始めてしまう。

 しかし、匂いが、温度が、頬を撫でる風が、現実から逃避することを許さなかった。



「かしら! こいつが新郎ですぜ!」


「おうおう! 主役のご登場ってか!? お前らソイツを抑えつけておけ!」


「お前らッ!? やめろッ!! 離せッ!!」



 ファブロは抵抗を試みるが、大人三人に抑えつけられては抵抗することもままならない。

 ファブロは地面に押し倒されると、土の粒を頬に感じることになる。



「で、お前が新婦って訳だな?」


「きゃああああああっ!」


「おいッ!? 何をするつもりだ!? リリアナから手を離せッ!? 」



 大猿のような男は舌なめずりをして笑う。

 


「何って? ナニするに決まってるだろうが?」


「ひっ!?」



 その言葉と共に純白の民族衣装は破られることになる。



「貴様あああああッ!! 殺す!! 殺してやるうぅッ!!」


「殺ってみろよ? まあ、俺はこれから犯るんだけどな?」



 マコトの精神に、有り得ないほどの殺意が流れ込む。

 それと同時に、今の自分がファブロ自身であるのだとマコトは強く理解した。


 ゆえに、共に叫ぶ――



「『やめろおおおおおおおおお』」



 が――現実は無慈悲だ。 



「ははっ!! なかなかに良い具合だ!!」


「ンッ……やだ……やだ!! ファブロ!! 見ないでッ!!」



 最愛の人物が目の前で犯される場面を見せつけられることになる。

 更に不幸だったのは――



「ゲイルのかしらぁ! こんな田舎でもそそる女が居るもんすねぇ~」


「離して!! 離しなさいよッ!!」



 賊たちに、エレノアが捉えられてしまったということだった。



「兄さん!? リ、リリアナさんに――お義姉さんに何をッ!!

殺してッ――殺してやるッ!!」


「なっ!? て、てめえ!」



 エレノアは賊の拘束から抜け出し、大猿のような男――ゲイルに掴み掛るのだが…… 



「おっと、嬢ちゃん? それは無謀ってもんだぜ?」


「は、離せ!! 離しなさいケダモノ!!」



 賊と村娘の身体能力差は歴然だ。容易に拘束されてしまう。



「ケダモノねぇ……よう兄さん? コイツはお前の妹かよ?」



 ファブロは敢えて答えない。

 妹だと答えてしまったら、エレノアも酷い目に会うと理解していたからだ。

 だが――



「知ってるか? 時に沈黙っていうのは、雄弁に事実を物語るんだぜ? おい、その女を剥け!」


「やだっ!! やめなさいよ! いやっ!?」



 ファブロの考えは裏目に出てしまったようで、エレノアは白い肌を晒すことになる。



「『お願いだからやめてくれッ!! 何でも!! 何でもするから!!』」



 ファブロは、これから起こるであろうことを想像し、懇願する。 

 それはファブロの願いであり、マコトの願いでもあったのだが……その願いは届かない。



「痛いッ!! やだ! こんなの違う! こんなのッは違う!! 兄さん!? 助けて! 助けてよッ!?」


「おいおい初物かよ!? なんでも初物は美味いって相場がきまってるからなぁ!!」



 ファブロとマコトの眼前で、エレノアは少女を散らすことになった。



「『お前は絶対に殺すッ!! 絶対に殺してやるからなあああああああッ!!』」



 二人は吠える。

 ゲイルに対し、射殺さんばかりの視線を送りながら。



「いいねぇ。そういう眼は好きだぜ? おい、そいつの左目を抉れ」


「左目をですか?」


「ああ、コイツの左目に焼き付けてやるんだよ。

婚約者と妹が無残に犯されてる場面をな」


「それはそれは、随分と良い御趣味で」


「だろ? つーことでやれ」


「やめろッ!? やめっ――があああああああああっ!?」



 そうして二人は、左目に刃物の冷たさと、焼けるような熱を感じることになった。

 



 


 マコトの意識は違う場面へと切り替わる。



「なあ、エレノア? リリアナ? 今日は天気が良いし散歩に行こうか?」



 二人は答えない。

 ただただ椅子に腰を下ろし、空虚な眼でテーブルの染みを見つめていた。


 

「二人が辛いのは痛いほど……痛いほど理解ができる。

でもさ……今日は本当に良い天気なんだよ?

