第29話 緑埜航平「赤羽さんと青木まり子」
ズ、ズズズズゥ……
「おかわり!」
赤羽さんは、
だいぶ走ったから、喉が渇いてんのやろ。
せやけど、静かな老舗の和風喫茶店に、赤羽さんの大声は不釣り合いや。
「お待たせいたしました」
マスターがレモンスカッシュを持ってきた。
僕が飲んでるのは、まだ一杯目のアイスコーヒーや。
それに比べて、四杯目のレモンスカッシュを飲みながら、スマホを片手に赤羽さんは言う。
「ここで待ってたら、ホントにハラちゃん来んのかよ」
葉菜ちゃんや。
ハラちゃんは来えへんし、来てもハラちゃんをまともに扱える人なんか、川瀬名人ぐらいしかおらへん。
ただ、葉菜さんがこの和風喫茶店に来る確率は低いと思う。
今日はこれまで、いろんなとこをまわった。
まずは書籍関連の場所や。
大きい本屋から、小さい古書店まで。
赤羽さんを
けど、どこの本屋でも葉菜さんは見つからへんかった。
図書館も行った。
改めて、図書館ってめっちゃいっぱい存在することがわかった。
ほんで、その中で、めちゃくちゃでかい図書館を見つけた。
ただ、最初は図書館って気付かへんかった。
ヨーロッパの博物館を思わせるような建物やったからや。
更に看板を見て、運命やと思った。
『黒咲図書館』や。
図書館の隣には、これまためっちゃでかい豪邸が建ってた。
けど、なんでか、家の壁にでかい穴が3か所も空いてる。
で、若い左官屋さんが、慣れた手つきでその穴を修復してる。
この豪邸、妖魔獣にでもやられたんかな。
その左官屋さんが、急に奇声を発した。たぶん、
素人には見てもわからんような失敗や。
けど、この豪邸に特に用はない。
僕が運命の『黒咲図書館』に入ろうとしたとき、赤羽さんが言うた。
「また図書館かよ! 勝手に行き先決めんじゃねえよ!」
「勝手について来たんでしょ!」
「おれは入らねえぞ!」
好きにしたらええがな。誰も頼んでへんし。
その言葉を我慢してる僕を他所に、赤羽さんは続けた。
「おれ、図書館ダメなんだよ。居心地悪くて、ウネウネすんだよ」
「青木まり子っすか?」
確かに赤羽さんは、今まで行った本屋や図書館でも、モジモジ、ソワソワ……、赤羽さんの言葉を借りるなら、ウネウネしてた。
流石に限界らしい。
ただ、赤羽さんは僕の言葉に対して、頓珍漢な答えをした。
「誰だよ! おれの名前、そろそろ覚えろよ!」
赤羽さんは、僕が今さら赤羽さんの名前を確認したと思ったようや。
赤羽さんみたいに、本屋や図書館に入ると便意を催すことを、『青木まり子現象』と言う。
僕は、それを簡単に説明したあと、赤羽さんをその場に置いて、図書館の敷地に入った。
中に入って、更にびびった。
門から図書館の入口までは50メートルくらいあり、途中には噴水やベンチが置かれてある。
僕みたいな
僕は館内に足を踏み入れた。
赤羽さん、来んで良かったわ。
とんでもない広さの上に、天井が高い。
更に本棚も高くて、空から本が降ってきそうや。
この荘厳で、重厚感のある空気は、赤羽さんやなくても『青木まり子現象』を発動してしまいそうや。
でかいのは館内だけやなかった。
フロントにいてるスタッフの一人が、めっちゃでかいおっちゃんや!
人間か!?
身体は服を着ててもわかるほどの筋肉質で、めっちゃ威圧感あるのに、顔はめっちゃ笑顔や。
首から上と下を着け間違えたマネキンかと思た。
その、でかいおっちゃんと目が合うた。
おっちゃんのこめかみあたりが、一瞬ぴくっとしたけど、なんや?
やっぱり、僕のコトを小汚い兄ちゃんやと思ってんのか?
僕は運命の図書館をひとまわりした。
ひとまわりって軽く言うたけど、全部見るだけで1時間近くはかかったと思う。
僕が館内をうろうろしてる間、時々、でかいおっちゃんと、もう一人の視線を感じたから、居心地が悪かった。
結論、葉菜さんには会われへんかったわけや。
で、赤羽さんと、ぬいぐるみが置いてある店を十数件まわったあと、こうして、以前葉菜さんに連れて来てもらった和風喫茶店に来たわけや。
「おい! コレ見ろよ!」
向かいに座る赤羽さんが、スマホの画面を僕に向けた。
ネットニュースや。
僕は、赤羽さんからスマホを受け取って、見た。
なになに?
『
記事を読むと、ボウエイジャーのコスプレをした男が、銃で撃たれたけど、命に別状はないらしい。
「ボウエイジャーって嫌われてんのか?」
赤羽さんは言うた。
嫌われてんのはボウエイジャーやなくて、
「
確かにそうや。
自分のことを棚に上げて、都合のええ想像をしてもた。
嫌われ具合で言うたら、
「まあ、撃たれるとしたら、
「そんなことねえよ。
一番気にしてることを!!!
嫌われるよりも、関心を持たれへんことの方が辛い!
僕はネットニュースで気になる記事を見つけて、画面を赤羽さんに見せた。
というより、突き付けた。
「ん? うお! コレ、さっきの場所じゃねえか!」
そう。数時間前にアフロとニットキャップに襲われた場所で、一時100世帯で停電したっていうニュースや。
「ったく、人間の生活に最低限必要なライフラインが、そんなに簡単にストップしてどうすんだよ」
あんたのせいや。
あんたが、電柱折ったせいや。
「なあ、そろそろ諦めた方がいいんじゃねえか?」
赤羽さんは腕時計で時刻を確認して言うた。
この店に来てから、一時間は経つ。
けど、僕にはこれ以外の方法が見つからへん。
「いくらおれでも、あんまり長い時間は付き合えねえぞ」
「頼んでませんけどね」
「そうか。……お、ちょっとまり子」
赤羽さんは、ついさっき覚えたばっかりの『青木まり子現象』を、知り合いの名前かのように言うたあと、トイレへと行った。
ただ、それは青木まり子とは関係なく、単なる水分の摂りすぎや。
いつもながら、マイペースな人や。
「あのお、
僕は声をかけられた。
あー、この人か。
顔は知ってるけど……、知り合いやない。
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