だからさ? 少しだけ陽の光を浴びに行こうよ? そ、そうだ! 今日は俺が弁当を作ったんだ!

エレノアみたいに上手くはないけど、ポテトパイを作ったんだ! 二人とも好物だろ?」



 そう言ったファブロの内で、マコトは涙を流していた。



「小川のほとりなんてどうかな? それとも丘の上の花畑が良いかな?」



 無理して明るく振る舞うファブロ。

 


「もう良いの……殺して」


「死んで楽になりたいの……」



 しかし、そんなファブロに対して、二人は絶望の言葉を返した。



「は、ははっ……そうか……死にたいのか……」



 常人であれば、そんな二人の言葉は受け入れない筈だ。

 だが、二人の腹を見れば僅かに丸みを帯びていることが分かる。

 勿論それでも。それでも変わらない愛情をファブロは二人に注いだ。

 注いだのだが……二人の腹が膨らみを増していく度に、いい知れない不安と恐怖がファブロの中で膨らんでいったのもまた確かだった。

 要するに、ファブロも限界だったのだ。



『やめろ!! やめろって!! お願いだから! お願いだからやめてくれよッ!!』



 今のマコトはマコトでありファブロだ。

 だからこそこの先が容易に想像できる。

 ゆえにマコトは声を荒げた。

 何度も何度も声を荒げるのだが、マコトの声はファブロに届かない。



『ファブロッ!!! 駄目だよッ!! 駄目だって言ってんだろうがッ!!!』



 制止の声も空しく、ファブロは二人の頸動脈に手を添えると――



「愛してるよ……あいじでるよぉ……」



 優しく締め上げ、二人も抵抗することなくそれを受け入れた。






 そして場面は移る。



「よう、久し振りだな?」


「ああん? 誰だてめぇは?」



 場所は片田舎にある酒場。

 ジョッキを置くと共に、大猿のような男――ゲイルはファブロを睨みつけた。



「エレノアとリリアナって名前に覚えはあるか?」


「あ? 誰だそいつらは……ははん、さてはそいつらの関係者か?

彼女か? 嫁か? 家族か? 要は復讐しに来たってことだろ?」


「猿のようなツラしてる癖に、飲み込みが早いじゃねぇか?」


「……よう、あんちゃん? 俺はそれを言われるのがいっちゃん嫌いなんだよ? ぶち殺される覚悟はできてるか?」


「お前の方こそ覚悟はできてんのか? 死ぬ覚悟は?」


「はあ? 舐めた口聞いてんじゃ――」



 ゲイルが口を開きかけた瞬間――椅子、テーブル、椅子、テーブル、という順番でゲイルは壁へと叩きつけられる。



「くそがあああああッ!!」



 とはいえ、賊を束ねるほどの実力者であるゲイルにさしたる損傷は無い。

 ゲイルは歯をギチリと噛みしめると、ファブロを睨みつけようとするのだが――



「ど、何処に行きやがった!?」



 眼前から、ファブロの姿は掻き消えていた。



「上だ馬鹿が」



 その言葉と共に踵が振り下ろされ、ゲイルの顔面が床を砕く。



「ひぎぃ!? いてぇ! いてぇよッ!!」



 ファブロは、ゲイルの髪を引っ張って持ち上げると、木片の刺さる頬の横で囁いた。



「辛かったよ。お前を殺す為だけに、八年間を【身体強化魔法】に費やしたんだ。

魔力の乏しい俺が、お前を圧倒するだけの実力を身につける為に、どれだけの苦行を積んだと思う?」


「そ、そんなの知らねぇよ!?」


「まあ、別に知らなくてもいいし、教える気もないんだがな。

お前を圧倒する。お前に苦痛を与える。お前はそれを享受する。それだけ理解していれば充分だ」


「な、何を――ひぎっ!?」

 

「まずは一本」



 ファブロはゲイルの指をあらぬ方向に曲げ、曲げた指先から爪を剥がす。

 マコトは……その様子を何も言わずに見届けていた。



「足の指も含めると後19回だ。耐えてくれるよな?」


「ちょっ!? 待て!! 待ってくれ!!」


「何を待つ必要がある?」


「お、思い出したんだよ!! エレノアとリリアナだろ!?

た、確かに酷いことをしたかもしれねぇ! だけどあいつ等は生きてるよ! 生きてるんだッ!!」



 ゲイルはブラフを張る。

 ファブロの目的が復讐であるならば、復讐の動機を薄めてやれば良い。

 二人の名前に心当たりはなかったが、性奴隷として囲う女のなかに二人が居る可能性があるし、居なかったとしても、こう言えばこの場は乗り切れると踏んだからだ。



「本当に……二人は生きてるのか?」


「ああ! リリアナとエレノアだろ!?

あ、あいつらなら、俺のアジトでピンピンしてるよ!!」



 ゲイルは賭けに勝ったことを確信し、ほくそ笑む。

 が、数秒の間も無く、それは間違いであったと理解する。



「そんな訳ねぇだろ? 二人は俺の手で――この手で殺したんだからな」


「へ? ――がああッ!?」



 ゲイルは手の甲を踏み砕かれる。



「これで再確認したよ。

お前は下劣で、悪辣で、この世に存在すること自体許されない人間だってことがな」


「な、何を――ぐひぃい!! ひぃひぃい! おでのおでの顔が!?」 


「もう会話の必要もないんだから、これはいらんだろ?」



 ゲイルは上唇を掴まれ、有り得ない握力によって顔面の皮膚を半分ほど引き剥がされる。

 濡れた肉片がベチャリと床に落ちる音が、静まり返った酒場に嫌に響いた。



「店主、邪魔したな。これは修理代として取っておいてくれ」


「え、あっ……は? し、白金貨!?」



 ファブロが指ではじいたのは、壁を修理するどころか、店舗をまるまる改修できるような大金だった。



「場所を変えて、ゆっくりと地獄を見せてやるよ」


「お、おい!? たしゅけろ!! 俺をたしゅけろよ!?」



 その言葉に誰も手を差し伸べない。

 無法者で知られるゲイルを手玉に取る実力もそうだが、ファブロの風貌から、最上級冒険者の二つ名を連想していたからだ。



「白の民族衣装……あれが【隻眼の花婿】か……」



 ――その翌日。

 誰とも判断が付かない、損傷のはげしい頭部が大通りに晒されることになった。






「――はっ!?」


「おや、お目覚めのようじゃのう?」



 マコトは、右耳に温かな柔らかさを感じながら、そこに容赦なく吐瀉物をぶちまけた。



「ぬっ!? 儂の膝で吐いたからにはそれなりの覚悟はできているんじゃろうな?」


「かはっ、かひゅ! わ、悪い……」


「――と言いたいところじゃが、無事に生還したことをまずは褒めるべきか」



 アンジーは吐瀉物で太ももを濡らされながらも、優しく笑みを溢す。



「それで、どうじゃった?」


「……最悪だよ。普通に最低最悪の気分だ」


「じゃろうな? して魔法教典というものがどのような物であるか理解できたかのう?」


「ああ……魔法教典ってヤツは呪いだよ。強烈な追体験を収めた呪いだ……」


「かっかっ! 呪いとは言い得て妙じゃのう!」


「笑ってんじゃねぇよ……本当に精神が崩壊するかと思ったんだぞ……」


「じゃが、その甲斐も有ってマコトは魔法を覚えることができたじゃろ?」


「ああ、ファブロの――【隻眼の花婿】が収めた【身体強化魔法】をな」


「そいつは重畳」


「ところで……今は何時だ?」


「ん? マコトが意識を失ってから10分程度かのう?」


「あれだけの体験をしたのに、こっちでは10分かよ……」


「割に会わんか?」


「いいや、むしろ丁度良い……つーことでアンジー」


「なんじゃ?」


「まだ魔法教典があるなら持ってきてくれないか?」


「――ッ!?」



 アンジーは目を見開く、しかし次の瞬間には頬を緩ませ――



「くっくっくっ、マコトよ? この世界での【教典喰らい】にでもなるつもりか?」



 実に満たされた笑みを浮かべるのだった。

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